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量子技術「国家戦略技術」への6年 — 基礎研究から実証補助拡大までの歩み

2020年の量子技術イノベーション戦略から、AI・半導体と並ぶ国家戦略技術領域への指定、そして2026年の実証補助拡大まで。日本の量子政策が歩んだ6年間の展開と、その先にある課題を検証する。

Newscoda 編集部

背景

出発点となった状況

量子コンピューティングが実用段階に近づきつつあるという認識が世界的に広がったのは2010年代後半のことだ。IBM・Googleが相次いで量子プロセッサの成果を発表する中、日本政府も基礎研究に偏っていた従来の量子技術政策を、産業化を見据えた国家戦略へと格上げする必要に迫られた。

構造的な前提

日本には理化学研究所や富士通、NTTなど、量子ハードウェア・ソフトウェアの双方で一定の研究蓄積があった。しかし研究資金が大学・公的研究機関に分散し、産業化に向けた一気通貫の支援体制を欠いていたことが、当時の政策課題として認識されていた。この構造的な弱点を克服するための戦略立案が、2020年以降の一連の政策展開の出発点になる。

もう一つの前提として、量子技術が経済安全保障の文脈でも重要性を増していたことが挙げられる。量子暗号通信は既存の暗号技術を無効化しうる技術であり、量子コンピュータそのものも軍事・情報分野での応用可能性を持つ。研究開発の推進と並行して、技術の国外流出防止や国内サプライチェーンの構築という経済安全保障上の要請も、政策設計に組み込まれていくことになる。

2020年: 第1局面 — 量子技術イノベーション戦略の策定

2020年1月21日、統合イノベーション戦略推進会議は「量子技術イノベーション戦略」の最終報告を決定した [1]。これは量子技術を国家的な重点分野として位置づけた最初の包括的な戦略文書であり、量子コンピュータだけでなく量子暗号通信・量子計測など、量子技術全般を対象とする研究開発の方向性を示すものだった。この段階では、あくまで研究開発の推進体制整備が中心で、産業化に向けた具体的な補助制度はまだ限定的だった。

この最終報告の特徴は、量子コンピュータ単体ではなく、量子計測・センシング、量子暗号通信を含めた「量子技術」という広い括りで戦略を組み立てた点にある。特定の技術方式に肩入れするのではなく、複数の応用領域を並行して育成する方針を採ったことは、その後の政策展開において、企業ごとに異なる技術方式(超伝導・イオントラップ・光量子など)を排除せず併存させる土壌を作った。

2022年: 第2局面 — ロードマップ改訂と量子未来社会ビジョン

2年余りを経た2022年4月22日、同会議は量子技術イノベーション戦略のロードマップを改訂するとともに、「量子未来社会ビジョン」を決定した [2]。この改訂では、2030年以降に1,000量子ビット程度の物理量子ビットを実装し、量子誤り訂正された50量子ビット程度の論理量子ビットを実現するという、より具体的な技術目標が示された [2]。あわせて、量子技術を実際の社会実装につなげるための「未来社会ビジョン」という産業化志向の視点が明確に打ち出されたことが、この局面の特徴だ。研究開発中心だった第1局面から、社会実装を見据えた第2局面への転換点といえる。

この時期は世界的にも、量子コンピュータの「NISQ(ノイズあり中規模量子)」時代から、誤り訂正を伴う実用機への移行が意識され始めた時期と重なる。日本のロードマップ改訂が量子誤り訂正された論理量子ビットの具体的な目標値を掲げたことは、国際的な技術動向を踏まえた現実的な軌道修正でもあった。抽象的な「量子技術の推進」から、測定可能な技術指標に基づく政策評価へと、統治のスタイルそのものが変化した局面と位置づけられる。

2023年以降: 第3局面 — 国家戦略技術領域への指定

2023年には「量子未来産業創出戦略」が決定され、量子技術は政府が定める「国家戦略技術領域」の一つに位置づけられるに至った。現在、この国家戦略技術領域は「AI・先端ロボット」「量子」「半導体・通信」「バイオ・ヘルスケア」「フュージョンエネルギー」「宇宙」の6分野で構成されており、基礎研究から社会実装までを一気通貫で支援する枠組みとして運用されている [3]。量子技術は、AIや核融合エネルギーと並ぶ最重点分野という位置づけを得たことで、税制・予算面での優先的な支援を受けやすい立場を確立した。同じ枠組みで重点分野とされたフュージョンエネルギー分野の民間投資動向については、核融合エネルギーの商業化レース でも整理した通り、量子技術と同様に基礎研究から産業化への橋渡しが共通の政策課題になっている。

同じ時期、経済産業省は「量子コンピュータの産業化に向けた環境整備事業」を通じて、量子コンピュータシステムの開発・部素材開発・標準化・人材育成を加速する取り組みを進めている [4]。量子化学計算による創薬・素材開発、組み合わせ最適化による金融・交通分野の応用など、具体的な社会実装領域が政策文書の中で明示されるようになったのもこの局面からだ。

国家戦略技術領域への指定がもたらした実務上の変化は小さくない。従来は研究開発予算の単年度承認に依存していた量子関連プロジェクトが、複数年度にわたる継続支援の対象になりやすくなり、税制優遇の対象としても位置づけられやすくなった。基礎研究の担い手である大学・理化学研究所と、実装を担う企業側の双方にとって、資金の予見可能性が高まったことは、長期の研究開発サイクルを要する量子技術にとって特に重要な意味を持つ。

