経済

国産フィジカルAI「Noetra」始動 ― 44社連合とNVIDIA依存のジレンマ

ソフトバンクやソニー、ホンダなど44社が出資する新会社Noetraが、経済産業省の支援を受け国産フィジカルAI基盤モデルの開発に本格着手した。米中に対抗する産業政策の狙いと、NVIDIA製GPUへの依存という構造的な弱点を検証する。

Newscoda 編集部

はじめに

2026年7月16日、ソフトバンク、ソニーグループ、NEC、ホンダの4社を中核に、日立製作所や東芝、楽天グループなど計44社が出資する新会社Noetra(ノエトラ)が、日本発のマルチモーダル基盤モデルの研究開発を本格始動させたと発表した[1]。焦点は対話型AIの巧拙を競うことではなく、ロボットや製造設備を制御する「フィジカルAI」――現実世界の物理法則やセンサーデータを理解し、行動に変換するAI――の国産化にある。経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は同年6月末、公募を経てNoetraと産業技術総合研究所(AIST)を「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」の実施主体に選定したと発表しており[2][3]、事業期間はFY2026からFY2030までの5年間とされる。米国のOpenAIやAnthropicが牽引する汎用AIの奔流、そして製造業データを武器にする中国の産業AI戦略という両側からの圧力を前に、日本が選んだのは「自前の頭脳」を持つという賭けである。

同日、NVIDIA創業者兼CEOのジェンスン・フアン氏は経済産業省の赤澤亮正大臣とともに東京での発表に同席し、NoetraとNVIDIAが「物理AI向けとしては世界初となる国家規模のAIインフラ」を構築する計画を明らかにした[4]。政府の支援策、産業界の総力戦、そして海外半導体大手の関与という三者が重なり合う点に、このプロジェクトの特異性がある。単なる一企業の設備投資ではなく、国家の産業競争力そのものを賭けた枠組みとして設計されている点を踏まえ、その出資構成、政策的な狙い、そして技術的な依存構造を順に整理する。

Noetraとは何か ― 44社連合の出資構成と体制

中核4社とその他40社の顔ぶれ

Noetraは、ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、ホンダの4社を「中核メンバー企業・投資家」と位置付け、そこに日立、東芝、富士通、三菱電機、村田製作所、ファナック、川崎重工業、オムロン、シャープ、島津製作所、日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所、安川電機、山崎マザックといった製造業大手に加え、楽天グループ、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、日本生命保険、三井住友銀行、Sakana AI、Preferred Networksなど非製造業・AI開発企業を合わせた44社が投資家として名を連ねる[1]。ソフトバンクが公表した参加企業リストを見る限り、電機・自動車・工作機械・鉄鋼といった製造業出身の投資家が過半を占め、金融・保険・物流・情報通信などの非製造業投資家がそれを補う構図で、「製造業が主導する」布陣であることが明言されている[1]。Newscodaが同リストを業種別に大まかに分類すると、製造・重工業系の投資家が三分の二前後を占め、金融・保険・情報通信・物流などの非製造業系が残りの三分の一程度を構成しており、フィジカルAIの主な担い手となる現場データの出し手が中心に据えられていることがうかがえる。ホンダの三部敏宏社長は、長年の製造業で培った技術・知見を生かし、モビリティやロボティクス分野を含む領域でNoetraの成果の実用化を加速させる方針を示した[6]。ソニーグループの十時裕樹社長兼CEOも、エンターテインメント分野だけでなく、フィジカルAIで重要な役割を担う半導体分野での知見活用に意欲を示している[1]。実際にロボットや工作機械、産業用ロボットを製造してきた企業群が名を連ねる点が、従来型のAIスタートアップ連合との違いといえる。

AISTとの二正面体制、そしてNEDOの選定プロセス

開発体制はNoetra単独ではなく、AIST(国立研究開発法人産業技術総合研究所)との二正面構成をとる。NoetraがAIモデル開発者や事業会社のニーズを踏まえた実用的な基盤モデルを開発・提供する一方、AISTは国内外の研究機関と連携しながら、より長期的で先端的な技術開発を担う[2]。NEDOは2026年3月24日から4月22日にかけて公募を実施し、15件の応募の中からNoetraとAISTを採択したことを明らかにしている[3]。事業分類は委託・共同研究・補助を組み合わせたもので、まず2026・2027年度分について契約を締結し、2027年度以降は毎年度のステージゲート審査で継続可否を判断する仕組みが採られている[3]。単年度の巨額投資を一括で保証するのではなく、進捗に応じて予算を段階的に配分する、比較的規律的な制度設計だといえる。

この枠組みは、NEDOが2024年2月から運営してきた生成AI基盤モデル開発支援策「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)プロジェクト」の延長線上に位置づけられる[2]。GENIACが主に計算資源の提供支援やコミュニティ運営を通じて国内の生成AI開発力を底上げしてきたのに対し、今回のNoetra・AIST採択は、その蓄積を土台にしつつ、フィジカルAIという特定領域に狙いを絞った大型プロジェクトへと発展させたものと位置づけられる。汎用対話AIの開発競争でOpenAIやAnthropic、中国勢に対して劣後してきたという反省を踏まえ、日本が比較優位を持つ製造業の現場データという別の土俵を選んだ格好だ。

