経済

米銀行のステーブルコイン参入年表 — GENIUS法が変えた発行体の勢力図

GENIUS法成立を機に、米大手銀行がステーブルコイン・デポジットトークン発行に参入した。OCCの規則整備、JPモルガンのJPMD稼働、銀行連合ZLUSDの動きを時系列で整理し、競合図の変化をたどる。

Newscoda 編集部

背景

出発点となった状況(GENIUS法以前のステーブルコイン規制空白)

米国では長らく、ドルに連動するステーブルコインを包括的に規律する連邦法が存在しなかった。発行体は各州のマネー送金業免許や独自の自主規制の枠内で運営しており、準備資産の裏付けや開示のあり方は発行体ごとにばらつきがあった。この空白を埋める法律として2025年7月18日に成立したのが、GENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)である[1]。同法は、決済用ステーブルコインの発行体に対し、現金や短期米国債など流動性の高い資産による裏付けと、準備資産構成の月次開示を義務付ける初の連邦レベルの制度枠組みとなった[1]。

この立法上の空白期において、ステーブルコイン市場の主導権は暗号資産ネイティブの発行体が握っていた。ニューヨーク州金融サービス局のような州当局の信託会社免許や、各州のマネー送金業免許が事実上の規律の中心であり、連邦レベルで銀行と非銀行発行体を横断的に扱う統一ルールは存在しなかった。銀行本体がドル連動トークンを発行するには、預金保険や自己資本規制との整合性、マネーロンダリング対策など越えるべき規制上の論点が多く、大手行の多くは自社サービスへの応用検討にとどまり、市場の主導権を握るまでには至っていなかった。本稿は、デジタル通貨とステーブルコインの全体構造で扱った制度の全体像のうち、米国の銀行免許制度を持つプレーヤーがどのようにステーブルコイン発行に参入したかを時系列で整理する。

構造的な前提(銀行免許制度とステーブルコインの関係)

米国の銀行規制における通貨監督庁(OCC)は、国法銀行や連邦貯蓄組合に対して認可・監督権限を持つ。従来のOCCの認可の枠組みは信託業務や決済代行といった手数料型ビジネスを主眼としており、預金に類する債務性のトークンを大規模に発行する制度的な受け皿は明確ではなかった。GENIUS法は、国法銀行の子会社や新設の「認定決済ステーブルコイン発行体」という新たな類型を設け、OCCがこの類型を所管する仕組みを構築した[4]。銀行が発行するステーブルコインは法的には銀行預金そのものではないが、発行体が銀行グループに属する場合は資本・流動性規制やOCCの監督が及ぶ点で、暗号資産ネイティブの発行体とは異なる規制上の位置づけとなる[4]。

この構造的な前提は、銀行が採り得る手段を二つに分岐させた。一つは、銀行が自己の預金債務をブロックチェーン上のトークンとして表現する「デポジット・トークン」であり、法的には既存の預金規制の延長線上に位置づけられる。もう一つは、GENIUS法が新設した発行体類型を用いて、預金とは別建ての準備資産に裏付けられた決済用ステーブルコインを発行する経路である。同じ「銀行系トークン」であっても、どちらの経路を選ぶかによって、預金保険の適用範囲や資本賦課の考え方、他行との相互運用性が異なってくる点が、2025年後半以降の各行の選択を左右することになる。

2025年前半: 第1局面(GENIUS法審議・成立)

GENIUS法は2025年6月17日に上院で68対30の賛成多数で可決され、同年7月17日には下院が上院修正案を308対122で可決、7月18日にトランプ大統領が署名して成立した[1]。上院・下院ともに党派を超えた賛成が集まったことは、ステーブルコインの規律強化そのものについては超党派の一致があったことを示している[1]。この間、大手銀行は法案の行方を注視しつつ成立を見越した準備を進めていた。法案成立の3日前にあたる7月15日、シティグループのジェーン・フレーザー最高経営責任者(CEO)は決算会見で「シティ・ステーブルコインの発行を検討している」と述べ、トークン化預金やステーブルコインの準備資産カストディ事業への参入にも言及した[2]。同CEOは「政権が銀行のデジタル資産分野への参入をより容易にしようとしていることを歓迎する」とも述べ、規制環境の好転を前提に大手行が具体的な検討段階に入っていたことを示した[2]。この時点ではまだ、参入形態が単独発行になるのか、複数行による共同発行になるのかは各行とも明言しておらず、法律の成立とその後の規制当局の運用姿勢を見極める段階にあった。

