経済

膨張する医療費と世代間格差 — 日本の社会保障財政は持続可能か

国民医療費が48兆円と過去最高を更新し続ける日本。社会保障給付費の医療部門は45.6兆円、後期高齢者が医療費全体の40%超を担う構造が定着した。高市政権下での薬価改定・診療報酬改革を軸に、財政持続可能性と世代間負担の深刻な矛盾を解き明かす。

Newscoda 編集部
膨張する医療費と世代間格差 — 日本の社会保障財政は持続可能か

はじめに

日本の国民医療費は2024年度に48兆円に達し、4年連続で過去最高を更新した [1]。これに介護給付費(11.5兆円超)を加えた社会保障給付費の医療・介護部門合計は57兆円を超え、社会保障給付費全体(135.5兆円)の約42%を占める [5]。2026年度の政府一般会計予算における社会保障関係費は過去最大の39.06兆円で、前年度比7600億円増加しており [7]、財政赤字の構造的拡大を抑えながらこの支出をいかに賄うかが日本の財政政策の核心課題となっている。社会保障費は一般会計歳出の実に56%に相当し [5]、財政の硬直化が進む中で教育・防衛・インフラ投資などへの支出余力が年々狭まっている。

特に深刻なのが後期高齢者(75歳以上)の医療費の膨張だ。75歳以上が日本の医療費全体に占める割合は2024年に初めて40%を超え [1]、2010年の34%から上昇が続いている。75歳以上の医療費総額は2024年時点で19.6兆円と、2010年の12.7兆円から約1.5倍に拡大した [1]。75歳以上の一人当たり医療費は65歳未満の約4倍 [5] とされており、この年齢層の人口が増加し続ける限り、医療費の膨張は構造的に避けられない。健康保険組合の財政も逼迫しており、解散ライン(保険料率10%)を超える組合が全体の4分の1に達し、前年度には10の組合が解散・合併した [1]。高市秀樹政権(2025年9月発足)は薬価引き下げと診療報酬改定を組み合わせたFY2026年度の医療費改革を実行に移したが、その効果の限界と世代間の負担格差解消の困難さが改めて浮き彫りとなっている。

医療費膨張の構造:なぜ止まらないのか

人口高齢化と医療需要の不可逆的拡大

日本の総人口に占める65歳以上の比率は29.3%(2024年)と世界最高水準にある [6]。75歳以上に限れば16.8%、すなわち全人口の6人に1人が後期高齢者という状況だ。医療費は年齢とともに急激に上昇する性質があり、75歳以上の平均医療費は65〜74歳の約2倍、40〜64歳の約5倍とも試算されている。したがって、後期高齢者の絶対数が増加するだけで、人口構成の変化のみから医療費の拡大は「予定路線」となる。

さらに、後期高齢者医療制度(2008年創設)の加入者数は年々増加しており、同制度への支援金(現役世代の保険料・公費から拠出)は2024年度に3.86兆円と過去最高を記録し、前年比5.7%の増加となった [1]。健康保険組合の財政も逼迫している。2024年度の健康保険組合の平均保険料率は9.31%に達し、2025年度には9.34%に上昇する見通しだ [1]。保険料率が10%を超えた場合に解散可能な「解散ライン」を越えている組合が全体の約4分の1に及び、実際に前年度は10の組合が解散・合併した [1]。健保組合が解散すれば、その加入者は協会けんぽ(政管健保)に移行し、最終的には公費負担の増加につながる。

医療技術の高度化とコスト上昇

医療費膨張のもう一つの主要因は、医療技術の高度化だ。新しい治療薬・医療機器・手術法は患者の生存率・QOL(生活の質)を向上させる一方で、単価が高い。特に注目されるのが、がん免疫療法薬(PD-1/PD-L1阻害薬)や遺伝子治療薬など、一人当たりの治療費が数千万円規模に達する高額薬剤の普及だ。オプジーボ(ニボルマブ)の登場時に話題になったように、革新的新薬は命を救う反面、保険財政を圧迫するというジレンマを常にはらんでいる。医薬品費用は医療費全体の約22%を占めており [5]、薬価改定が医療財政に与える影響は大きい。

