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70歳雇用時代の設計図 — 努力義務から義務化への時系列と定年制度の行方

65歳までの雇用義務化から70歳までの努力義務、そして2026年度の新基本方針まで。高年齢者雇用安定法をめぐる制度強化の時系列と、定年制度存廃論争の構図を整理する。

Newscoda 編集部

背景

出発点となった状況

高年齢者雇用安定法は、日本企業における定年制度と継続雇用のルールを段階的に引き上げてきた法律である。かつては事業主が労使協定を結ぶことで、65歳までの継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みが認められていたが、この仕組み自体を廃止し、希望者全員を対象とする方向へ制度を強化する改正が行われた [1]。この改正には経過措置が設けられ、2025年3月31日をもってその経過措置が終了、2025年4月1日以降は定年制の廃止、65歳までの定年引き上げ、または希望者全員を対象とした65歳までの継続雇用制度の導入のいずれかが、事業主にとって完全な義務となった [1]。

構造的な前提

この一連の制度強化を突き動かしてきたのは、日本の人口構造そのものの変化である。OECDの試算では、日本は65歳以上人口が20〜64歳人口100人に対して54.9人という、加盟国中で最も高い老年従属人口指数を抱えている [4]。生産年齢人口(20〜64歳)は今後40年で3割以上減少すると見込まれる国の一つに数えられており [4]、高年齢者の就業継続は労働力確保という観点からも避けて通れない政策課題になっている。

年金制度との関係も無視できない。OECD加盟国全体で見ると、通常の年金受給開始年齢は今後、男性で66.4歳、女性で65.9歳程度まで平均的に引き上げられる見通しが示されており [5]、高齢化が進む国ほど就業期間の延長と年金受給開始年齢の引き上げが同時並行で進む傾向にある。日本における70歳までの就業機会確保の議論も、この国際的な潮流と軌を一にしている。

日本の場合、女性の労働市場からの退出年齢がすでに65歳を超えている点も特徴的である。OECDの分析では、日本を含む一部の国で女性が65歳を超えて労働市場に留まる傾向が確認されており [5]、高年齢層の就業継続はすでに一部の層で実態として先行している。制度がこの実態を追認し、後押しする形で段階的に強化されてきたという経緯を理解しておくことは、以降の時系列を読み解くうえで重要な前提になる。

2021年4月: 第1局面 — 70歳までの就業確保「努力義務」の導入

65歳までの雇用確保が段階的に義務化される一方で、70歳までの就業機会確保についてはまず努力義務として制度化された。事業主に対しては、定年の引き上げ、継続雇用制度の導入、定年廃止に加え、他社への再就職支援や社会貢献事業への従事といった雇用によらない措置も選択肢に含めた「多様な手段のいずれかを講じる」努力義務が課された。罰則を伴わない努力義務という制度設計は、65歳までの義務化を確実に定着させたうえで、70歳までの引き上げは企業の自主的な取り組みを促しながら段階的に進めるという、日本の労働法制に特徴的な漸進的アプローチを反映している。

この段階的な制度設計の背景には、企業側の対応力への配慮がある。定年年齢や継続雇用の上限を一気に引き上げれば、賃金カーブや退職金制度、年金の支給開始年齢との整合性など、人事制度全体の再設計が同時に必要になる。罰則のない努力義務からスタートすることで、企業が自社の状況に応じたペースで制度改定を進められる猶予期間を設ける狙いがあったとみられる。一方で、努力義務にとどまる限り、体力的な負荷が大きい業種や人事制度の見直しに投資する余力の乏しい中小企業では対応が後回しにされやすいという副作用も指摘されてきた。

2025年4月: 第2局面 — 65歳までの完全義務化

前述の通り、2025年4月1日には65歳までの雇用確保に関する経過措置が終了し、労使協定による対象者の限定が完全に廃止された [1]。これにより、65歳までの雇用確保は名実ともに全事業主の完全義務となった。この段階を経たことで、政策の焦点は「65歳までの確保をどう徹底するか」から「70歳までの努力義務をどう実効性あるものにするか」へと移行することになる。

