コバルト供給危機:DRCの輸出規制がEV電池サプライチェーンを揺さぶる2026年
コンゴ民主共和国(DRC)のコバルト輸出割当制度が2025〜2026年にかけて世界市場を混乱させた。Glencore・CMOCの生産戦略の転換と、LFP電池拡大による「コバルトフリー化」の加速が重なり、EV電池サプライチェーンは構造的な岐路に立たされている。

はじめに
コバルトは現代のリチウムイオン電池技術において中核的な役割を担う元素であり、特にNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)系正極材において高エネルギー密度と熱安定性を支える素材とされる [1]。世界のコバルト供給量の約70%を産出するコンゴ民主共和国(DRC)は、2025年2月に唐突なコバルト輸出一時停止を実施し、続いて割当(クォータ)制度へと移行した。この政策転換は市場価格を急騰させ、西側のEVメーカーおよびバッテリーサプライヤーのサプライチェーン戦略に深刻な影響を及ぼしている [5]。
2026年時点では、DRCは輸出割当制度を通じて国際コバルト市場への関与を継続しているが、Glencore・CMOC(中国モリブデン)などの主要鉱山企業は生産戦略の根本的な見直しを余儀なくされている [2]。一方でEV業界では、コバルトを使用しないLFP(リン酸鉄リチウム)電池の市場シェアが急拡大しており、構造的な需要減少圧力が同時に進行するという複合的な状況が展開されている [9]。本稿は、2025〜2026年のコバルト供給危機の経緯と、EV電池サプライチェーンへの中長期的影響を多角的に分析する。
DRCの輸出規制と市場の構造変容
輸出停止から割当制度への移行
DRCは2025年2月、国内鉱物資源の付加価値向上と国家収入拡大を名目として、コバルト輸出の一時的な停止を宣言した [1]。この決定は国際市場に即座に影響を与え、コバルト価格は数週間のうちに急騰したとされる。DRC政府はその後、輸出停止を段階的に緩和し、クォータ(割当)制度へと移行した。2025年に付与された輸出枠は2026年3月末まで延長される措置が取られ、移行期間の混乱を一定程度緩和した [6]。
2026年の基本割当総量は年間96,600メートルトンと設定され、主要鉱山企業に配分された [4]。このうちCMOCグループは31,200メートルトンの割当を確保し、全体の約3分の1を占める最大シェアを維持している [4]。Glencoreは傘下のKamoto Copper Company(KCC)とMutanda操業において、2026年分として22,800トンの割当(2025年繰り越し分を含む)を取得したと報告している [2]。
割当制度の運用は生産現場に直接的な歪みをもたらしている。Glencoreは2026年第1四半期の生産報告において、コバルト生産量が前年同期比39%減の5,800トンにとどまったことを明らかにした [3]。同社はこの減少を採掘能力の低下ではなく、輸出制限への戦略的対応と説明している。割当枠を超えて生産されたコバルトは、現地在庫として保管され、制限が緩和された時点で販売される計画とされる [2]。
価格動態と市場均衡の変化
DRCの輸出規制は、コバルト市場が長期的な供給過剰から均衡へと転換する契機となった。Fastmarketsの分析によれば、2025年前半まで市場は明確な供給過剰状態にあったが、輸出規制の実施後に需給バランスが急速に引き締まり、2026年には供給不足(デフィシット)に転換すると予測された [5]。コバルト市場は価格変動の激しい商品として知られており、過去にも供給過剰による価格暴落と需要急増による高騰を繰り返してきた歴史がある。
中国が世界のコバルト精錬・化学変換の約75%を支配しているという構造的事実は、DRCの輸出規制の影響を増幅させた [9]。DRCからの粗鉱石・中間体(水酸化物精鉱、MHP等)の流通が制限されることで、中国の精錬施設への原料供給が途絶し、最終製品であるコバルト硫酸塩(電池用)の製造コストが上昇した。2026年に入り、欧州・日本・韓国のバッテリーサプライヤーは非DRC産コバルト原料(インドネシア産MHP、ブラックマス等)の調達拡大を模索していると報告されている [1]。
主要鉱山企業の戦略転換
Glencoreのコバルト戦略:銅優先へのシフト