また、日本は外来受診回数が多い国として知られており(OECD加盟国中でも最高水準)、患者が少ない症状でも受診しやすい医療アクセスの良さが医療費を押し上げる側面がある。慢性疾患(糖尿病・高血圧・認知症等)の管理費用は医療費全体の約30%を占めるとされており [5]、生活習慣病対策・予防医療の充実が費用の上昇を抑制する上で中長期的に重要となる。医療費対GDP比は2024年時点で10.63%と推計されており [4]、OECD加盟国の中でも上位に位置する水準だ。日本は公的保険が医療費の77.3%をカバーする手厚い制度を持つ一方 [4]、その手厚さが「いつでも気軽に受診できる」という医療へのアクセス容易性を生み、受診回数・入院日数・処方薬量の多さにつながっているという指摘もある。医療費の「管理」という観点からは、過剰な医療利用を抑制するインセンティブ設計が課題となっている。

2026年度の医療制度改革

診療報酬改定:3%超の引き上げという苦渋の選択

2025年12月に政府・厚生労働省は、2026年度の診療報酬改定方針を決定した。医療行為に対する報酬を平均3.09%引き上げるというもので、30年ぶりの3%超となる大幅引き上げだ [3]。医師・看護師など医療従事者の深刻な人手不足を背景に、人件費の上昇を診療報酬の引き上げで対応する方向性を選択した。この改定は医療費の総額をさらに押し上げる要因となるが、地方の医療機関の経営安定や医療従事者の待遇改善、ひいては医療提供体制の持続可能性確保のために必要な措置と位置づけられている。

一方で、薬価については0.87%の引き下げが決定された [3]。医薬品の保険適用価格(薬価)は2年に一度改定され、後発医薬品(ジェネリック)の普及や国際価格との乖離修正などを通じて引き下げが続いてきた。この措置により中央政府の節減効果は約1050億円とされるが [3]、社会保障費全体の規模(39兆円超)から見れば限界的な効果にとどまる。製薬業界からは「薬剤費が社会保障費全体の10%未満しか占めないのに、費用削減の70%が薬価引き下げに集中している」という批判も出ており [3]、薬価改定に依存した財政対策の歪みが指摘されている。

高市政権の方針:「年4兆円削減」という目標

高市政権と連立を組む日本維新の会は、医療・介護費を年間4兆円削減するという急進的な目標を掲げ、政府の政策形成プロセスに影響を与えている。具体的には、後期高齢者の窓口負担比率の引き上げ(現行1割〜3割の患者別負担割合の全体的引き上げ)、医療費の「ムダ」削減(過剰な検査・薬剤処方の見直し)、医療機関の機能再編、長期収載品(後発医薬品への切り替えが進んでいる先発医薬品)の自己負担の引き上げなどが議論の俎上に載っている。

ただし、後期高齢者の自己負担引き上げは、医療へのアクセス格差を生む懸念があり、特に低所得高齢者が必要な医療を受けられなくなるリスクが倫理的・政治的な反発を生む。「受益者負担の強化」という方向性は財政論的には合理的だが、選挙政治においては高齢者票を持つ与党にとって実施困難な改革でもある。政府の2026年度予算における社会保障費の増加が示すとおり [7]、現時点では「抑制」よりも「増加する需要への対応」という方向性が優先されている。医療費削減へのアプローチとして、日本維新の会が主張する「保険外診療の拡大(混合診療の解禁)」という方向性もあるが、これは公的保険の役割を縮小させ、所得格差が医療格差に直結するリスクをはらむとして反対論も根強い。いずれの方向性も一長一短があり、政治的合意形成が困難なことが、抜本改革の先送りを招いている。