経過措置の終了自体は、2013年の法改正時点ですでに予定されていた既定路線であり、突発的な政策変更ではない。むしろ重要なのは、この完全義務化が「65歳までは義務、70歳までは努力義務」という二段階構造を制度上確定させた点にある。65歳という節目が完全に義務化されたことで、次の政策的な焦点が自動的に70歳へと移る土台が整ったといえる。

2026年度: 第3局面 — 新基本方針と数値目標の設定

2026年度からの4年間を対象とする新たな「高年齢者等職業安定対策基本方針」が策定され、令和11年度(2029年度)までに60〜64歳の就業率79.0%以上、65〜69歳の就業率57.0%以上、そして70歳までの就業確保措置の実施率40.0%以上という具体的な数値目標が掲げられた [2][3]。同時に、労働安全衛生法の枠組みでは高年齢労働者の労働災害防止を目的としたエイジフレンドリーガイドラインが2026年4月から努力義務化されており、雇用機会の拡大と安全配慮を一体で進める政策パッケージが形成されつつある。

数値目標の設定は、努力義務という枠組みを維持しながらも、実施率の進捗を継続的にモニタリングし、目標未達が続けば追加的な政策対応を検討するという、いわば「努力義務プラス数値目標による圧力」という新たな段階への移行を意味する。

数値目標が示された意義は、単に「頑張ってください」という抽象的な努力義務から、「40%まで実施率を引き上げる」という測定可能な政策目標への転換にある。測定可能な目標が設定されれば、四半期ごとの進捗報告や業種別・企業規模別の達成状況の可視化が可能になり、対応が遅れている業種への追加支援や、逆に達成が進んだ場合の次の段階(義務化)へ議論を進める根拠にもなりうる。政策手法として、努力義務を数値目標付きで運用するというアプローチ自体が、日本の労働政策における「緩やかな規制強化」の典型例といえる。

直近の動き

2026年時点での実施率は、政策目標である40%に対してどこまで近づいているかが焦点になっている。大手企業を中心に、定年後の賃金体系を見直し、実質的な処遇を維持したまま70歳までの継続雇用を制度化する動きがすでに広がりつつあるが、中小企業では体力的な負荷の大きい業種ほど対応が遅れやすいという構造的な差も指摘されている。企業の賃金制度対応の詳細については、70歳現役時代の賃金設計革命で論じた「シニア報酬」の再構築が、この実施率向上の実務的な鍵を握っている。

同時に、安全衛生面の対応も並行して進んでいる。60歳以上を常時使用する事業場に努力義務として課されたエイジフレンドリーガイドラインへの対応状況は、70歳までの就業確保措置の実施状況と表裏一体の関係にある。就業機会を広げる政策と、その現場での安全を確保する政策がほぼ同時期に努力義務化された事実は、政府が量(就業率)と質(安全・処遇)の両面を同時に前進させようとしていることを示している。実施率の統計が業種別に公表されるようになれば、どの業種で制度と実態の乖離が大きいかがより明確になるだろう。

今後の展望

70歳までの就業確保が努力義務にとどまる期間がどこまで続くかは、実施率の推移次第である。現行の政策文書は明確に「70歳までの定年年齢の引上げを義務付けるものではない」との立場を示しているが、数値目標に基づくモニタリングが常態化すれば、将来的に一定規模以上の企業に対象を絞った義務化の議論が本格化する可能性は排除できない。

より根本的な論点は、定年制度そのものの存廃論争である。定年年齢を段階的に引き上げる漸進的アプローチを続けるのか、それとも欧米の一部の国のように定年制度そのものを禁止し、年齢を理由とした雇用終了を原則違法とする方向へ転換するのかは、日本型雇用システムの根幹に関わる選択になる。年金受給開始年齢の引き上げ論議とも連動するこの問題は、高年齢者雇用安定法の枠を超え、日本の社会保障制度全体の設計思想を問い直す論点である。長寿エコノミーの台頭で論じたように、長寿化が年金財政と労働市場の双方に与える構造的な圧力は、今後さらに強まっていくとみられる。