2025年後半: 第2局面(OCC・FRBのガイダンスと銀行の初動)

法律の成立後、実際の運用を担う規制当局の姿勢が焦点となった。FRBのバー理事(当時、銀行監督担当)は2025年10月16日の講演で、ステーブルコインが「オンデマンドでの額面償還」と「非現金資産による裏付け」という性質ゆえに取り付けに対して脆弱になりうると指摘し、預金保険と中央銀行の最後の貸し手機能に支えられた銀行本体によるトークン化預金の方が構造的に安定していると論じた[5]。その上でGENIUS法を「重要な前進」と評価しつつ、準備資産の質や州・連邦間の規制裁定リスクなど、実装段階で埋めるべき課題を列挙した[5]。

こうした慎重論と並行して、銀行の実務は着実に動いた。JPモルガン・チェースは自行の「Kinexys」部門を通じ、預金を裏付けとするトークン「JPMD」を2025年11月12日、コインベースが構築するイーサリアムのレイヤー2ネットワーク「Base」上で機関投資家向けに稼働させた[6]。JPMDは銀行預金そのものの価値を反映する「デポジット・トークン」であり、外部準備資産に裏付けられる一般のステーブルコインとは法的性格が異なるが、ほぼ24時間365日の即時決済やプログラム可能な条件付き送金など、ステーブルコインと同様の機能を提供する[6]。対象は法人顧客や金融機関、決済サービス事業者に限定される許可制のネットワークであり、個人向けの公開流通は想定されていない点が、後述する銀行連合発行のトークンとの大きな違いとなる[6]。

FRBのボウマン副議長(銀行監督担当)は同年12月1日、銀行規制当局がステーブルコイン関連規則の策定を進めていると述べ、FRB・OCC・連邦預金保険公社(FDIC)が財務省と連携して具体的な指針の整備に取り組んでいることを明らかにした[3]。ボウマン氏はかねてより、銀行のデジタル資産関連業務を阻んできた消極的な監督姿勢の見直しを主張しており、バー氏の慎重論と合わせて、FRB内部でもステーブルコインへの向き合い方には温度差があることがうかがえる[3][5]。この年末時点で、法制度は整ったものの、日々の監督実務に落とし込む具体的な規則はまだ整備途上にあり、銀行各行は限定的な範囲での実証を先行させる段階にとどまっていた。

2026年: 第3局面(銀行発行ステーブルコインの実装・競合構図)

2026年に入ると、規制の実装段階が本格化した。OCCは2026年2月25日、GENIUS法に基づく規則案(NPRM)を公表し、認定決済ステーブルコイン発行体のライセンス、準備資産、償還、リスク管理、監査、報告、資本・流動性基準などを網羅する新たな規則体系を提案した[4]。この規則案は同年3月2日に官報に掲載され、パブリックコメント期間を経て、法律上の期限である2026年7月18日までに各連邦決済ステーブルコイン規制当局が最終規則を公布することが求められている[4]。

規則整備と並行し、銀行側の実装も進んだ。JPMDが機関投資家間の資金決済という卸売分野で先行する一方、大手行が共同出資する決済インフラ企業アーリー・ウォーニング・サービシズ(Zelle運営会社)は、ドル連動のステーブルコイン「ZLUSD」を発表し、インドを皮切りに個人向け国際送金への活用を計画していると明らかにした[7]。同社はバンク・オブ・アメリカ、JPモルガン・チェース、ウェルズ・ファーゴなど大手行が共同で所有する組織であり、単独行によるJPMD型の卸売決済トークンと、銀行連合による小口・国際送金向けステーブルコインという、性格の異なる二つのモデルが並走する構図が明確になった[7][6]。前者は機関投資家間の担保・証券決済やトレジャリー業務の効率化を主眼とし、後者は既存のZelleネットワークが持つ数億口座規模の顧客基盤を、国境を越えた送金サービスに拡張することを狙っている点で、想定する競合相手も異なる。

この構図は、これまで国際送金や新興国での実需で存在感を発揮してきたテザーやサークルといった非銀行系発行体に対し、規制された銀行網が正面から競合し始めたことを意味する。新興国に広がるステーブルコインとデジタル・ドル化で見たような域外の実需を、銀行系トークンが取り込もうとする動きとも言える。もっとも、銀行系トークンは許可制のネットワークや特定の送金回廊に対象を絞る設計が中心であり、誰でも自由に保有・移転できる形で流通してきた既存のステーブルコインとは、当面のところ利用者層が重なりにくいという指摘もある。