Glencoreは2026年、DRCにおける事業優先度を明示的にコバルトから銅へとシフトさせた [2]。同社の声明によれば、DRC資産では現在、銅生産を優先しており、既存のコバルト在庫は近期の割当枠への出荷を充当するのに十分なレベルにあるとされる。この方針転換の背景には、銅価格が人工知能(AI)インフラ投資・EV普及・電力網整備を背景に中長期的な上昇トレンドにあるという市場判断がある。
GlencoreのQ1 2026レポートによれば、同社はKCC(Kamoto Copper Company)において最終コバルト処理工程を一時的に延期することで、輸出制限が継続する間のコスト発生を抑制している [3]。Mutandaオペレーションも同様の方針の下、高品位原料をGlencoreの2026年向けコバルト生産を下支えするとされている。Glencoreは「割当・クォータ制度と関連プロセスが確立された今、残余の2026年割当に沿ったコバルト輸出の正常化が年間を通じて見込まれる」と表明している [2]。
Glencoreのコバルト生産実績は同社の戦略的ポジションを反映している。GlencoreはかつてKCCとMutandaという世界最大級のコバルト産出資産を保有し、グローバル供給の安定化に重要な役割を果たしていた。しかし割当制度の下では、超過生産は即座に収益に結びつかないため、生産コストを最適化する観点から操業調整が不可避となっている。
CMOCの拡大戦略と中国系企業の優位
CMOCグループは割当制度下においても世界最大のコバルト供給者としての地位を維持している [4]。同社は2025年にコバルト生産量117,549トンという記録的水準を達成し、2026年の生産ガイダンスとして100,000〜120,000トンの範囲を示した。CMOCの主力資産であるTFM(Tenke Fungurume Mining)・KFM(Kisanfu Mining)・KCC(Kamoto Copper Company)は、いずれもDRC内の戦略的に重要な鉱区に位置している [7]。
CMOCの競争優位は単なる生産量に留まらない。同社は中国の精錬ネットワークとの緊密な統合により、コバルトの採掘から精錬・電池材料への転換まで一貫したバリューチェーンを保有している。割当制度においてCMOCが全体の3分の1を確保できた背景には、DRC政府との長年の交渉実績と、現地雇用・インフラへの投資実績が評価された面があると指摘される [9]。
Mining Technology の分析によれば、DRCのコバルト生産量は2026年に4.4%増加して247,700トンに達すると見通され、この成長を牽引するのはGlencoreのMutandaからの高品位原料とMusonoiアンダーグラウンドプロジェクトの増産だとされる [7]。MusonoiはCMOCが推進するプロジェクトで、2025年9月に生産を開始した比較的新しい操業であり、2026年にかけての増産が期待されている。
手工業採掘(ASM)問題と倫理調達
小規模採掘者の実態とリスク
DRCのコバルト生産において、手工業・小規模採掘(Artisanal and Small-scale Mining、ASM)が果たす役割は依然として無視できない規模にある。ASMセクターは全体生産量の15〜20%程度を占めるとされ、数十万人の採掘従事者とその家族の生計を支える存在でもある。しかし環境調査機関EIA(Environmental Investigation Agency)が2026年3月に公表したレポートは、DRCのコバルト採掘における深刻な労働安全・児童労働・環境汚染の実態を詳細に記録している [9]。
ASM産コバルトは、複数の仲介業者を経て公式サプライチェーンに混入する「洗浄」問題が指摘されている。大手鉱山企業は原則としてASM産原料を直接購入しないとしているが、下位の仲介トレーダーを通じた混入は完全には排除できていないと専門家は指摘する。DRCの輸出割当制度は、公式・非公式ルートの混在するコバルト取引の透明性向上に一定の効果をもたらす可能性がある一方、ASM従事者が割当制度から除外されることで生計を失うリスクも孕んでいる。
西側企業の倫理調達義務と法規制強化
欧州連合(EU)と米国は近年、サプライチェーンの人権・環境デューデリジェンスに関する規制を強化しており、コバルト調達は主要な対象となっている。EUコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)は大企業に対し、サプライチェーン全体にわたる人権・環境影響の特定・防止・是正を義務付けており、DRCのASM問題はその直接的な対象となる。
