経済

「こども誰でも通園制度」全国実施が問う保育供給の限界 — 月10時間の権利化と現場負担

2026年4月に全国展開した「こども誰でも通園制度」は、就労要件を問わず月10時間まで未就園児を保育所等に預けられる新給付制度である。制度設計の詳細と保育士不足という供給制約、家庭・保育現場への影響を一次資料から整理する。

Newscoda 編集部

こども誰でも通園制度とは

「こども誰でも通園制度」は、2026年4月から全国の市町村で法定給付として本格実施された保育制度である。児童福祉法上は「乳児等通園支援事業」として2025年4月に施行され、子ども・子育て支援法上は「乳児等のための支援給付」として2026年4月に施行された。2025年度は地域子ども・子育て支援事業として先行実施され、2026年度から給付制度としての全国一律実施に移行している[1]。

対象となるのは、生後6か月から満3歳未満(3歳の誕生日の前々日まで)で、保育所・認定こども園・幼稚園・地域型保育事業・企業主導型保育施設等に通っていない子どもである。保護者の居住地の市町村が支給認定を行う仕組みで、認可外保育施設に通う子どもは対象に含まれるが、企業主導型保育施設に通う子どもは対象外とされる[1]。

制度の最大の特徴は、これまでの一時預かり事業とは異なり「保護者の就労等の必要性」を利用の条件としない点にある。月一定時間(給付の上限は10時間)までの利用可能枠の中で、就労要件を問わず時間単位等で柔軟に利用できる新たな通園給付として設計されている。利用料は目安として1時間300円程度が示されているが、具体的な料金は実施施設や自治体が独自に設定する仕組みになっている[1]。

実施主体は市町村で、事業を行おうとする事業者を認可・確認する。想定される実施場所は、保育所、認定こども園、小規模保育事業所、事業所内保育事業所、家庭的保育事業所、幼稚園、地域子育て支援拠点、企業主導型保育施設、認可外保育施設、児童発達支援センター等と幅広い。実施方式は、既存施設の空き定員を活用する「余裕活用型」と、専用の定員枠を設ける「一般型」(在園児合同実施・専用室独立実施・独立施設実施)に大別される[1]。

なぜ導入されたか

背景・前提条件

制度創設の出発点にあるのは、こども家庭庁が示す「0〜2歳児の約6割が保育所等に通っていない未就園児である」という構造的な事実である。こうした子どもを育てる家庭の中には、日中を家庭内だけで過ごす「孤立した育児」の中で不安や悩みを抱える保護者が少なくないと指摘されている[1]。

政府は2023年12月に閣議決定した「幼児期までのこどもの育ちに係る基本的なビジョン(はじめの100か月の育ちビジョン)」において、就園の有無などこどもの置かれた環境にかかわらず、全てのこどもの育ちをひとしく切れ目なく保障する方針を掲げた。こども誰でも通園制度は、この方針を具体化する施策として位置づけられている。従来の一時預かり事業が「保護者の立場からの必要性」に対応するものであったのに対し、本制度は子どもを中心に据え、子どもの成長の観点から「全てのこどもの育ちを応援し、良質な成育環境を整備する」ことを目的とする点で設計思想が異なる[1]。

この制度化の背景には、日本の人口減少と社会保障の全体構造を貫く長期的な出生数の減少と、それに伴う保育所定員の余剰という現実も横たわっている。少子化により定員に満たない保育所が増える中、その空き枠を「保育を必要とする家庭のための施設」から「全ての子育て家庭のための社会的インフラ」へと転用する発想が、制度設計の根底にある。

直接の引き金

制度化に向けては、2024年度に全国の自治体で試行的事業が実施された。横浜市、千葉市、山陽小野田市をはじめとする多くの自治体が本格実施を見据えた検証に参加し、学識経験者・保育事業者・自治体で構成される検討会での議論を経て、2025年度に地域子ども・子育て支援事業として制度化された。この積み上げの上に、2026年4月からの全国一律の給付制度としての本格実施が実現している[1]。

財政面では、2026年度予算案において「こども誰でも通園制度の全国展開」に349億円が計上された。これは前年度の126億円から大幅に増額されたものである。あわせて、施設に支払われる基本分単価を約3割引き上げるとともに、障害児・医療的ケア児等の受け入れに係る加算や、施設による保護者支援の充実等の取り組みを評価する加算が新設された。この予算は、こども家庭庁予算案の柱の一つである「多様で質の高い育ちの環境の提供等」(2兆613億円)の中に、保育士等の処遇改善(858億円、人事院勧告を踏まえた5.3%の引き上げ)などとともに位置づけられている[2]。

誰が影響を受けるか

家庭・保護者への影響

就労要件が撤廃されたことで、これまで保育給付の対象になりにくかった専業主婦・主夫世帯や育児休業中の世帯も、月10時間の範囲で子どもを保育所等に預けられるようになった。障害のあるこどもや医療的ケアを必要とするこども、こども家庭センターが要支援家庭と認めた世帯のこどもについては、受け入れ事業所に加算が適用される仕組みも設けられており、支援が届きにくかった層への接点拡大が意図されている[1]。

