大阪・関西万博「経済効果3兆円」の虚実 — 機関ごとに割れる試算を検証する
閉幕後、アジア太平洋研究所や大阪府・市が示した経済波及効果は開幕前より軒並み上方修正された。金額が機関ごとに割れる理由、建設費上昇が試算を押し上げた構造、地域に残るレガシーの実態を公表資料から検証する。
はじめに
2025年4月13日から10月13日まで184日間にわたり夢洲で開催された大阪・関西万博は、閉幕から一定の時間が経過した現在も「経済効果はいくらだったのか」という問いをめぐって複数の数字が並び立つ状態が続いている。アジア太平洋研究所(APIR)、経済産業省、大阪府・大阪市という異なる主体がそれぞれ独自の試算を公表してきたが、その金額は当初から一致しておらず、閉幕後の検証段階に入ってからも上方修正が相次いでいる。
こうした状況は、単に「万博の経済効果は大きかった/小さかった」という二項対立で語れるものではない。むしろ、経済波及効果という指標そのものが、どのようなデータと前提に基づいて算出されているのかを分解して見ないと、金額の大小だけを追いかけても実態を見誤る。本稿では、公表されている一次資料に基づいて、試算方法の違い、上振れの要因、そして経済効果試算という手法自体が持つ限界を整理し、万博が地域経済にどのようなレガシーを残すのかという論点に接続する。
機関ごとに割れる試算 — 3つの経済効果の数字
開幕前に出そろった三者三様の推計
万博の経済波及効果をめぐる試算は、開幕前の2024年前半にまず出そろった。APIRが2024年1月24日に公表した基準ケースの生産誘発額は全国ベースで約2兆7457億円、会場を夢洲以外にも広げた拡張万博ケースでは3兆2384億円から3兆3667億円まで上振れするとされた[1]。これに対し経済産業省は同年3月29日、全国ベースで約2.9兆円という試算を示し、APIRはこれを含めた3機関の試算を比較する分析を同年5月に公表している[1]。大阪府・大阪市は4月12日、大阪府域に限定した経済波及効果を約1.6兆円と試算した[1]。
同じ「大阪・関西万博の経済効果」という言葉を使いながら、全国ベースの数字(経済産業省・APIRの基準ケース)と大阪府域に限定した数字(大阪府・市、APIRの参考値)が混在して報じられてきた点は、まず押さえておく必要がある。対象地域の広さが異なれば、当然ながら算出される金額の規模も変わる。
閉幕後に相次いだ上方修正
閉幕後、各機関の試算はいずれも開幕前の水準から上方修正される形で更新されている。大阪府・市は2026年2月13日、府内における万博の経済波及効果を約2兆1000億円とする資料を公表した。これは開幕前試算の約1兆6000億円から3割程度の増加であり、建設費の増加などが押し上げ要因として整理されている[4]。
APIRも2025年12月16日公表のTrend Watch No.103で、来場者の実績データを反映した検証を行っている。来場者消費に伴う生産誘発額は1兆6439億円、万博関連事業費に伴う生産誘発額(2024年1月時点の推計値をそのまま使用)1兆4102億円を合わせた総合の生産誘発額は3兆541億円となり、2024年1月時点の基準ケース(2兆7457億円)を上回った[3]。注目すべきは、この時点では万博関連事業費そのものの実績値(確報値)はまだ政府から公表されておらず、APIR自身が「今後政府から発表される確報値を待つ」と明記している点だ[3]。つまり、この段階での上振れは来場者消費の実績が想定を上回ったことによるものであり、建設費など事業費側の実績を反映した最終的な検証は、さらに後の段階に持ち越される性質のものだった。
試算方法の違いを読み解く
「発生需要」と「直接需要」、産業連関表の範囲
3機関の試算額が食い違う最大の理由は、単純な集計ミスや恣意的な操作ではなく、経済波及効果を計算する際の前提条件がそれぞれ異なることにある。APIRの比較分析によれば、最終需要の想定額自体にも差があり、建設・運営など事業費でAPIRが7275億円としたのに対し経済産業省・大阪府市は7027億円、来場者消費でAPIRが8913億円としたのに対し経済産業省・大阪府市は7050億円という前提を採用していた[1]。
