AIデータセンターの通信ボトルネックを崩す光電融合、日本素材各社が狙う新戦線
半導体パッケージ間を光でつなぐ「光電融合(CPO)」技術の実用化が近づく中、日東紡・デクセリアルズ・AGC・UBEなど日本素材メーカーの参入構造と商機を整理する。
概要
生成AIの学習・推論クラスタでは、数万個のGPU・ASICが同時に稼働し、チップ間・ラック間でやり取りするデータ量が指数関数的に増え続けている。従来はチップ間の配線を電気信号で処理してきたが、電気配線には伝送距離が伸びるほど信号劣化と消費電力が増大する物理的な限界がある[6]。この壁を越える技術として注目されるのが、光集積回路(PIC)と電子集積回路(EIC)を同一パッケージ内に実装し、チップのすぐ近くで電気信号を光信号に変換する「光電融合」、いわゆるCo-Packaged Optics(CPO)である[6]。
CPOの実用化に向けては、半導体そのものの設計だけでなく、パッケージ基板・光導波路・受発光素子・接着材料といった周辺部材の性能が製品化のボトルネックになっている。シリコン基板は反り(warpage)やTSV(貫通電極)の信頼性劣化といった課題を抱えており、代替材料としてガラス基板や薄膜ニオブ酸リチウム(TFLN)などの新素材が急速に開発競争の対象になっている[6]。この材料転換の担い手として存在感を強めているのが、日東紡・デクセリアルズ・AGC・UBEなど日本の素材メーカーである。半導体そのものでは台湾・米国勢が主導権を握る一方、周辺材料では日本企業が独自のポジションを築きつつある構造は、フォトレジストやシリコンウェーハで日本企業が優位を持つ半導体素材産業と共通する。本稿では、CPO関連材料をめぐる日本企業各社の動きを個別に確認し、共通点と課題を整理する。
1. 日東紡 — 低CTE・低誘電ガラスクロスの展開
日東紡はガラス繊維メーカーとして、半導体パッケージ基板の補強材に使われるガラスクロス分野で高いシェアを持つ。同社は2025年10月、台湾で開催されたプリント基板業界の国際展示会「TPCA Show TAIPEI 2025」に出展し、独自技術で開発した低CTE(低熱膨張係数)ガラス、低DK(低誘電率)ガラス、極薄ガラスクロスを展示したと発表している[1]。低CTEガラスは、AI半導体パッケージの大型化に伴って深刻化する基板の反りを抑える材料であり、低DKガラスは高速信号伝送時の伝送損失を抑える特性を持つ。これらはCPOのような光電融合パッケージが要求する「基板の平坦性」と「高周波特性」の両方に関わる基礎素材であり、直接的な光デバイスではないものの、光電融合パッケージを支える土台の部材として位置づけられる。
2. デクセリアルズ — 導波路型フォトダイオードとCPO対応部材
デクセリアルズは、スマートフォン向け光学部材で培った技術を土台に、光半導体(フォトニクス)事業を新たな収益の柱と位置づけている。同社は導波路型フォトダイオードにUTC-PD(Uni-Traveling-Carrier Photodiode)構造を組み合わせることで、光の吸収方向とキャリア移動方向を分離し、感度と速度を独立して最適化する技術を開発していると説明する[2]。同社の技術情報サイトによれば、2026年に200Gbps/レーンの導波路型フォトダイオードの実用化を計画し、2030年には400Gbps/レーンのCPOモジュール向けフォトダイオード開発を目指すとしている[2]。あわせて、CPO内部の熱・応力に耐える特殊な実装用接着材料やアンダーフィル材の開発も進めているとしており、受光素子と実装材料の両面からCPOに関与する数少ない日本企業の一つといえる。
3. AGC — ガラスコア基板と光導波路材料
板ガラス大手のAGCは、約10年にわたり半導体パッケージ向けガラス基板の研究開発を続けてきた。同社エレクトロニクスカンパニーの担当者は、ガラスが有機基板と比べて平坦性・耐熱性・反りへの耐性に優れ、微細な穴を高精度に加工できる点を強みとして説明している[3]。ガラス基板は、チップ間の高密度な電気配線を担うインターポーザーとしての活用が見込まれるほか、光の透過性を活かして光導波路を同一基板内に一体形成できる可能性を持つ点で、CPO用基板の有力な候補材料として位置づけられている。AGCはガラスの組成設計から貫通孔加工まで一貫して手がける体制を強みとしており、既存の半導体材料事業(EUV用フォトマスクブランクスや研磨材)で培った微細加工技術をCPO向け基板に転用する戦略を取っている。
4. UBE — ポリイミド絶縁材料の周辺分野での可能性
化学メーカーのUBEは、CPO向け製品を前面に打ち出しているわけではないが、同社が展開するポリイミド材料(バーニッシュ「UPIA」、フィルム「UPILEX」、パウダー「UIP」)は、優れた耐熱性・電気絶縁性・化学的安定性を特徴とする[4]。ポリイミドは半導体パッケージのフレキシブル配線や層間絶縁材料として広く使われており、CPOモジュールのような高密度・高発熱パッケージにおいても、絶縁層や保護膜としての需要が見込まれる分野である。他の3社と比べるとCPOとの直接的な結びつきを示す発表はまだ乏しいが、既存の半導体・電子材料事業で培った耐熱ポリイミド技術を、今後どこまで光電融合パッケージ向けに展開できるかが注目点となる。
共通点と相違点
| 企業 | 主力材料 | CPOでの想定用途 | 事業化の進捗度 |
|---|---|---|---|
| 日東紡 | 低CTE/低DKガラスクロス | パッケージ基板補強・反り抑制 | 展示会で製品公開済み |
| デクセリアルズ | 導波路型フォトダイオード、実装用接着材料 | 受光素子・CPO内部の実装材料 | 2026年商用化目標を公表 |