主要EVメーカーおよびバッテリーサプライヤーは、コバルトのトレーサビリティ確保に向けた技術投資を加速させている。責任ある鉱物イニシアチブ(RMI)が主導するResponsible Cobalt Initiative(RCI)への参加企業は拡大しており、ブロックチェーンベースのサプライチェーン追跡システムの導入も試みられている。ただし、DRCのインフラ制約と現地ガバナンスの脆弱性の下では、完全なトレーサビリティの実現には相当な時間と資源を要するとされる。
重要鉱物のサプライチェーン全体については、アフリカの重要鉱物と地政学も参照されたい。DRC以外の産出国(ザンビア、モロッコ等)の動向や、西側諸国による戦略的備蓄の取り組みについても理解を深めることが推奨される。
LFP電池の台頭とコバルトフリー化の加速
LFP化学の市場シェア拡大
コバルト供給のボラティリティと倫理調達コストの増大を受けて、EV業界ではコバルトを使用しないLFP(リン酸鉄リチウム、LiFePO₄)電池の採用が急速に拡大している。テスラ・比亜迪(BYD)・Volkswagen等の主要OEMは、スタンダードレンジ・都市向けEVを中心にLFP電池への移行を加速させており、2026年時点でグローバルEV電池市場におけるLFPの比率は50%を超えたとも報告されている [9]。
LFP電池の主な利点は、コバルトを使用しないことによるコスト削減と調達リスクの低減に加え、サイクル寿命の長さ・熱安定性の高さが挙げられる。一方で、エネルギー密度はNMC系に劣るため、長距離走行を重視するプレミアムEVやEVトラックの領域では依然としてNMC(またはNCA)系が優位を保っている。このセグメント分化が、コバルト需要の構造的な変化を形成している。
コバルト需要見通しの変化
従来の市場予測では、EV普及に伴うコバルト需要の急増が想定されていたが、LFP化学の普及加速によりその見通しは大きく修正されつつある。Fastmarketsの2026年版予測によれば、EV向けコバルト需要は年間220,000トンを超える水準に達するとされるが [5]、LFP比率の上昇により中長期的な需要成長の傾きは緩やかになる見込みだ。
一方で、コバルトは電池用途以外にも航空機用超合金・工業用触媒・防衛関連材料等に広く使用されており、非電池需要が一定のベースラインを形成している。電池用途に加え、こうした産業需要を総合すると、2026年の世界コバルト需要は約200,000〜220,000トン規模と推定される。GEM Co.(格林美、中国)・住友金属鉱山・ユミコアなどのバッテリーリサイクル企業が回収コバルトの再利用技術を進歩させており、二次供給(リサイクル起源)のコバルトが市場での一定の位置を占めつつあることも需要見通しに影響を与える。
銅との連動についても注目すべき点がある。DRCのコバルトは多くの場合、銅の副産物として産出されるため、銅市場の動向がコバルト供給量を左右する。AIインフラ・EV・再生可能エネルギー投資が牽引する銅の中長期的需要拡大については、銅スーパーサイクルとAI・EV需要を参照されたい。
代替供給源と地政学的リスク
インドネシア・オーストラリア・その他の台頭
DRC一極集中という地政学的リスクへの対応として、西側諸国はコバルト代替供給源の開拓を急いでいる。インドネシアはニッケル生産の副産物としてMHP(Mixed Hydroxide Precipitate)を産出しており、同国のコバルト生産量は2026年にかけて着実に拡大している。Mining Technologyの分析によれば、DRCとインドネシアが2026年を通じたグローバルコバルト供給成長の主要な柱となる見通しだ [7]。
オーストラリアは世界第4位のコバルト埋蔵量を保有しており、同国のコバルト鉱山(ニッケルの副産物として産出されるケースが多い)への投資が欧米系企業を中心に注目されている。ただし、オーストラリアのコバルト生産コストはDRCを大きく上回るため、低価格環境下での経済性確保が課題となる。
フィリピン・キューバ・ロシアにも一定のコバルト埋蔵量が存在するが、地政学的制約や採掘コストの問題から、DRCの代替としての即戦力にはなりにくいとされる。米国・EU・日本・オーストラリアが進める重要鉱物サプライチェーンの多角化取り組み(Minerals Security Partnership等)にとって、コバルトは最優先の対象鉱物の一つとなっている。
中国の精錬支配と地政学的含意
世界のコバルト精錬能力の約75%が中国に集中しているという事実は、DRCの輸出規制とは独立した戦略的脆弱性を西側諸国に突きつけている [9]。DRCから中国外の精錬拠点へのコバルト原料の流れを構築することは、長期的な課題として認識されているものの、中国の精錬インフラへの代替を短期間で実現することは技術的・経済的に極めて困難とされる。
