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パワー半導体の逆風と構造転換 — EV失速がRohmらを直撃し、AI・電力インフラが示す回復の条件

EV市場の急速な失速を受け、Rohm・Infineon・STMicroelectronicsが軒並み大幅減益に陥った。パワー半導体業界の現状と、AIデータセンターや電力インフラ需要が描く回復シナリオを複数ソースで検証する。

Newscoda 編集部
シリコンウェーハに並ぶ微細なマイクロチップダイのマクロ撮影、ピンク・緑・青に輝く格子状パターン

はじめに

パワー半導体とは、電力の変換・制御・整流を担うトランジスタ・ダイオード・IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)などの総称だ。電気自動車(EV)のモーター駆動インバーター、太陽光・風力発電のパワーコンディショナー、データセンターの電源回路など、現代の電力システムの要所に組み込まれており、脱炭素社会の実現に不可欠な存在として急成長が期待されてきた。ところが2024年から2026年にかけて、この業界は想定外の深刻な逆風にさらされている。EV市場の成長鈍化が需要見通しを大幅に下回り、ドイツのInfineon Technologies、スイスとイタリアの合弁であるSTMicroelectronics、そして日本のロームが相次いで業績下方修正や巨額損失計上を余儀なくされた。

半導体産業の中でも、パワー半導体はロジック半導体(CPUやAIアクセラレーター)と異なり、自動車・産業機器向けに特化した中量産品が主力であるため、需要変動の影響を受けやすい構造を持つ。HBM(高帯域幅メモリ)やAI向け先端ロジックが好況に沸く一方で、パワー半導体業界は長期在庫調整の泥沼から抜け出せていない。本稿では主要プレーヤーの業績実態を整理し、回復を左右するAIデータセンター需要と電力インフラ投資という二つの新潮流を検討する。なお、EV市場の構造変化については欧米自動車大手のEV撤退と損失計上の全容も参照されたい。

業績悪化の実態:欧州二大メーカーを直撃した需要崩壊

Infineon ― ガイダンス連続下方修正の構図

Infineon Technologiesは世界最大級のパワー半導体メーカーであり、自動車向けが売上高の約50%を占める。同社は2024年8月、EV需要の失速を直接の要因として四半期業績が市場予測を下回ったことを発表した [1]。欧州でのEV販売が伸び悩む中、自動車メーカーはEVプラットフォーム向けのパワー半導体在庫の積み増しを中止し、既存在庫の消化を優先する姿勢に転換した。これが一次メーカー(Tier 1)を経由してInfineonへの発注削減として波及した構図だ。

同社は2024年11月、2025年通期の売上高ガイダンスを前年比マイナス成長に引き下げた [4]。「自動車向けパワー半導体の在庫調整は、EV普及率の上振れを前提に積み上げられた過剰ストックの解消が主因であり、正常化には複数年を要する見込み」とのコメントを添えた。在庫調整局面では、実際の出荷量が最終需要を大幅に下回る「デスティネーション・エフェクト」が生じるため、業績回復のラグが長期化しやすい。Infineonの株価は2024年の年間騰落率がDAX(ドイツ株指数)全体のパフォーマンスを大きく下回り、投資家の失望を体現した。

STMicroelectronics ― 20億ドル目標を3年先送り

フランスとイタリアの合弁企業で、シリコンカーバイド(SiC)パワー半導体の主要プレーヤーであるSTMicroelectronicsも同様の苦境に立たされている。同社は2024年7月、自動車向けチップの低迷が続くとして四半期売上高を下方修正した [2]。SiC基板はEV向けの主要素材として需要急増が見込まれていたが、EV各社の生産削減が直接の需要萎縮につながった。

さらに2024年11月、STMicroはかねてから掲げてきた「売上高200億ドル」という中期目標の達成時期を2030年から2033年へと3年後ろ倒しにすることを発表した [3]。EV向けSiCの量産化計画を縮小し、製造ラインの稼働率を引き下げるという方向転換だ。この発表は市場に大きなショックを与え、同社株は発表翌日に10%超の急落を記録した。産業機器向けとエネルギー管理向けも低迷が続いており、自動車以外の主要市場もパワー半導体需要の回復を下支えする状況にはない。