自治体レベルの実施例として、神戸市では生後6か月から2歳(3歳の誕生日の前々日まで)を対象に、月10時間を上限として制度を運用している。利用料は基本1時間300円だが、減免対象世帯は100円から0円まで軽減される。実施施設数は2026年7月時点で44施設から137施設へと拡大しており、利用申込みはオンラインの認定申請システムと予約ポータルを組み合わせた形で運営されている[3]。

一方で、月10時間という枠は週あたりに換算すればおよそ2〜3時間程度に相当し、フルタイムの就労を代替するようなものではない。制度の主眼はあくまで「孤立した育児」の解消と子どもの発達促進にあり、共働き世帯の恒常的な保育ニーズを満たす制度ではない点は、利用を検討する家庭にとって理解しておくべき前提である。

保育士・保育施設への影響

制度上の職員配置基準は、乳児おおむね3人に従事者1人、満1歳以上満3歳未満の幼児おおむね6人に従事者1人以上とされ、従事者の半数以上が保育士であれば残りは保育士資格を持たない従事者でも配置できるという、比較的柔軟な基準になっている。既存の保育所等の空き定員を活用する「余裕活用型」を軸に据えることで、新規の大規模な施設整備や大量の保育士採用を前提とせずに制度を立ち上げられる設計だが、これは裏返せば、現場の人員体制に十分な余力がないまま事業が拡大するリスクをはらむ仕組みでもある[1]。

保育士不足は本制度に限らない構造的な課題である。厚生労働省の統計では、保育士の有効求人倍率は全国的に高水準で推移し、都道府県間のばらつきも大きいことが示されている。都市部を中心に人材確保が難しい地域が多く、2040年に1100万人の労働力が不足するとされる日本全体の人手不足のなかでも、対人サービス業である保育分野は代替が利きにくい職種の一つに数えられる[4]。

こうした状況で、日によって利用する子どもが異なり、在園時間や利用頻度も子どもごとに違うという本制度特有の運用は、現場のマネジメント負荷を高める要因になる。子どもの特性を短時間で把握する力や、従事者間の情報共有、リスク管理の徹底が求められる一方、既存の在園児の保育に支障を来さないような配慮も同時に必要とされる。2026年度予算案では保育士等の処遇改善として5.3%の賃金引き上げが計上され、こども家庭庁発足以来の累積改善率は21.2%に達したとされるが、これが人材の絶対数不足そのものを短期間で解消する水準かどうかは別の論点である[2]。

今後どうなるか

短期(数か月〜1年)の見通し

2026・2027年度は経過措置期間と位置づけられており、月10時間の実施が難しい市町村は、条例により利用可能時間を3時間から10時間未満の範囲で設定できる。この規定自体が、政府として全国一律の月10時間実施が保育士不足を背景に容易ではないことを織り込んでいることを示している[1]。今後1年程度は、この経過措置を活用する自治体がどの程度出てくるか、また基本分単価の約3割引き上げが施設側の参入判断をどこまで後押しするかが、制度の実質的な普及度を左右する。

こども家庭庁は、認定申請の有無や利用状況を通じて自治体が家庭の状況を把握できる仕組みを制度に組み込んでいる。これは制度の趣旨を、リスクの大小にかかわらず集団全体に働きかける「ポピュレーションアプローチ」であると同時に、支援が必要な家庭を早期に発見する「ハイリスクアプローチ」への橋渡しとして位置づけるものであり、短期的には利用データの蓄積とそれを要支援家庭の把握にどう活用するかが焦点になる[1]。

中長期(1〜3年〜)の構造変化

中長期的には、人口減少地域における保育所の定員割れが一段と進む中で、こども誰でも通園制度が保育インフラの新たな収益源・稼働率維持策として機能するかが問われる。2026年度予算案には、人口減少地域での保育提供体制の維持・確保や、保育機能確保・強化のためのモデル事業も盛り込まれており、制度は少子化下での保育所の存続戦略の一部としても位置づけられつつある[2]。

国際的に見ると、OECDの家族データベースによれば、加盟国平均で0〜2歳児の乳幼児教育・保育(ECEC)在籍率は3割強にとどまる一方、デンマークやノルウェーなど在籍率が高い国では、両親がフルタイム就労に復帰することを前提に保育の受け皿が整備されてきた経緯がある[5]。これに対し日本のこども誰でも通園制度は、就労復帰の支援よりも育児の孤立解消と子どもの発達機会の提供を主眼に置く点で、他の高在籍率国とは異なるアプローチを取っている。この違いは、制度が今後どこまで「保育の量的拡大」に向かうのか、それとも「限定的な福祉的接点」にとどまるのかを見極める上での参照点になる。

なお、こども誰でも通園制度が対象とするのは3歳未満までであり、その先には学童保育の「小1の壁」に象徴される、就学後の子育て支援の課題が控えている。乳幼児期の制度拡充が進む一方で、子どもの成長段階に応じた支援の切れ目がどこに生じるかも、中長期的に注視すべき論点である。