さらに需要の扱い方にも違いがある。経済産業省と大阪府市は「発生需要」、すなわち需要が実際に発生した地域での金額をそのまま用いるのに対し、APIRは「直接需要」として関西2府8県以外の地域分を除いた値を出発点としている[1]。使用する産業連関表の範囲も、経済産業省は全国表、APIRは関西の2府8県及び他地域を対象とした地域間産業連関表、大阪府市は大阪府内のみの産業連関表と、それぞれ異なる地理的な粒度で計算している[1]。同じ「経済波及効果」という言葉を使っていても、実際には異なる物差しで測られた数字を横並びで比較していることになる。
事業費の実績反映というタイミングのズレ
もう一つ見落とされがちなのが、各機関の試算が「いつの時点のデータ」を使っているかという公表タイミングの差だ。APIRのTrend Watch No.103が示したように、来場者消費の実績は比較的早い段階で調査・反映できる一方、会場建設費や運営費といった事業費の確定額(確報値)は政府による集計・公表を待つ必要があり、反映のタイミングが遅れる[3]。このため、ある時点で公表された「上方修正」が、来場者数の実績を反映したものなのか、建設費の実績を反映したものなのかを区別しないまま金額だけを比較すると、上振れの理由を取り違えることになりかねない。大阪府・市が2026年2月に示した約2兆1000億円という数字は、建設費の増加を明示的に押し上げ要因として挙げている点で、APIRの2025年12月時点の検証とは異なる段階のデータに基づく試算だと整理できる[3][4]。
上振れの正体 — 建設費高騰という共通要因
パビリオン建設費はなぜ想定の2倍超になったのか
複数の試算に共通する上振れ要因として繰り返し指摘されているのが、資材価格・人件費の高騰による建設コストの増加だ。APIRが2024年1月に公表した試算では、パビリオン・サービス施設に関する費用が前回試算の1103億円から1579億円へと476億円、率にして4割超増加したことが確認されている[2]。この増加は、世界的な資材価格の上昇と国内の建設業における人手不足という、万博会場に限らない構造的な要因を反映したものだ。
この点は、建設費「高止まり」が公共インフラを圧迫する で取り上げたように、新幹線延伸や震災復興など他の大型インフラ事業でも共通して観察される現象であり、万博会場の建設費上振れだけを特殊な事例として切り出すのは適切ではない。むしろ、万博の建設費増加は、日本全体で進行している建設コストの構造的な高止まりが、たまたま国際的に注目度の高いプロジェクトで可視化された一例と見るべきだろう。
消費単価上昇と来場者数実績の押し上げ効果
もう一つの上振れ要因は、来場者数と消費単価が事前の想定を上回ったことだ。公式サイトが公表したデータによれば、累計来場者数は約2902万人(AD証入場者を除くと約2558万人)に達し、通期の1日平均は15.8万人だった[6]。来場者の内訳を見ると近畿エリアが66.6%、うち大阪府単独で41.16%を占めており、海外来場者は推計約200万人で全体の7%弱にとどまる[6]。国・地域別では台湾・中国・米国からの来場者が上位を占めた[6]。
この来場者構成が示すのは、万博の経済効果の実態がインバウンド消費というよりも、国内、とりわけ近畿圏内からの反復来場によって支えられていた側面が大きいという点だ。訪日消費9.5兆円経済の解剖 で見たように、日本のインバウンド消費は円安を追い風に高水準を維持しているものの、万博の来場者統計を見る限り、海外からの集客効果は経済波及効果全体を押し上げる主要因というよりは限定的な要素にとどまっていたと考えられる。
経済効果試算という手法自体への批判的検証
「乗数効果」の前提と過大評価のリスク
経済波及効果の試算は、産業連関分析という手法を用いて、ある需要が生産・雇用・所得にどれだけの連鎖的な効果を及ぼすかを計算するものだ。この手法は、供給制約が存在しないこと、すなわち需要が増えれば追加の労働力や資材が無制限に調達できることを前提としている場合が多い[2]。しかし現実には、建設業の人手不足や資材の供給制約が存在する中で万博関連工事が進められた経緯があり、実際の生産活動が試算どおりに連鎖したかどうかは、この前提だけでは検証しきれない。
また、経済波及効果の試算は「万博がなかった場合と比べてどれだけの需要が純増したか」という反実仮想の比較を厳密に行っているわけではない。万博向けの建設投資や消費支出の一部は、万博がなくても別の形で発生していた可能性がある支出(代替効果)を含んでいる可能性があり、試算額をそのまま「万博がもたらした純粋な経済的便益」と読み替えることには注意が要る。3機関の試算がいずれも総額としての生産誘発額を示すにとどまり、代替効果を控除した純増分を明示していない点は、試算の解釈における共通の限界と言える。
