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半導体エンジニア争奪戦 — Rapidus・TSMCが競う人材確保の現実

Rapidusの2nm量産計画とTSMC熊本第2工場の増設が同時進行するなか、日本の半導体産業は資金より深刻な技術者不足という共通の壁に直面している。各社・政府の人材確保策を整理する。

Newscoda 編集部

概要

北海道千歳市で2027年の2nmロジック半導体量産を目指すRapidusと、熊本県菊陽町で第2工場の建設が進むTSMCの日本子会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)。両者はともに日本政府から数兆円規模の支援を受け、ラピダス2nm計画の現実評価で扱ったように、技術的な実現可能性そのものが焦点になってきた。しかし2026年に入り、資金調達や技術進捗と並んで、より構造的な制約として浮かび上がっているのが技術者の確保という論点である。

工場を建てる資金は政府補助金で埋められても、そこで働く専門人材は短期間で育成できない。半導体の前工程はプロセス開発から装置の据え付け、量産立ち上げまで数年単位の実務経験が求められる分野であり、募集をかけてすぐに埋まる職種ではないとされる。Rapidusは新卒・中途を問わず多分野からの採用を進め、TSMCのJASMは熊本での増員を続け、政府は米国のAI半導体スタートアップと組んで技術者の海外研修プログラムまで用意した。本稿では、日本の半導体産業が直面する人材確保の実像を、主要プレーヤーごとに整理する。

1. Rapidus — 巨額投資の裏で問われる専門人材の確保

Rapidusは2022年に設立された政府主導の半導体新興企業で、北海道千歳市の先端半導体製造拠点IIM(Innovative Integration for Manufacturing)で、国内未達成の2nmロジック半導体の量産を2027年に開始する計画を掲げる。日本政府は2026年4月、追加で6315億円(約40億ドル)の補助を承認し、2026年度末(2027年3月期)までの政府投入額の累計は2兆6000億円(約163億ドル)に達する見通しとなった。この追加資金は、当初の主要顧客の一社である富士通向けの製造対応の裏付けに充てられるとされ、外部有識者委員会が北海道の拠点を視察し、技術面の進捗を確認したうえで承認された経緯がある [3]。

資金と技術進捗が前進する一方、Rapidusの採用サイトを見ると、同社が求める人材は電気工学・機械工学・材料科学・化学・ソフトウェア・物理学・数学など多岐にわたる分野にまたがっており、新卒採用・キャリア採用・障がい者採用という複数の採用ルートを並行して展開している構成が確認できる [5]。単に人数を揃えるだけでなく、微細化が進む先端プロセスに対応できる専門性を持つ人材を、限られた国内の供給源からどう確保するかが、量産開始の時期そのものを左右しかねない要素になっている。

2. TSMC熊本(JASM)— 増設ラッシュと地域労働市場への波及

熊本県菊陽町では、TSMCが主要株主となるJASMが稼働しており、株主構成はTSMCが約86.5%、ソニーセミコンダクタソリューションズが6.0%、デンソーが5.5%、トヨタ自動車が2.0%とされる。第1工場に続き、40/22・28/12・16/6・7ナノメートル世代の量産技術を持つ第2工場の建設が進められており、両工場合計の投資額は200億ドルを超える規模となる見通しである [4]。

第2工場は2027年内の稼働開始を目指しており、両工場が揃うことで、自動車・産業機械・民生機器・HPC(高性能コンピューティング)向けに月産12インチウエハー換算で10万枚超の生産能力を持つ拠点となる計画とされる。この規模の拠点整備は、直接的に3400人を超える高度専門職の雇用創出につながるとされており、熊本という一地域の労働市場に対して、短期間で大量の技術者需要を生み出す構造になっている [4]。Rapidusが北海道で技術者を集めているのと並行して、TSMCが九州で同種の人材を求める構図は、限られた国内の半導体技術者プールを複数拠点が同時に奪い合う状況を生んでいる。