なぜ「国産」にこだわるのか ― 経済安全保障としてのフィジカルAI

データ主権という切り口

Noetraが強調するのは、モデルの性能そのものよりも「現場データを守りながら将来も安心して活用できる」枠組みの必要性である[2]。製造ラインのセンサーデータや設備の稼働データ、匠の技術ノウハウといった現場情報は、日本の製造業が長年蓄積してきた競争力の源泉であり、これを海外のクラウドやAPI経由で外部の基盤モデルに委ねることは、技術流出やサプライチェーン上のリスクを伴う。ソフトバンクの宮川潤一社長も「AIと共存する社会において、日本の産業・企業が持つデータは競争力の重要な源泉となる」とし、そのデータを国内で安全に活用できる環境整備の重要性を強調している[1]。こうした発想は、経済安全保障推進法が基幹インフラの安定供給確保やサプライチェーンの強靭化を求めてきた流れとも軌を一にする。

米中の狭間で ― OpenAI・Anthropicと中国製造業AIへの対抗

NVIDIAは自社発表で、日本の取り組みを「世界初の物理AI向け国家的AIインフラ」と位置付け、ジェンスン・フアンCEOは「日本は近代製造業を発明した国だ。今、その日本が次の産業革命を動かすAIファクトリーを構築しようとしている」と述べた[4]。NVIDIAの発表資料によれば、今回のインフラはNoetraが担う「FRONTiaプロジェクト」を支えるものであり、日本政府が掲げる「AIロボティクス戦略」は、2040年時点で規模約1330億ドルと見込まれる世界のAIロボティクス市場のうち約3割の獲得を目標としているとされる[4]。この表現が示すように、Noetraの狙いは対話型AIの分野でOpenAIやAnthropicと正面から競うことではなく、日本が強みを持つ製造業の現場データとノウハウを武器に、フィジカルAIという別の土俵で主導権を握ることにある。同時に、中国は製造業データを活用した産業AIの開発を国家戦略として推進しているとされ、日本政府は2040年までにAI搭載ロボットを製造業や物流、介護など幅広い現場に大規模導入する目標を掲げているとされる[7]。フィジカルAIと人型ロボットが変える製造業の未来で見たように、世界的にロボット導入が加速する中、基盤モデルという「頭脳」を自国で持つかどうかは、単なる技術論を超えた産業政策上の争点となりつつある。

開発ロードマップとNVIDIA依存というジレンマ

FY2026からFY2030への三段階ロードマップ

Noetraが公表したロードマップは三段階に分かれる。2026年度(FY2026)からは、高度な日本語理解や論理的推論、指示追従能力を備え、AIエージェントや自然言語処理の中核となる「推論基盤モデル」の構築を段階的に開始する。2028年度(FY2028)には、テキスト・画像・映像・音声をシームレスに処理する「オムニモーダル基盤モデル」の開発に進み、2030年度(FY2030)には、空間認識など物理的性質を理解し、実世界での実装を前提とした「Real-world Native AI」の実現を目指すとされている[1]。開発したモデルは、研究開発の進捗や実装状況を踏まえ、段階的に外部提供・公開される計画だという[1]。

27,500基のRubin GPUと計算資源の外部依存

一方で、この「国産」プロジェクトを支える計算基盤は、NVIDIA製GPUに全面的に依存している。NoetraはNVIDIAと連携し、最新のagentic AIワークロード向けGPU「NVIDIA Rubin」を約27,500基、CPU「NVIDIA Vera」を13,750基備えた総電力容量140メガワットのAIインフラを構築する計画で、建設は2027年4月に開始し、2028年6月の稼働開始を見込む[1][4]。NVIDIA×トヨタ「ウーブン・シティ」提携が示す都市OSとしてのフィジカルAIでも触れたように、NVIDIAは日本のソフトバンクやNTT、Sakana AI、川崎重工業、ファナック、安川電機など幅広い企業と個別に提携を重ねており[5]、国産基盤モデルという看板の裏側では、演算基盤という土台そのものが特定の海外半導体企業に握られている構図が続く。モデルの重み(ウェイト)やデータガバナンスを国内で管理できても、それを動かすシリコンの供給が途絶えれば計画全体が揺らぐという意味で、「モデルの主権」と「計算資源の主権」は必ずしも一致しない。

注意点・展望

Noetraをめぐる資金規模については報道により幅がある。ロイターの報道によれば、政府はNoetraに対し初年度だけで3800億円超(約23.3億ドル)の支援を投じるとされ、経済産業省とNEDOはプロジェクト全体で最大1兆円規模の支援を5年間で拠出する可能性があると伝えられている[7]。ただし、この5年総額はステージゲート審査による毎年度の継続可否判断を前提としたものであり、初年度以降の金額が計画通り執行される保証はない[3][7]。また、Noetra CEOの丹波弘敬氏はロイターの取材に対し「これは日本にとって最後のチャンスかもしれない」と語ったと報じられており[7]、政府・産業界の危機感の強さがうかがえる一方、巨額の公的支援が想定通りの成果を生むかどうかは、今後数年のマイルストーン達成度合いにかかっている。

