韓国バイオテク・製薬のグローバル制覇戦略——K-バイオの現在地と次の課題
サムスンバイオロジクスとセルトリオンを擁する韓国製薬業界がバイオシミラーで世界市場を席巻する中、CDMO事業の拡大とFDA承認戦略が次の成長エンジンとして台頭している。

はじめに
韓国バイオ製薬産業が世界市場での存在感を急速に拡大している。サムスンバイオロジクスとセルトリオン、そしてサムスンバイオエピスを擁する韓国は、欧州の主要6バイオシミラーカテゴリーで合算53.5%のシェアを獲得し、米国とスイス以外で初めて主要セグメントをリードする国となったとされる[1]。2016年に22億ドル規模だった世界バイオシミラー市場は2024年に327億ドルに達し、韓国企業は市場拡大の恩恵を最も効率的に享受した勝者として評価されている[1]。
この躍進は単なる製造コスト優位だけで説明できるものではない。FDA・EMAとの長年にわたる規制関係の構築、高品質なモノクローナル抗体の製造技術、そして大型バイオ医薬品の特許失効をあらかじめ見越した戦略的なパイプライン設計が三位一体となって韓国製薬の競争優位を形成している。半導体産業における韓国の強みを論じた韓国HBMとサムスン電子の回復戦略とは異なり、本稿はバイオ・製薬産業の現在地と今後の課題を分析する。グローバルな製薬業界の再編動向についてはグローバルなバイオテク・製薬M&Aの波も参照されたい。
バイオシミラー市場の制覇——欧州での独走
主要品目でのシェア掌握
欧州バイオシミラー市場における韓国企業の支配は品目ごとに顕著な濃淡を持つ。インフリキシマブ(クローン病・関節リウマチ等)については、セルトリオンの皮下注製剤「レミシマSC」を含めると韓国企業が欧州シェアの84.2%を占める[1]。エタネルセプト(関節リウマチ)ではサムスンバイオエピス単独で49.2%を保有し、ファイザー(26.9%)・サンドス(22.2%)を大きく凌駕している[1]。
アダリムマブ(ヒュミラのバイオシミラー)では韓国企業合算シェアが26.5%となり、オリジネーターのアッヴィを21.9%で上回った[1]。リツキシマブ・トラスツズマブ・ベバシズマブの各カテゴリーでも韓国勢は一定シェアを確保しており、欧州全体での合算シェアが2022年の45.0%から2024年に53.5%の過半数を超えた軌跡は、組織的な市場展開戦略の成果を示している[1]。
米国市場での存在感拡大
規制の複雑さとオリジネーターの市場防衛戦略(リベート・排他的契約等)により、欧州に比べて進出が難しいとされてきた米国市場でも韓国企業の躍進が顕著となっている。セルトリオンは抗体バイオシミラーのFDA承認数でアムジェンを抜き、米国での首位に立つとされる[1]。サムスンバイオエピスのステラーラ(ustekinumab)バイオシミラー「ピゾチバ(Pyzchiva)」は発売から1年以内に米国市場のトップ3に入り、市場浸透の速さを示した[1]。
FDA承認の取得スピードという観点でも韓国企業は高い水準を維持しており、セルトリオンはFDAとEMAの双方と15年以上の規制関係を積み上げ、交換可能性(インターチェンジャビリティ)の指定を多数獲得している。交換可能性の指定は薬局での医師処方なし代替を可能にするため、米国での普及加速に直結する重要な地位である。
サムスンバイオロジクスのCDMO戦略転換
バイオシミラーとCDMOの分離
2025年の最重要な戦略的転換として、サムスンバイオロジクスはバイオシミラー事業を切り離し、「純粋なCDMO(医薬品受託製造機関)」への集中を表明した。2025年5月に発表され、同年10月の株主総会で99.9%の賛成を経て11月に完了したこの分離により、バイオシミラー投資部分は新設の「サムスンエピスホールディングス」に移管された[2]。この再編は「事業リスクを切り離してCDMO本体の競争力強化に集中する」との意図に基づくとされる[2]。
CDMO事業に専念するサムスンバイオロジクスの製造能力は、仁川松島の製造拠点(第1〜5工場)合計で78万5,000リットル、米国マリーランド州ロックビルの新取得施設を加えた全体で84万5,000リットルに達する[2]。これにより、世界最大クラスのCDMO能力保有企業としての地位を確立した。2025年の業績は売上高が4.6兆ウォン(約31億ドル)超、営業利益が2.07兆ウォン(約14億ドル)と初の2兆ウォン台突破を記録した[2]。
3本柱の拡張戦略
2026年1月のJ.P.モルガン・ヘルスケアカンファレンスでサムスンバイオロジクスが提示した「3本柱の拡張戦略」は、①製造能力の継続拡張、②サービスポートフォリオの深化、③グローバル拠点の整備、の3つを核とする[2]。