世代間格差と「社会保障の受益と負担の非対称性」

世代間格差の実態

世代会計(ジェネレーショナル・アカウンティング)の分析によれば、現在の60歳以上世代が生涯を通じて受け取る社会保障の純受益(給付額-負担額)は約6500万円であるのに対し、将来世代にはマイナス5200万円超の純負担が見込まれるとされており、1億円超の格差が存在する [5]。この非対称性は、社会保障制度設計の問題というより、人口動態の変化(現役世代の減少と高齢者の増加)によって生じた構造的な歪みだ。

現役世代(20〜59歳)は健康保険料・年金保険料・介護保険料の三重の負担を抱えながら、受取開始が遠い将来である年金の受給額は既に受給している高齢世代より少なく、医療サービスのアクセスは高齢世代ほど高頻度にはない。この世代間の「割を食う感覚」が、若年層の社会保険制度への不信感や少子化問題と連鎖していると指摘する論者もいる。実際、現役世代の負担軽減努力は依然として「限定的」と評価されており [7]、抜本的な制度見直しを先送りしてきた政策の結果が世代間格差の形で顕在化している。

医療費の地域格差と公平性の問題

医療費の水準は地域によって大きく異なる。受療率(人口当たりの医療機関受診回数)・一人当たり医療費・医療資源の分布(医師数・病床数)に、都道府県間で顕著な差異がある。一般に、人口当たり病床数が多い地域(九州・山口など)は医療費が高い傾向があり、これは必ずしも健康状態の差だけではなく、医療供給体制の過剰さを反映している側面もある。厚生労働省は「地域医療構想」を通じて病床の適正化・機能分化を推進しているが、地域における医療資源の再配置は既得権益との調整が難航しやすく、政策の実行速度は遅い [6]。

地方の過疎地域では医師・看護師不足が深刻化しており、「医療過疎」と「医療費の高い地域」が同時に存在するというパラドックスが生じている。遠隔医療(オンライン診療)の普及が医療アクセスの地域格差を緩和する可能性を持つ一方、高齢者のデジタルリテラシーの問題、診療報酬制度上の位置づけ整備、医師の偏在を是正する総合政策の実行が課題として残る。医科大学地域枠・産婦人科・外科などの専門医不足地域への配置義務づけなどの政策も導入されているが、医師の自由な勤務地選択との折り合いをどう付けるかという難問は依然として解決していない。

長期介護と認知症の財政インパクト

介護給付費の急拡大と制度の限界

医療費と並んで深刻な問題が、介護給付費の急拡大だ。介護保険制度が2001年に施行されてから20年余、給付費は制度創設時の4.4兆円(2001年度)から2023年度の11.5兆円へと2.6倍に膨らんだ [5]。認知症患者数は2025年に700万人を超えると推計されており、専門介護施設・グループホームの不足、在宅介護に当たる家族への負担、介護職員の人手不足と低賃金問題が複合的に絡み合っている。

介護職員の有効求人倍率は他産業を大きく上回る水準で推移しており、処遇改善加算によって報酬水準を引き上げる政策が続けられているが、それが介護給付費のコスト上昇にもつながるというジレンマがある。政府は「2040年に必要な介護職員は270万人」と推計しており、現在の不足を補うためには外国人介護人材の積極的な受け入れ、ロボット・AI技術による介護業務の省力化、そして家族介護を支援するサービス体制の充実が不可欠だ。介護ロボット(排泄支援・移乗支援・コミュニケーション支援等)の実用化が進みつつあるものの、コストと利便性の問題から普及は道半ばの状態が続いている。