もう一点留意すべきは、44社という参加規模の大きさが、必ずしも意思決定の速さや技術的な一貫性を保証しないという点である。中核4社に加え、業種の異なる40社が投資家として関与する体制は、現場データの提供や人材の出向を巡る利害調整に時間を要するリスクをはらむ。過去にも、複数の大企業が共同出資する国内コンソーシアム型プロジェクトが、意思決定の遅さや責任の所在の曖昧さから当初計画より遅延した例は少なくない。Noetraが2026年度中に「推論基盤モデル」の具体的な成果物を示せるかどうかは、この種の連合型プロジェクトが抱える構造的な課題を克服できるかを占う試金石になる。

Newscoda の見方

Newscodaが注目するのは、「モデルの国産化」と「計算資源の対外依存」が同時進行している点である。Noetraが目指すのはデータとモデルの主権であり、GPUという物理層の主権ではない。NVIDIA製半導体への依存は、電力消費量が膨大なAIデータセンター建設という別の制約とも絡み合っており、モデルを国産化しても、それを動かす電力・半導体という下部構造まで自給できているわけではない点は、日本のAI産業政策が抱える構造的な脆弱性として繰り返し指摘されるべきだろう。一方で、モデルの重みを国内で管理し、現場データを外部に流出させない体制を築くこと自体には、たとえ計算基盤が外資依存であっても一定の経済安全保障上の意義があるという見方も、過小評価されるべきではない。データガバナンスと計算資源の主権は別次元の問題であり、両者を混同して「国産AIだから安全」と単純化することも、「NVIDIA依存だから無意味」と切り捨てることも、いずれも実態を見誤らせる可能性がある。今後6〜12カ月で注視すべき変数は次の通りである。

  • FY2026分の推論基盤モデルが計画通り公開されるか、遅延が生じるか
  • 2027年度以降のステージゲート審査で追加予算が滞りなく執行されるか
  • 27,500基のRubin GPU導入計画が輸出規制や供給制約の影響を受けないか
  • 44社の投資家が実際に自社データ・人材をどこまでNoetraに提供するか
  • 米国OpenAI・Anthropicや中国製造業AIとの競争環境がどう変化するか

まとめ

Noetraの発足は、日本が生成AI競争において対話型モデルでの正面突破を諦め、製造業の現場データという独自資産を武器にフィジカルAIで主導権を握ろうとする産業政策の表れである。44社という異例の規模の企業連合、経済産業省・NEDOによる最大1兆円規模ともされる支援、そしてFY2030までの明確なロードマップは、政府と産業界の本気度を示している。しかし、その計算基盤がNVIDIA製GPUに全面依存している事実は、「国産」という看板の限界を同時に映し出す。モデルの主権と計算資源の主権を切り分けて評価する視点なしに、この取り組みの成否を判断することはできない。

Sources

  1. [1]Noetra Launches Full-Scale R&D for Japan-Developed Multimodal Foundation Model — SoftBank Corp.
  2. [2]Multimodal Foundation Model Development Project for AI Robots and Physical AI Launched — METI
  3. [3]「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」の実施体制の決定について — NEDO
  4. [4]Japan Government, Industrial Leaders and NVIDIA Launch the World's First National AI Infrastructure — NVIDIA Newsroom
  5. [5]NVIDIA and Japan Bring Full-Stack AI and Robotics to Every Industry — NVIDIA Blog
  6. [6]Noetra Launches Full-Scale R&D for Japan-Developed Multimodal Foundation Model — Honda Global
  7. [7]Robot AI company Noetra is 'last chance' for Japan, CEO says — Reuters

よくある質問

Noetraとはどのような組織か
ソニーグループ、ソフトバンク、NEC、ホンダの4社を中核に、日立や東芝、楽天グループなど計44社が出資する新会社で、経済産業省とNEDOの支援を受けて日本発のマルチモーダル基盤モデルを開発する。ロボットや製造設備を制御する「フィジカルAI」への応用を主眼としている。
なぜ日本は独自の基盤モデルを開発する必要があるのか
製造現場のセンサーデータや技術ノウハウを海外の基盤モデルに委ねることは、技術流出やサプライチェーン上のリスクを伴うためとされる。現場データを国内で安全に活用できる体制を築くことが、経済安全保障上の狙いとされている。
政府はNoetraにどの程度の資金を投じるのか
経済産業省とNEDOは初年度に3800億円超を投じるとされ、プロジェクト全体では最大1兆円規模の支援を5年間で拠出する可能性があると報じられている。ただし2027年度以降は毎年度の審査で継続可否が判断される仕組みのため、総額の執行は確定していない。
国産AIを掲げながらNVIDIA製GPUに依存するのは矛盾しないか
モデルの重みやデータガバナンスを国内で管理できても、それを動かす計算基盤は約27,500基のNVIDIA製Rubin GPUに全面的に依存する計画であり、モデルの主権と計算資源の主権は必ずしも一致しない点が課題として指摘される。

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