サービスの深化面では、マスターセルバンク(MCB)製造と遺伝子ベクター構築サービスを内製化し、「ベクター構築からIND申請まで約9カ月」の一気通貫サービスを提供できる体制整備を進めている[2]。研究開発段階から製造段階まで切れ目のない受託サービスを求める欧米のバイオテクスタートアップ需要を取り込む戦略であり、中国拠点CDMOからの代替需要(後述のBIOSECURE法影響)とも親和性が高い。
グローバル拠点の面では、米国ロックビル施設の稼働が象徴的であり、韓国と米国を結ぶマルチサイト製造ネットワークの構築が現実のものとなりつつある。世界時価総額3位のバイオテク企業(約607億ドル、2026年1月時点)という地位が、大型ディールの交渉力を支えている[1]。
セルトリオンのグローバル展開加速
革新的医薬品とバイオシミラーの二本立て
セルトリオンは既存のバイオシミラー事業に加え、革新的医薬品(New Molecular Entity)の開発にも本格的に注力し始めている。CT-P51はFDAが2024年8月に第3相試験を承認した非小細胞肺がん治療薬であり、バイオシミラー専業企業からの脱却を示す象徴的なプロジェクトとして注目されている[1]。バイオシミラーから革新薬へのポートフォリオ転換は、オリジネーターとの競争が激化するにつれ収益性が低下する成熟バイオシミラー市場に対するヘッジ戦略でもある。
セルトリオンは2025年9月にイーライリリーからニュージャージー州のバイオ製造施設を約3億3,000万ドルで取得し、米国内での製造基盤を確保した[1]。これにより規制当局との距離を縮めるとともに、供給ロジスティクスの最適化と有事のリスク分散を図っている。
第3の波——次世代バイオシミラーへの先行投資
韓国バイオシミラー産業は「第3の波」と呼ばれるフェーズに突入しているとBioSpectrum Asiaは分析する[1]。第1の波がインフリキシマブ・トラスツズマブ等の抗体バイオシミラーの欧州参入、第2の波が米国での展開加速とアダリムマブ・ステラーラへの拡張だったとすれば、第3の波は①次世代の大型バイオ医薬品(スプレセル、デュピクセント、キートルーダ等の特許失効を見越したパイプライン)、②ADC(抗体薬物複合体)バイオシミラーの開発、③交換可能性(インターチェンジャビリティ)指定の全面的な取得、という3つの軸で展開されると見られる。
特許失効の時間軸という観点では、2027〜2032年にかけてステラーラ(ジョンソン&ジョンソン)、デュピクセント(サノフィ/リジェネロン)、エンスプリング(中外製薬)、ウパダシチニブ(アッヴィ)などの大型品目の特許切れが予定されており、韓国勢はその先を見越した臨床試験の拡大を急いでいる。
BIOSECURE法と中国CDMOからの代替需要
韓国への恩恵
米国議会で議論が続くBIOSECURE法は、中国の主要バイオ受託製造企業(WUXI Biologics、三星など)との米国政府関連の取引を制限することを目的としており、もし成立すれば韓国CDMOにとって大規模な受託案件の移管先として最大の恩恵国となる見通しである[2]。
すでに法案成立を見越した移行の動きが始まっており、サムスンバイオロジクスはBIOSECURE法が可決された場合の追加需要吸収余地として、第6工場の建設計画を示唆している。2026年時点での第5工場フル稼働(18万リットル規模)と並行して、第6工場の着工判断が2026〜2027年に行われる見通しである[2]。
受託需要の増加とリスク
BIOSECURE法に伴う需要増加の見通しは韓国CDMOにとって強力な追い風であるが、法案の最終形態や成立時期の不確実性は依然として高い。さらに、欧米のバイオテクスタートアップ案件の急増に対応するための設備投資の前倒しは、需要が見込みを下回った場合の稼働率リスクをはらんでいる。
また、韓国国内の熟練バイオテク人材の需給ひっ迫も潜在的なボトルネックとして指摘されている。仁川松島の製造拠点が急拡張する中で、バイオプロセス・細胞培養・品質管理の専門家の確保が中期的な課題となりつつある。
臨床試験の拡大とFDA承認戦略
韓国全体のK-バイオの臨床試験数
韓国では国内外で実施中の臨床試験数が急増している。食品医薬品安全処(MFDS)のデータによれば、韓国企業が主体となるグローバル臨床試験の件数は2020年代前半を通じて年率10〜15%で増加しており、バイオシミラーのみならずバイオベタ(次世代バイオシミラー)・抗体薬物複合体(ADC)・CAR-T細胞療法などの革新的治療法へと対象が広がっている。