3. 政府と企業の人材育成策 — 海外研修と提携の広がり

供給不足に対応するため、日本政府は既存人材の争奪だけでなく、新規人材の育成にも動いている。経済産業省所管のNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、米国のAI半導体スタートアップTenstorrentに委託する形で、日本人シリコンエンジニア最大200人を5年間かけて米国拠点で研修させるプログラムを開始した。LSTC(技術研究組合最先端半導体技術センター)も協力機関として名を連ね、2025年4月に第1期の研修生が渡米している。研修対象にはTenstorrentのRISC-Vベース設計「Ascalon」やTensix IP、AI・HPC向けソフトウェアスタックが含まれ、研修を終えた技術者は知見を持って日本企業に戻る設計とされる [1]。

JETROがまとめたTenstorrentの成長戦略に関する紹介記事によれば、同社は日本をAI半導体設計の一大拠点と位置づけ、AIデータセンター運用・自動車やロボティクス向けチップ供給・国内組織との共同開発という3本柱で事業を展開しているとされる。同社は2029年までにOJTを通じて設計エンジニアを約200人育成する計画を掲げ、Rapidusとも半導体製造分野で協業しているほか、北海道の札幌・千歳への拠点拡大も視野に入れているとされる [2]。人材育成という切り口では、Rapidusが自社採用で即戦力と若手を組み合わせる一方、Tenstorrentと政府の連携は、数年がかりで設計人材を国内に還流させる中長期の布石という位置づけになる。

業界団体の側でも動きがある。半導体メーカー各社が加盟するJEITA(電子情報技術産業協会)は半導体部会内に人材育成に関するページを設け、産業界横断での技術者育成の取り組みを継続的に発信している [6]。個社の採用競争と並行して、業界全体で人材育成基盤を底上げしようとする動きが並走している格好である。

地域単位の産学官連携

個社・国レベルの取り組みに加え、地域単位でも産学官が連携する動きが広がっている。九州経済産業局によれば、産業界・教育機関・行政機関で構成する「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が2022年3月に設立され、半導体人材の育成・確保やサプライチェーンの強靱化を通じて地域の半導体産業復活を後押しする取り組みが進められているとされる [7]。北海道でも、Rapidusの立地を受けて同様に地域の教育機関との連携が模索されており、一つの拠点誘致が地域の教育・雇用政策全体を巻き込む規模の波及効果を持つようになっている点は、従来の工場誘致とは異なる特徴といえる。

共通点と相違点

Rapidus、JASM(TSMC)、Tenstorrent/政府連携という3つの動きは、いずれも「日本国内で半導体関連の専門人材をどう確保・育成するか」という同じ課題に対する異なるアプローチと整理できる。

項目RapidusJASM(TSMC熊本)Tenstorrent×政府連携
主な立地北海道千歳市熊本県菊陽町米国拠点+LSTC(国内)
目標時期2027年に2nm量産開始第2工場は2027年内稼働5年間で最大200人研修
アプローチ自社での直接採用(新卒・中途)現地大量採用(第2工場で3400人超)海外OJTによる技術移転
資金の出所政府補助金中心(累計2.6兆円規模)TSMC・ソニー・デンソー・トヨタの出資NEDO委託事業

共通するのは、いずれも公的資金や政府機関の関与を伴っている点である。相違点は時間軸にある。RapidusとJASMは今この瞬間に稼働できる技術者を必要としているのに対し、Tenstorrentとの研修プログラムは数年単位で人材を育て、還流させる設計になっている。この時間差が埋まらない限り、当面は限られた既存人材の奪い合いが続く可能性が高い。

注意点・展望

短期的には、Rapidus・JASM・既存の半導体メーカー(キオクシア、ルネサスなど)が同一の国内人材プールを同時に必要とする構図が続くとみられる。特に、プロセスエンジニアやデバイスエンジニアといった専門職は、経験者の絶対数が限られており、賃金上昇や引き抜き競争が既に一部で表面化しているとされる。一方で、Tenstorrentとの研修プログラムのように、研修を終えた技術者が実際に還流し始めるのは早くても2020年代終盤であり、当面の需給ギャップを埋める即効性は乏しい。