| AGC | ガラスコア基板、光導波路 | 基板・光配線の一体形成 | 主要顧客への評価出荷段階 |
| UBE | 耐熱ポリイミド(バーニッシュ・フィルム・粉体) | 絶縁層・保護膜(周辺用途) | CPO特化の発表は未確認 |
4社に共通するのは、いずれも自動車・スマートフォン・産業機器など既存事業で培った素材技術を、AI半導体という新しい高付加価値市場に転用しようとしている点である。一方で相違点も大きい。日東紡とAGCは基板・構造材料という「土台」を担うのに対し、デクセリアルズは受光素子という「能動部品」に近い領域まで踏み込んでいる。UBEは現時点で直接的な製品発表がなく、周辺材料としての潜在力にとどまる。この違いは、各社がCPOのバリューチェーンのどの層に位置するかによって収益化のタイミングが異なることを示している。
注意点・展望
CPO市場はまだ立ち上がり段階にあり、各社の売上規模に占める比率は現時点では限定的とみられる。経済産業省は、NTTを中心とする光チップレット実装技術やメモリコントローラの研究開発に対し、ポスト5G基金を通じて助成を行っており、光電融合分野の技術基盤整備を国主導でも後押ししている[5]。もっとも、この助成事業の主な担い手はNTTグループや古河電気工業、新光電気工業、キオクシアなどであり、本稿で取り上げた素材4社は現時点でこの枠組みの直接の採択事業者ではない。素材メーカー各社のCPO関連ビジネスは、こうした国策プロジェクトの周辺で、顧客企業への個別供給という形で先行して進んでいる点に留意が必要である。
また、CPOはシリコンフォトニクスや薄膜ニオブ酸リチウムなど複数の技術方式が並行して開発されており、どの方式が主流になるかによって必要とされる材料の種類も変わり得る[6]。ガラス基板が有機基板を置き換えるとしても、量産歩留まりやコスト面でのハードルは残っており、材料メーカー各社の投資回収時期には不確実性が伴う。加えて、電源部材と同様、AIデータセンター向け需要はハイパースケーラー各社の設備投資計画に強く連動するため、投資サイクルの変動リスクも念頭に置く必要がある。
Newscoda の見方
CPO材料をめぐる競争で本サイトが注目するのは、日本企業が「半導体そのもの」ではなく「半導体を支える素材・部材」という一段下のレイヤーで存在感を発揮している構造が、フォトレジストやシリコンウェーハに続き光電融合分野でも再現されつつある点である。AI半導体の性能競争が微細化から実装技術へと重心を移す中、ガラス基板や耐熱樹脂、受光素子といった「見えない部材」の重要性は今後さらに高まると考えられる。
他の解説記事の多くは、NTTのIOWN構想やNVIDIAの投資動向など、技術方式そのものに焦点を当てる傾向がある。本サイトでは、既に受動部品(MLCC)分野で主役級として扱った村田製作所などの動向とは切り離し、日東紡・デクセリアルズ・AGC・UBEという、CPO材料に個別の強みを持つ企業群の事業化進捗の違いに焦点を当てた。
今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通りである。
- 各社のCPO関連製品が、決算説明資料や統合報告書でどの程度の売上・投資規模として開示されるか
- ガラス基板方式とシリコンフォトニクス方式のどちらが大手半導体メーカーの量産設計に採用されるか
- ハイパースケーラー各社のAIデータセンター投資計画の増減が、素材メーカーの設備投資判断にどう波及するか
- 経済産業省のポスト5G基金など公的支援の対象範囲が、素材メーカーにまで広がるか
まとめ
AIデータセンターの通信ボトルネックを解消する光電融合(CPO)技術の実用化に向けて、日東紡・デクセリアルズ・AGC・UBEといった日本の素材メーカーが、それぞれ異なるレイヤーで材料開発を進めている。日東紡とAGCは基板・構造材料、デクセリアルズは受光素子と実装材料、UBEは絶縁材料という周辺分野で、既存事業の技術を転用する動きが見られる。市場規模自体はまだ黎明期にあり、各社の事業化進捗にも差があるため、AIデータセンターの電力需要や投資サイクルの動向とあわせて、材料開発の進捗を継続的に追う必要がある。半導体本体だけでなく、光ファイバーなど伝送インフラを担う電線産業とは異なる「パッケージ内部の材料」という層で、日本企業がどこまで存在感を発揮できるかが今後の焦点となる。
Sources
- [1]Nittobo — News Release: Announcement of Exhibit at TPCA Show TAIPEI 2025
- [2]Dexerials TECH TIMES — Development of Waveguide Photodiode: Challenge to Higher Speeds by Combining with UTC-PD
- [3]AGC — The Japanese glass behind next-generation chips
- [4]UBE Corporation — Polyimide Product Lineup
- [5]総務省(経済産業省提供資料)— ポスト5G基金における光電融合技術開発の現状について
- [6]PMC (National Library of Medicine) — Electronic Chip Package and Co-Packaged Optics (CPO) Technology for Modern AI Era: A Review
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