FDA承認の観点では、セルトリオンとサムスンバイオエピスが各11品目の抗体バイオシミラー承認を保有し、世界最多水準の承認数を誇る[1]。FDA審査の経験の蓄積は後続品目の申請効率を高め、規制上の「学習曲線の恩恵」を享受できる構造を生んでいる。AIを活用した創薬・臨床試験最適化についてもAIによる創薬革命と製薬業界の再編で詳述している通り、この潮流はバイオシミラー開発の効率化にも応用が始まっている。
韓国政府の産業政策支援
韓国政府は「K-바이오(K-バイオ)」を半導体・電池と並ぶ国家戦略産業として位置付け、仁川松島のバイオクラスター開発、税制優遇措置の拡充、FDA・EMAとの規制協力協定の強化などを推進している。科学技術情報通信部(MSIT)は2025年に「바이오헬스 혁신 전략(バイオヘルスイノベーション戦略)」を公表し、2030年の世界バイオシミラー市場シェア30%目標を掲げた。
産官学連携の枠組みでは、延世大学・成均館大学・仁荷大学などがサムスンやセルトリオンと連携したバイオプロセスエンジニアリングの人材育成プログラムを展開しており、中長期的な人材供給基盤の構築が図られている。
注意点・展望
韓国バイオ製薬産業が直面するリスクとして、第一に価格競争の激化が挙げられる。欧米の主要バイオシミラー市場では同一品目に複数の競合が参入することで価格下落が加速しており、インフリキシマブのように韓国企業間でも競合が生じるケースも現れている。バイオシミラーの薬価下落ペースは当初の予測を上回るとの見方もあり、収益性の維持が課題となっている。
第二に、オリジネーターの「エバーグリーン戦略」(追加適応症取得・剤形変更・長期処方特許等によるバイオシミラー参入妨害)が依然として有効な防衛手段として機能している。特に米国では処方薬給付管理会社(PBM)のリベート構造がバイオシミラーの普及を阻む構造的障壁として問題視されており、規制改革の行方が市場浸透速度を左右する。
第三に地政学リスクとして、米中対立の深化が韓国企業のサプライチェーンと市場戦略に影響を与える可能性がある。原材料の一部を中国に依存している企業は代替調達先の確保を急いでおり、日本・インド・欧州からの調達多角化が進んでいる。
まとめ
韓国バイオ製薬産業は、サムスンバイオロジクスとセルトリオンを核として世界バイオシミラー市場の主要プレーヤーとしての地位を確立した。欧州6大カテゴリーで53.5%の合算シェア、米国での複数品目上位浸透、CDMOとしての世界最大級の製造能力という三重の優位が「K-バイオ」ブランドを支えている。
中期的には、①大型バイオ医薬品の特許失効を見越した第3の波の展開、②BIOSECURE法による中国CDMO代替需要の取り込み、③革新的医薬品パイプラインの拡充、という3つの成長ドライバーが業界を牽引する見通しである。一方で価格競争の激化、PBM構造の壁、人材需給のひっ迫、地政学リスクという課題への対処が長期的競争力の維持を左右する。サムスンバイオロジクスが打ち出した「純粋CDMO」への転換と米国拠点の確保は、こうした環境変化に対する戦略的な先手として評価され、今後の韓国バイオ産業の方向性を占う重要な指標となるだろう。
Sources
- [1]Korea Biosimilar Market 2026: Inside the $33B Global Wars – Seoulz
- [2]From Capacity Upgrades to Tech Licensing: Global Strategies of Samsung Biologics, Celltrion, and Alteogen – GeneOnline
- [3]Samsung Biologics Unveils CDMO Expansion Plan at JPM 2026 – PharmaSource
- [4]Korea K-Bio CDMO 2026: How BIOSECURE Reshaped Songdo – Seoulz
- [5]Samsung, Celltrion lead biosimilar market in Europe, US – KED Global
- [6]Biosimilar pipelines for South Korean firms: Celltrion and Samsung Bioepis – GaBI Online
- [7]Celltrion plots $453M South Korean expansion – Fierce Pharma
- [8]South Korea's Biosimilar Boom Enters High-Stakes Third Wave – BioSpectrum Asia
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