ロームの構造的苦境:総合的損失とデンソー案件の行方

1,585億円特別損失の衝撃

日本のパワー半導体大手・ローム(Rohm)は2025年3月期決算において、EV需要の失速と中国市場での価格下落を主因に、合計1,585億円規模の減損損失を計上した。1935年に設立された老舗電子部品メーカーが直面したこの規模の損失は、パワー半導体産業の深刻さを象徴するものだ。ローム株はこの発表後、東京証券取引所において大幅に下落し、株主への説明責任が厳しく問われた。

ロームの損失の背景には、SiCパワーデバイスへの先行投資の過大さがある。SiCデバイスはEV向けに高い性能を持つが、製造コストが従来のシリコン(Si)比で大幅に高く、量産コスト削減に時間を要する。EV各社が購入を計画した台数分のSiCチップを発注すると確約していた時期と、実際に市場が縮小した時期のズレが、ロームの製造ラインへの過剰投資を招いた。

デンソーによるTOB検討と業界再編の気配

2026年4月には、トヨタ自動車のTier 1サプライヤーであるデンソーが、ロームへのTOB(株式公開買い付け)を検討していると報じられた [6]。デンソーは既にロームの株式を保有する大株主であり、EV・電動化向けパワー半導体の内製化を強化する戦略的動機がある。ただし、デンソーはTOBの撤回も検討しているとされており、不確実性が残る。

この動きは、パワー半導体業界が「低迷期を乗り越えるための再編」という局面に入りつつあることを示唆している。技術力と資本力を持つ企業が、苦境に陥ったプレーヤーを取り込む動きが今後も続く可能性がある。自動車メーカー系のTier 1がパワー半導体を内製化する戦略は、半導体の安定調達とコスト管理の両立を目指す観点から理解しやすい。

回復の二つのシナリオ:AIと電力インフラ

AIデータセンターが開く新市場

パワー半導体の最大の潜在的回復力は、AIデータセンター向け電源管理需要だ。Infineonは2026年2月のガイダンス更新において、AI向けデータセンターの電源管理チップ需要が予想以上の速さで拡大しており、自動車向けの低迷を一部補う可能性があるとの見通しを示した [5]。AIサーバーは通常のサーバーと比較して電力消費量が数倍から十倍以上に達するケースがあり、電源変換効率を高めるパワー半導体の需要が直接的に増加する。

具体的には、Nvidiaの最新GPUを搭載したAI学習クラスターでは、サーバーラック1台あたりの消費電力が数十キロワットに達する。この電力を効率的に変換・分配するためのMOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)やGaN(窒化ガリウム)デバイスへの需要が急増している。先端半導体の製造プロセス競争については高帯域幅メモリと先端パッケージング技術の競争構図でも詳述されているが、パワー半導体はAIサーバーの「電力の背骨」として不可欠な役割を担う。

GaNパワーデバイスは、シリコンやSiCより高効率での高周波スイッチングが可能で、データセンター向けに特に注目されている。Infineonやオン・セミコンダクター(onsemi)、そして日本の東芝・三菱電機などがGaN製品の開発・量産を加速させており、自動車向けとは異なるコスト・性能バランスを求める新市場が形成されつつある。

送電網・再生可能エネルギーが牽引する産業用需要

第二の回復軸は、電力インフラの近代化需要だ。世界各国でスマートグリッド整備や太陽光・洋上風力などの再生可能エネルギーの系統接続が急拡大しており、電力変換・制御機器に搭載されるパワー半導体の需要は中長期的に堅調とみられている。AIとEVという二大電力消費の増大を受けて、既存の送電網では対応できない場所が多く、グリッド増強への投資が加速している。

銅の需要増加とも連動するこのトレンドについては銅のスーパーサイクルとAI・EV需要の構造的関係に詳しいが、送電線増強とともにパワー半導体搭載の変電機器・コンバーターへの需要も連動して増加する。IEA(国際エネルギー機関)の分析では、2040年に向けて電力部門へのパワー半導体需要はEV市場と同程度の成長が見込まれており、EVへの依存度を下げた需要多様化が業界の安定化に寄与するとみられている [7]。