直近の動き — 実証補助の拡大と企業の技術目標

2026年にかけて、実証事業への補助はさらに拡大している。物流の効率化や創薬分野における量子技術の実証に対する支援策が広がりを見せており、AIとの技術的な融合も政策的な関心の対象になっている。

企業側の動きとしては、富士通が2030年までに1万量子ビット規模の超伝導量子コンピュータを構築し、250論理量子ビットの実現を目指す計画を進めていることが注目される [5]。同社はさらに、超伝導方式とダイヤモンドスピン方式を組み合わせたハイブリッドアーキテクチャにより、2035年までに1,000論理量子ビットへの到達を目標に掲げている [5]。国の政策目標である「2030年以降に50論理量子ビット」という水準と、企業の技術目標である「2030年に250論理量子ビット」との間には野心度の差があり、政策と企業戦略がどう歩調を合わせていくかが今後の焦点になる。IBM・Google・Microsoftなど海外勢との商用化競争の全体像については、量子コンピューティング商用化の最前線 で扱った通り、日本勢の技術目標は国際的な競争環境の中でも位置づけを検証する必要がある。

今後の展望

海外の研究機関からは、日本の量子戦略がハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)との統合を志向している点が、他国にはない特徴として評価されている [6]。理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」と量子コンピュータを連携させるハイブリッド方式は、量子単体での実用化を急ぐ米国勢とは異なるアプローチであり、日本の技術的蓄積を生かした差別化戦略として位置づけられる。

一方で、6年間で戦略文書とロードマップの改訂を重ねてきたにもかかわらず、量子技術が実際に金融・創薬・物流の現場で商用レベルの価値を生み出す事例は、2026年時点でもなお限定的だ。国家戦略技術領域への指定という「政策上の格上げ」と、産業界における実用化の進捗という「実態」との間には、なお距離が残っている。

この距離をどう埋めるかは、今後の量子政策の成否を左右する分水嶺になる。実証補助の対象を物流・創薬という具体的な応用領域に絞り込む動きは、基礎研究への広く薄い支援から、商用化の芽が見え始めた領域への選択と集中へと、支援の設計思想が変化しつつあることを示している。今後は、実証事業の成果が実際の業務プロセスに組み込まれ、投資対効果が定量的に示せる事例をどれだけ積み上げられるかが問われる。

Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、日本の量子政策が6年間で一貫して「基礎研究から社会実装へ」という同じ方向を向いて進化してきたという継続性そのものだ。多くの解説は個別の技術目標(量子ビット数や実現年限)に注目しがちだが、Newscodaとしては、2020年の最終報告から2023年の国家戦略技術領域指定に至るまで、政策の枠組みが後戻りせずに一貫して拡張されてきたプロセスの評価により重きを置きたい。

他の解説であまり強調されない視点として、国の政策目標と企業の技術目標との間のギャップにも注意が必要だ。富士通が掲げる2030年250論理量子ビットという目標は、国の量子未来社会ビジョンが示す水準を上回っており、企業側がむしろ政策目標を先導する形になっている。この逆転現象は、量子分野において民間の技術開発速度が政策の想定を超えて進む可能性を示唆しており、政策側の目標設定が今後どう更新されるかを注視する価値がある。

さらに、日本の量子戦略が海外と比べて評価されている点は、量子技術単体の性能競争ではなく、既存のスーパーコンピュータ資産とのハイブリッド運用という設計思想にある。米国勢が量子単体での優位性確立を急ぐのに対し、日本は「富岳」のような既存資産を生かした統合アプローチを取っており、これは限られた予算の中で独自性を発揮する現実的な戦略として評価できる。政策の一貫性と技術的な独自路線が両立している点は、単純な技術開発競争の枠組みだけでは測れない日本の強みといえる。

今後6〜12か月で観察すべき変数:

  • 量子技術分野における国家戦略技術領域の予算配分の推移
  • 富士通など国内企業の量子ビット数実現に向けた進捗報告
  • 物流・創薬分野における量子実証事業の具体的な成果事例の有無
  • 富岳と量子コンピュータのハイブリッド運用に関する国際的な評価の変化

まとめ

2020年の量子技術イノベーション戦略から、2022年のロードマップ改訂、2023年の国家戦略技術領域指定、そして2026年の実証補助拡大に至るまで、日本の量子政策は一貫した方向性を保ちながら段階的に発展してきた。ただし、政策上の位置づけが強化される速度に対し、産業界での実用化事例の蓄積はなお追いついていない。今後は、国の目標と企業の技術目標との間のギャップをどう埋めていくかが、日本の量子戦略が「政策の成功」にとどまらず「産業の成功」に転じられるかどうかを分ける分水嶺になる。

Sources

  1. [1]量子技術イノベーション戦略(最終報告)令和2年1月21日 — 統合イノベーション戦略推進会議
  2. [2]量子技術イノベーション戦略 ロードマップ改訂 令和4年4月22日 — 統合イノベーション戦略推進会議
  3. [3]戦略17分野における「主要な製品・技術等」 — 内閣府 経済財政諮問会議資料
  4. [4]2025年度行政事業レビューシート:量子コンピュータの産業化に向けた環境整備事業 — 経済産業省
  5. [5]How Fujitsu Is Tackling a 10,000-Qubit Quantum Computer for Practical Applications — The Quantum Insider
  6. [6]Japan's Next Moonshot: Leadership in High-Performance Computing Coupled with Quantum Computing Technology — National Bureau of Asian Research

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