Newscoda の見方

本サイトが注目するのは、こども誰でも通園制度が「保育士不足を前提にした制度設計」になっている点である。従事者の半数以上を保育士とすればよいという緩和的な配置基準、既存定員の空きを活用する余裕活用型を軸とした立ち上げ方、そして経過措置として月3時間からの実施を認める条例規定は、いずれも供給制約を織り込んだ現実的な妥協の産物と言える。制度の理念と現場の人員体制との間にあるギャップが、今後の運用の巧拙を左右する。

他の論評の多くが「親の孤立解消」という需要側の意義を強調するのに対し、本サイトは供給側、すなわち保育士確保の遅れが制度の実効性そのものを規定するボトルネックになりうる点を重視する。処遇改善による賃金引き上げは進むが、それが潜在保育士の呼び戻しや離職防止にどこまで結びつくかは、賃金以外の労働環境要因にも依存する。

今後6〜12か月で観察すべき変数は次の通りである。

  • 経過措置(条例による月3〜10時間未満の設定)を適用する自治体数とその地域分布
  • 実施施設数の増加ペースと、余裕活用型・一般型の構成比の変化
  • 保育士の有効求人倍率と処遇改善の賃金引き上げが求人動向に与える効果
  • 利用実績データが要支援家庭の把握にどう活用されるかの具体的な運用実態
  • 人口減少地域における保育所の稼働率維持策としての制度の役割拡大の有無

まとめ

こども誰でも通園制度は、2026年4月の全国展開によって、就労要件を問わず月10時間まで未就園児を保育所等に預けられる法定給付として本格稼働した。0〜2歳児の約6割が未就園児であるという構造的事実に対応し、「はじめの100か月の育ちビジョン」に基づいて子ども中心の支援を強化する狙いがある。2026年度予算案では全国展開に349億円、保育士等の処遇改善に858億円が計上され、基本分単価の引き上げなど施設側の参入を促す措置も講じられた。

一方で、制度は乳児3人に従事者1人という配置基準や余裕活用型を軸とした設計からも分かる通り、保育士不足を前提とした現実的な妥協の上に成り立っている。経過措置として月3時間からの実施を認める規定は、全国一律の理念と現場の供給制約との間の緊張関係を象徴している。家庭の孤立解消という需要側の期待に応えられるかどうかは、最終的には保育士確保という供給側の制約をどこまで克服できるかにかかっている。

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Sources

  1. [1]こども家庭庁「こども誰でも通園制度の実施に関する手引」(令和8年3月改訂版)
  2. [2]こども家庭庁「令和8年度こども家庭庁予算案の主なポイント」
  3. [3]神戸市「神戸市こども誰でも通園制度」
  4. [4]厚生労働省「令和4年版厚生労働白書」図表1-2-59 保育士の有効求人倍率の推移(全国)
  5. [5]OECD Family Database「PF3.2 Enrolment in childcare and pre-school」

よくある質問

こども誰でも通園制度の対象となる子どもと家庭の要件はどのようなものか
生後6か月から満3歳未満(3歳の誕生日の前々日まで)で、保育所・認定こども園・幼稚園・地域型保育事業・企業主導型保育施設などに通っていない子どもが対象となる。保護者の就労状況は問われないため、専業主婦・主夫世帯や育児休業中の世帯、求職中の世帯も利用できる。認可外保育施設に通う子どもは対象に含まれるが、企業主導型保育施設に通う子どもは対象外となる点に注意が必要である。
月10時間という利用枠の上限はどのような根拠で決められたのか
子ども・子育て支援法に基づく給付の上限として月10時間が設定されている。ただし各市町村の判断でこれを超えて実施することも可能である。一方、2026・2027年度は経過措置として、月10時間の実施が難しい市町村は条例により3時間から10時間未満の範囲で利用可能時間を設定できるとされており、保育士不足を織り込んだ制度設計になっている。
こども誰でも通園制度を利用する際の利用料はどの程度かかるのか
国が示す目安は1時間あたり300円程度だが、具体的な料金は実施施設や自治体が独自に設定する。神戸市の例では基本料金は1時間300円で、要支援家庭など減免対象世帯は100円から0円まで軽減される仕組みが設けられている。障害児や医療的ケア児、要支援家庭の子どもを受け入れる事業所には別途加算が給付される。
深刻な保育士不足が続く中で、なぜ新しい通園制度を全国展開できるのか
制度上の職員配置基準は、乳児おおむね3人に従事者1人、満1歳以上満3歳未満の幼児おおむね6人に従事者1人以上とされ、従事者の半数以上が保育士であればよいという緩和的な基準になっている。また既存の保育所等で定員に満たない枠を活用する「余裕活用型」を軸にすることで、新規の施設整備や大量の保育士採用を必須とせずに制度を立ち上げられる設計になっている。
試行的事業を先行実施した自治体では、実際に利用が広がっているのか
横浜市・千葉市・山陽小野田市など多くの自治体が2024年度から試行的事業を実施し、2025年度の制度化を経て2026年度の本格実施につなげた。神戸市では実施施設数が2026年7月時点で44施設から137施設へと拡大しており、自治体ごとに施設整備のペースには差がある。全国一律の制度である一方、実際の利用しやすさは地域の保育供給体制に左右される。

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