定年制度を維持したまま就業確保年齢だけを引き上げ続ける現行路線には限界も指摘される。定年という年齢基準そのものを残す限り、いずれ70歳の壁に直面し、同様の議論を繰り返すことになりかねない。一方で、定年制度を撤廃すれば、企業は年齢を理由にした雇用終了ができなくなる代わりに、能力や成果に基づく処遇・退職の仕組みをより精緻に整備する必要に迫られる。日本型雇用の特徴である年功的な処遇体系や新卒一括採用との整合性をどう図るかも、定年制度存廃論争の重要な論点になる。

Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、70歳雇用をめぐる議論が「雇用政策」の枠内だけで語られがちだが、実際には年金財政・企業の人件費構造・定年制度の存廃という3つの論点が分かちがたく結びついている点だ。数値目標の設定だけを見ていると、あたかも実施率の向上だけが政策目標であるかのように映るが、その先には年金支給開始年齢の引き上げ論議が控えている。

多くの解説は努力義務の実施率という短期的な指標に注目するが、Newscodaとしては、高齢化労働力と生産性のパラドックスで示されたように高年齢労働者の生産性は年齢だけでは説明できないという知見をふまえ、定年制度の存廃を「年齢による一律の線引きが本当に必要か」という制度設計の根本問いとして捉え直す視点を重視する。努力義務から義務化への移行があるとすれば、それは実施率の数字ではなく、年金財政の持続可能性という、より大きな政策圧力によって決まる可能性が高い。

また、努力義務という手法そのものの評価も分かれるところである。罰則のない緩やかな制度は企業の自主性を尊重する一方、対応力の乏しい中小企業や労働集約的な業種を置き去りにするリスクを常に伴う。数値目標の設定によって進捗を可視化する試みは、努力義務の実効性を高める工夫として一定の合理性を持つが、目標未達が続いた場合に政府がどこまで踏み込んだ対応を取るかは、これまでの日本の労働政策の漸進性を踏まえると、なお慎重に見極める必要がある論点である。

今後6〜12か月で観察すべき変数:

  • 70歳までの就業確保措置の実施率(目標40%)の四半期進捗
  • 65〜69歳・60〜64歳の就業率が基本方針の数値目標に対してどう推移するか
  • 年金支給開始年齢の引き上げに関する社会保障審議会等での議論の進展
  • 大手企業における70歳までの継続雇用・定年廃止の自主的導入事例の増加ペース

まとめ

高年齢者雇用安定法をめぐる制度強化は、65歳までの完全義務化(2025年4月)から70歳までの努力義務と数値目標の設定(2026年度)へと、着実に段階を進めてきた。この流れの先には、定年制度そのものの存廃という、日本型雇用システムの根幹に関わる論争が控えている。実施率の数値目標をどこまで達成できるかだけでなく、年金財政の持続可能性という、より構造的な圧力が今後の制度改正の方向性を規定していくとみられる。

企業にとっては、目先の実施率対応にとどまらず、賃金体系・安全衛生・年金や退職金制度までを含めた人事制度全体の再設計を見据えた対応が求められている。70歳雇用の議論はまだ努力義務の段階にあるが、その先にある義務化と定年制度の存廃という論点まで視野に入れて備えておくことが、中長期的な人材戦略の巧拙を分けることになるだろう。

Sources

  1. [1]厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~『継続雇用制度』の対象者を労使協定で限定できる仕組みの廃止~」
  2. [2]厚生労働省「新たな高年齢者等職業安定対策基本方針を策定しました」
  3. [3]労働政策研究・研修機構(JILPT)「70歳までの就業確保措置の実施率40%以上の達成をめざす」
  4. [4]Future retirement ages — Pensions at a Glance 2025, OECD
  5. [5]Current retirement ages — Pensions at a Glance 2025, OECD

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