日本の超高齢化社会の産業機会については、こちらも参照されたい。

注意点・展望

社会保障費の中長期推計と財政圧迫

内閣府・厚生労働省の試算では、2040年度の医療・介護費は2020年度比1.5倍の83兆円程度に膨らむ見通しだ。社会保障費全体に占める医療・介護の比率は今後も上昇し、財政の圧迫は一層深刻化する。国債残高がOECD最悪水準の対GDP比250%超 [6] に達した日本が、医療費を増やしながら財政再建を進めるという二重の課題を解決する道は極めて険しい。IMFも日本の財政健全化計画の実現可能性について継続的に懸念を示しており、社会保障費の増加トレンドが続く限り、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標は達成困難だとの見方が多い。

消費税率の引き上げが医療・社会保障財源の一つとして議論に上がるが、高市政権下では少なくとも任期中の引き上げを否定しており、代替財源の確保が困難な状況が続く。金融所得課税の強化(株式譲渡益・配当課税の税率引き上げ)、法人税の実効税率引き上げ、富裕層への課税強化なども選択肢として浮上するが、いずれも経済成長への悪影響を懸念する声が強く、大幅な財源確保策の実現は容易ではない。制度の「効率化」(診療報酬体系の簡素化・医療の標準化・ICT活用による管理コスト削減)と「予防医療の充実」(生活習慣病の一次予防強化・健診受診率向上)が、医療費の膨張を抑制するための実現可能なアプローチとして重視されているが、その効果の発現には時間がかかる。世代会計が示す60歳以上と将来世代の間の1億円超の格差 [5] は、制度設計の欠陥ではなく人口動態の必然として受け止める必要があり、不満の矛先を特定世代に向けるのではなく、社会全体での持続可能な制度再設計に政治的エネルギーを集中させることが求められる。

デジタル化と医療改革の潜在力

マイナンバーカードと健康保険証の統合(マイナ保険証)や電子カルテの普及、オンライン診療の拡大は、医療費の無駄(重複検査・重複処方等)の削減に一定の効果が期待される。AIを活用した医療診断支援・医薬品の最適化・在宅ケアの効率化も、医療費の増加ペースを抑えるための技術的手段として注目されている。ただし、デジタル化投資自体にコストがかかること、そして医療従事者の習熟や患者の受容に時間を要することから、財政改善への効果は中長期にわたって現れるものと見込まれる。

世界の高齢化による財政持続可能性については、こちらも参照されたい。

まとめ

日本の医療費問題は、高齢化の加速・医療技術の高度化・人口減少という複合的な構造要因によって、短期的な政策対応では根本的に解決できない段階にある。48兆円の国民医療費は今後も拡大する見通しであり、FY2026年度の診療報酬3%超引き上げと薬価引き下げの組み合わせは必要な対応措置であっても、財政の持続可能性確保には程遠い。

より根本的な改革—後期高齢者の窓口負担引き上げ、医療機関の機能再編、予防医療の充実、医療費の地域格差是正—が必要だが、それぞれが政治的に困難を伴う。世代間格差の問題は、制度設計の不公平というより人口動態の変化が生み出した構造的産物であり、少子化対策の効果が出るまでの時間的なギャップをいかに埋めるかが、社会保障制度の持続可能性を問う核心的問いとなっている。現役世代の負担を限界以下に保ちながら、高齢者に適切な医療・介護を提供するという目標は、財政・医療・社会政策の統合的なアプローチなしには実現しえない。

Sources

  1. [1]Japan's Aging Crisis Pushes Health Insurance Premiums to Record Highs — P4H Network
  2. [2]Japan Healthcare Spend Hit Record High of 47 Trillion Yen in FY2023 — Pharma Japan
  3. [3]Japan Set to Raise Medical Fees by 3% in FY2026, Cut Drug Prices by 0.8% — Pharma Japan
  4. [4]Japan Health System Expenditures — World Health Systems Facts
  5. [5]Social Security Spending 130 Trillion Breakdown — ISVD
  6. [6]Health Policy in Japan — PMC / PubMed
  7. [7]Efforts to Reduce Burden on Japan's Working Generation — The Japan Times
  8. [8]OECD Health Statistics — Japan

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