欧米の政策当局は重要鉱物の精錬能力を国内・友好国内に確立するための補助金・インセンティブを拡充しているが、新たな精錬施設の建設には多大な初期投資と技術的ノウハウが必要であり、DRC産コバルトの中国支配構造を変えるには数年〜十年単位の時間を要するとの見方が一般的だ。重要鉱物の地政学的競争については、重要鉱物・レアアース供給チェーン2026で詳述している。
注意点・展望
DRCのコバルト割当制度は2027年以降も継続される見通しとされるが、具体的な数量・配分方式については制度運用の中で変更が加わる可能性がある。DRC政府が国内精錬・付加価値加工への誘導を強化すれば、単純な輸出規制から「精錬後製品のみ輸出許可」という方向性に政策が変化するシナリオも排除できない。
LFP電池の普及加速がコバルト需要に与えるインパクトの大きさは、今後のEV電池技術の標準化動向に大きく依存する。固体電池(全固体電池)の実用化が進めば、使用する電極材料の組成が再び変わる可能性があり、コバルト需要の長期見通しは技術シナリオによって幅が大きい。
ASM問題への対応については、DRC政府の統治能力強化・国際機関の支援・企業のデューデリジェンス強化の三者が連携しなければ実質的な改善は困難との指摘が多い。倫理調達に関する消費者意識・投資家圧力は高まる一方であり、西側企業にとってサプライチェーンの透明性確保は競争上の必須要件となりつつある。
まとめ
2025〜2026年のDRCコバルト輸出規制は、世界のEV電池サプライチェーンに二重の衝撃を与えた。短期的には価格高騰と調達難が生じ、Glencore・CMOCなどの大手鉱山企業は操業戦略の根本的な見直しを迫られた。CMOCが世界最大のコバルト供給者としての地位を割当制度下でも維持する一方、Glencoreは銅生産を優先するシフトを明示した。
中長期的にはLFP電池の普及によるコバルトフリー化の加速が構造的な需要変化をもたらしており、コバルト市場は「不可欠な電池材料」から「高付加価値用途・ニッチ素材」へとその位置付けが変化しつつある可能性がある。一方でコバルトのDRC一極・中国精錬支配という地政学的構造は短期間では変わらず、西側諸国の重要鉱物政策において引き続き最重要課題の一つであり続ける。倫理調達の徹底とサプライチェーンの多角化を同時に追求することが、EV業界・政策当局・投資家にとっての共通課題となっている。
Sources
- [1]Congo's Cobalt Export Shock Spurs Rally and Doubts Over Supply - Bloomberg
- [2]Glencore expects DRC cobalt exports to normalize in line with 2026 quotas - Mining.com
- [3]Glencore First Quarter 2026 Production Report - Glencore
- [4]CMOC remains world's largest cobalt supplier under DRC export quota system - Mysteel
- [5]Dried-up feedstock pipeline sends cobalt prices soaring in 2025, deficit seen next year - Fastmarkets
- [6]DRC Extends Use of 2025 Cobalt Export Quotas to End-March 2026 - Ecofin Agency
- [7]Musonoi ramp-up and Mutanda feed to drive DRC cobalt output in 2026 - Mining Technology
- [8]DR Congo's cobalt quotas force miners to stockpile, pivot, or pause - Semafor
- [9]Cobalt in 2026: Global Supply Chains, DRC Dominance, Chinese Refining Power - Mining South East Europe
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