中国勢の台頭という構造変化

シリコン系デバイスでの価格攻勢

パワー半導体市場のもう一つの重大な変化は、中国メーカーの急速な台頭だ。StarPower(斯达半导体)、BYD Semiconductor、CRRC Times Electric(中国中車)などが、シリコン系IGBTやMOSFETの分野でシェアを急拡大させている。中国政府の半導体国産化政策と巨額の補助金を背景に、これらのメーカーは欧米・日本勢と比較して大幅に低いコストで製品を提供できる体制を整えている。

EV市場での例を取ると、BYDはグループ内でパワー半導体を内製化しており、外部調達コストを極小化している。他の中国EVメーカーも国産パワー半導体の採用を拡大しており、かつては欧州・日本メーカーが独占していた中国市場での供給シェアが急速に低下している。中国市場からの退場は、欧日韓のパワー半導体メーカーにとって売上高の縮小だけでなく、量産規模の喪失によるコスト競争力の低下という二重の打撃をもたらす。

SiCでの主導権争い

一方、次世代SiCデバイスでは、日本の新日本無線(JRC)・ローム、欧米のInfineon・STMicro・onsemiが技術・コスト両面での優位性を維持しようとしており、中国メーカーも追い上げを急いでいる。SiCウェーハの結晶品質と加工技術が性能を決定づけるため、製造の困難さが参入障壁となっているが、中国では国家戦略として人材・資本・設備の集中投資が行われている。数年単位でSiCのコスト差は縮まるとの見方が業界では広まっており、欧米日メーカーにとっての中国リスクは増大している。

注意点・展望

パワー半導体業界の回復シナリオを考える上で、いくつかの留意点がある。第一に、EV市場の回復スピードが予測よりも大幅に遅れるリスクだ。IEAのEVアウトルック2025によれば、EV普及率の伸びは地域によって大きく異なり、欧米での規制強化と補助金縮小が消費者行動に与える影響は不確実性が高い [7]。EV市場が2026〜2027年にかけて再び成長軌道に戻れるかどうかは、充電インフラの整備状況と購入コストの低下に大きく依存する。

第二に、在庫調整の長期化リスクだ。サプライチェーン全体に積み上がったパワー半導体の過剰在庫は、消化に通常よりも長い期間を要している。一部のアナリストは、真の在庫正常化には2027年以降までかかるとの見方を示しており、それまでの間は出荷量が最終需要を下回り続ける可能性がある。

第三に、AI・電力インフラ需要の規模がパワー半導体の自動車向けマイナス分を十分に補うかどうかだ。Infineonのコメントはその可能性を示唆しているが [5]、AI向け電源管理は1個当たりの単価が自動車向けより低い場合が多く、数量で補うには相当の市場拡大が必要だ。

まとめ

パワー半導体業界はEV失速という想定外の試練を受け、主要プレーヤー全体が業績の大幅な下方修正を余儀なくされた。Infineonは売上ガイダンスを連続で引き下げ、STMicroelectronicsは中期目標を3年後ろ倒しにし、ロームは1,585億円規模の特別損失を計上した。在庫調整の長期化と中国勢の台頭という構造変化に直面する中で、この業界の回復の鍵は二点にある。一つはAIデータセンターの電源管理需要というまったく新しい市場開拓、もう一つは再生可能エネルギーの急拡大に伴う電力インフラ投資の増大だ。EVへの過度な依存から脱し、複数の成長軸を持つ事業構造への転換を実現できるかどうかが、2020年代後半のパワー半導体業界の命運を分けることになる。

Sources

  1. [1]Infineon Revenue Misses Estimates After EV Slowdown
  2. [2]STMicro's Revenue Drops as Slump in Automotive Chips Persists
  3. [3]STMicro Pushes $20 Billion Revenue Target Back Three Years
  4. [4]Infineon Expects 2025 Revenue Decline Amid Weak Car Chip Demand
  5. [5]Infineon Forecasts Growing Sales From AI Data Center Demand
  6. [6]Denso Weighs Withdrawing Takeover Bid for Power Chipmaker Rohm
  7. [7]IEA Global EV Outlook 2025 — Trends in Electric Car Markets

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