直近の動き

OCCの規則案に対するパブリックコメント期間は2026年5月1日に締め切られ、当局は最終規則の策定作業に入っている[4]。同時期、アーリー・ウォーニング・サービシズは2026年6月11日付でZLUSDの詳細を正式に公表し、年内のインド向けサービス開始を目指す方針を示した[7]。銀行発行トークンの実装が卸売・小口の両面で具体化する中、日本でもメガバンクによるステーブルコイン共同発行の検討が進んでおり、米国の規制動向は他国の銀行界にも波及している。

今後の展望

法律上の期限である2026年7月18日までに、OCCをはじめとする各規制当局が最終規則を公布することが求められており、規則の細部――特に州免許発行体との関係やBSA/AML(銀行秘密法・マネーロンダリング対策)規制の適用範囲――が銀行系ステーブルコインの事業採算性を左右するとみられる[4]。FRBはトークン化預金を制度的に安定した選択肢として位置づける一方、ステーブルコインの取り付けリスクへの警戒を維持しており、預金保険の対象外である非銀行系発行体との競争条件がどう均衡するかが今後の論点になる[5]。銀行側では、JPMDのような機関間決済トークンの対応通貨拡大や対応チェーンの拡張、ZLUSDのような送金特化型トークンの対象国拡大が見込まれ、両モデルの収益性と規制コストの違いが銀行間の戦略差として表面化する可能性がある[6][7]。

Newscoda の見方

本サイトが注目するのは、GENIUS法という単一の立法が、銀行免許制度という既存インフラの上に新しい発行体類型を接ぎ木した点である。OCCの規則整備が2026年7月の法定期限に向けて進む中、規則の細部設計が銀行系トークンの競争力を規定する構図が明確になりつつある[4]。

他の解説の多くはGENIUS法の制度概要やテザー・サークルとの市場シェア競争に焦点を当てがちだが、本稿はJPMDのような機関間決済トークンと、ZLUSDのような銀行連合発行の送金トークンという、性格の異なる二つのモデルが並走している点を軸に据えた。両者は規制上の位置づけも収益構造も異なり、単純な「銀行 対 非銀行」という対立軸だけでは捉えきれない。

今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通り。

  • OCCなど各規制当局が2026年7月18日の法定期限までに最終規則を公布するか、その内容がBSA/AML適用や州免許発行体との関係をどう扱うか
  • JPMDの対応通貨・対応チェーンの拡張状況、および他の大手行による独自トークン発表の有無
  • ZLUSDのインド向けサービスが年内に実際に稼働するか、対象国が拡大するか
  • FRBが銀行のマスターアカウント付与や監督指針において、非銀行系ステーブルコイン発行体との競争条件をどう調整するか

まとめ

2025年7月のGENIUS法成立を起点に、米国の大手銀行はステーブルコイン・デポジットトークン分野への参入を本格化させた。シティの検討表明、JPモルガンのJPMD稼働、銀行連合によるZLUSD構想、そしてOCCの規則整備という一連の動きは、いずれも既存の銀行免許制度の枠内でステーブルコインという新しい決済手段を取り込もうとする試みである。2026年7月の規則公布期限を控え、規制の詳細設計と銀行各社の実装状況が、テザーやサークルが主導してきたステーブルコイン市場の勢力図を今後どう塗り替えるかを占う焦点となっている。

Sources

  1. [1]Bloomberg — Breaking Down the Genius Act and Trump's Stablecoin Regulations
  2. [2]Bloomberg — Citigroup Looks to Issue Its Own Stablecoin to Smooth Payments
  3. [3]Bloomberg — Fed's Bowman Says Bank Regulators Working on Stablecoin Rules
  4. [4]Office of the Comptroller of the Currency — Bulletin 2026-3: GENIUS Act Regulations, Notice of Proposed Rulemaking
  5. [5]Federal Reserve — Speech by Governor Barr on Stablecoins
  6. [6]JPMorgan Kinexys — JPM Coin (JPMD) Deposit Token
  7. [7]Early Warning Services — Zelle Heads to India, Unveils ZelleUSD Stablecoin for Other Markets

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