もう一つの論点は、投資規模と雇用創出規模のバランスである。JASMは第2工場まで含めて3400人超の高度専門職雇用を見込むが、これは熊本という一地域の労働市場からすれば極めて大きな比率であり、他の製造業や既存半導体企業からの人材流出を招く可能性がある。Rapidusの北海道拠点も同様の構図を抱えており、地域の高等教育機関がどれだけ早く供給を増やせるかが、拠点間の人材獲得競争の帰趨を左右する変数になる。

中長期的には、九州・北海道それぞれの地域で進む産学官の人材育成コンソーシアムの成果や、大学の関連学科の定員拡大がどこまで進むかが鍵になる。また、外国人材の受け入れ制度がどこまで専門職層に広がるかも論点となる。日本全体の外国人労働力に関する制度改革の方向性は日本の外国人労働者政策の転換で扱った通りだが、半導体分野の高度専門職に限らず、外食業の特定技能が受入れ上限に到達した事例が示すように、人手不足への対応を制度面でどこまで拡張できるかは、業種を超えた共通の政策課題になりつつある。

Newscoda の見方

Newscoda としては、半導体産業の競争軸が「資金をどれだけ投じられるか」から「専門人材をどれだけ確保できるか」へと徐々に移りつつある点に注目する。政府補助金や企業の設備投資額はニュースとして目立ちやすいが、量産開始の時期を実際に左右するのは、工場を稼働させられる技術者の頭数と専門性である。RapidusとJASMが同じ国内人材プールに同時にアクセスしようとしている構図は、投資額の大きさだけでは測れないボトルネックを可視化している。

他の報道が投資規模や地政学的な意義に焦点を当てがちなのに対し、本稿では採用・育成という労働市場側の切り口から両社と政府の取り組みを横断的に比較した。Tenstorrentとの研修連携のように、時間のかかる人材還流策と、目先の採用競争が並走している点は見落とされやすい。

今後6-12か月で観察すべき変数:

  • RapidusとJASM第2工場それぞれの実際の採用人数・充足率の推移
  • 半導体関連職種における賃金上昇率と、他業種からの転職動向
  • Tenstorrent研修プログラムの第1期修了者の進路と実績
  • 大学・高専の半導体関連学科の定員拡大や新設の動き
  • 特定技能など外国人材制度が専門職層にどこまで広がるか

まとめ

Rapidusの2nm量産計画とTSMC熊本JASMの第2工場建設は、いずれも日本政府の巨額支援を受けながら、想定通りの資金調達と技術進捗を積み重ねている。しかし、両者に共通する制約として浮かび上がっているのは、資金では即座に解決できない技術者不足である。Rapidusの多分野採用、JASMの現地大量採用、Tenstorrentと政府による海外研修プログラム、JEITAによる業界横断の人材育成の取り組みは、いずれもこの共通課題への異なる時間軸での対応と位置づけられる。半導体産業の実現可能性を評価するうえでは、投資額や技術ロードマップだけでなく、人材供給という制約条件を継続的に注視する必要がある。

Sources

  1. [1]Tenstorrent Announces Groundbreaking Engineering Training Program Commissioned by Japanese Government (NEDO)
  2. [2]Positioning Japan at the Center of AI and Next-Generation Semiconductor Design: Tenstorrent's Growth Strategy — JETRO
  3. [3]Japan Bets $16 Billion to Propel Rapidus in Global AI Chip Race — Bloomberg
  4. [4]JASM Set to Expand in Kumamoto Japan — TSMC
  5. [5]採用情報 — Rapidus株式会社
  6. [6]半導体の人材育成 — JEITA半導体部会
  7. [7]半導体・デジタル関連産業の振興 — 経済産業省九州経済産業局

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