一過性の効果と持続的なレガシーの違い
経済波及効果の試算が示す金額の大部分は、会場建設や運営、来場者消費といった開催期間中に集中して発生する一過性の需要によって構成されている。これに対して、万博が地域経済に残す持続的な効果、いわゆるレガシーは性質が異なる。大阪市が公表した「Beyond EXPO2025」の骨子案では、万博を契機とした交通インフラの整備や国際的な知名度の向上を、開催後の都市戦略にどう接続するかという方向性が示されている[5]。
夢洲では、万博会場としての役割を終えた後の土地利用として統合型リゾート(IR)開発が進行しており、夢洲IR、着工から2030年開業へ で整理したとおり、2030年秋の開業を目指した建設が続いている。万博の経済波及効果として計上された金額のうち、どの部分が交通インフラや国際認知度向上という形で継続的な便益に転化するのかは、IRを含む跡地活用の実績が積み上がる今後数年を経なければ判断がつかない。単年度の生産誘発額と、複数年にわたって累積するレガシーの効果は、本来別の指標で評価されるべきものであり、両者を同じ「経済効果」という言葉で語ることが、議論の混乱を招く一因になっている。
注意点・展望
万博の経済効果をめぐる今後の焦点は、政府による事業費の確報値が公表された段階で、各機関の試算がどこまで収斂するかという点にある。APIR自身が事業費側の実績反映を先送りしていたことからも分かるように、現時点で公表されている数字は、いずれも検証途上のものと理解するのが妥当だ。加えて、大阪府・市とAPIR、経済産業省が今後それぞれ最終版の試算を公表した際に、対象地域や需要の定義をそろえた比較が示されるかどうかも注視すべき点である。異なる前提の数字がそのまま並べられ続ける限り、金額の大小だけで万博の成否を論じる報道や議論は、実態以上に単純化されたイメージを生み続けるリスクがある。
Newscoda の見方
本サイトが注目するのは、経済効果試算の金額そのものよりも、機関ごとに異なる前提(対象地域、需要の定義、産業連関表の粒度)が十分に説明されないまま「経済効果3兆円」といった見出しだけが一人歩きしやすい構造だ。3機関の試算はいずれも公的な手続きに基づく正当な分析であり、恣意的な数字の操作を疑う根拠はないが、比較可能性の低い数字を並べて上振れ・下振れを論じること自体に限界がある。
他の論調と異なる視点として、Newscodaは上振れの要因を「万博が成功したから」と単純に評価するのではなく、日本全体で進行する建設費高騰という構造的要因が万博という個別プロジェクトに反映された結果である可能性を重視する。来場者数の実績についても、近畿圏内からの反復来場が支えた面が大きく、インバウンド効果を過大に見積もるべきではない。
今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通りだ。
- 政府による万博関連事業費の確報値公表とそれに伴う各機関試算の再改定
- 大阪府・大阪市・APIRの試算が対象地域・定義をそろえた形で比較可能になるか
- 夢洲IR開業に向けた工程が、万博で整備されたインフラをどこまで活用するか
- 万博跡地活用(Beyond EXPO2025)の具体化状況と、雇用・税収など実測可能な指標への転化度合い
まとめ
大阪・関西万博の経済波及効果をめぐる試算は、APIR・経済産業省・大阪府市の3機関がそれぞれ異なる対象地域と算出方法を用いて公表してきたものであり、閉幕後もデータの反映タイミングの違いによって上方修正が続いている。上振れの主因は、建設資材・人件費の高騰という日本全体に共通する構造的要因と、来場者数・消費単価が実績で想定を上回ったことの二つに整理できる。経済波及効果という指標自体、供給制約を考慮しない前提や代替効果の扱いなど、解釈上の限界を抱えている。金額の大小を追うだけでなく、どの前提でどのデータを使った試算なのかを見極めたうえで、夢洲の跡地活用やIR開業がもたらす持続的な効果へと議論を接続していくことが、万博の経済効果を評価するうえで欠かせない視点になる。
Sources
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