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個人向け国債はなぜ売れているのか — 金利2%台後半時代の家計マネーの選択

10年国債利回りが1997年以来の水準に達した2026年、個人向け国債への資金流入が拡大している。制度の仕組み、資金シフトの背景、家計と発行当局それぞれへの影響を整理する。

加藤 美咲マーケット・市場担当

個人向け国債とは

個人向け国債は、財務省が個人投資家向けに発行する国債で、変動金利型の「変動10年」、固定金利型の「固定5年」「固定3年」の3種類がある[1]。最低1万円から1万円単位で購入でき、いずれも年0.05%の最低金利保証が付く。半年ごとに利子が支払われ、毎月発行されるため、購入のタイミングを選びやすい商品設計になっている。

制度導入の経緯を振り返ると、2003年3月に変動10年、2006年1月に固定5年、2010年7月に固定3年がそれぞれ導入されており、個人投資家の国債保有を促進する目的で段階的に商品ラインナップが拡充されてきた[3]。長らく超低金利環境が続いたため個人向け国債の存在感は限定的だったが、2026年に入り状況が大きく変わりつつある。

3種類の商品性の違いも改めて整理しておく価値がある。変動10年は市場実勢金利に半年ごとに連動するため、金利上昇局面での目減りリスクを抑えられる一方、金利が下がれば利率も下がる。固定5年・固定3年は発行時点の利率が償還まで固定されるため、発行時点の金利水準がそのまま将来の受取利子を決める。かつて「金利がほぼゼロならどの商品を選んでも大差ない」として変動10年が定番とされてきたが、金利環境が大きく変化した2026年には、この定番の判断軸自体が見直しを迫られている。

なぜ起きたか

背景・前提条件

日本の10年国債利回りは2026年7月8日時点で2.87%まで上昇し、1997年5月以来の高水準に達している[5]。長期金利の上昇は、政府が示した大型の財政出動を伴う成長戦略への警戒、日銀に金融緩和的な政策運営を求める圧力と金融正常化の綱引き、そして歴史的な円安が続く中での追加利上げ観測など、複数の要因が重なった結果として生じている[5]。

金利水準の切り上がりは、個人向け国債にとって直接的な追い風となる。変動10年は市場実勢金利に連動して半年ごとに適用利率が見直される設計であるため、市中金利の上昇局面ではそのまま利率の上昇として反映される。固定5年・固定3年も、新規発行のたびに当該時点の市場金利を反映した利率が設定されるため、金利上昇局面では新規発行分の魅力が高まりやすい。

金利上昇の直接の要因としては、政府が示した大型の財政出動を伴う成長戦略が国債発行の増加観測につながっていること、円安が40年ぶりの水準に近づく中で日銀への追加利上げ期待が強まっていること、そして海外投資家の日本国債売りが断続的に観測されていることなどが重なっている[5]。これらの要因は互いに独立ではなく、財政拡張観測が円安圧力を強め、円安が金融正常化圧力を強めるという形で相互に増幅し合う関係にある。

直接の引き金

令和6年度の個人向け国債の販売額は約4.5兆円と大幅に増加した[3]。この背景には、市場実勢金利の上昇に伴って個人向け国債の利率自体が切り上がったことに加え、インフレが続く中で預金金利との比較で相対的な有利性が意識されやすくなったという事情がある。普通預金金利がなお低水準にとどまる一方、個人向け国債の利率は市場金利上昇にあわせて改善しており、両者の利回り格差が投資判断の材料として意識されやすくなっている。

同時期には、個人投資家向けの社債発行も過去最大規模に膨らんでいる。Bloombergの集計によれば、日本企業が個人投資家向けに発行した社債は2025年に約177億ドル相当に達し、これはBloombergが統計を取り始めて以来の最大規模になったとされる[6]。これは個人向け国債固有の現象ではなく、金利上昇局面において預金から確定利付き資産全般へと家計マネーがシフトする、より大きな潮流の一部として位置付けられる。

誰が影響を受けるか

企業・産業への影響

家計マネーの確定利付き資産へのシフトは、証券会社・銀行など金融仲介業にとって新たな収益機会となる。個人向け国債はネット証券経由での購入が拡大しており、店舗網を持たない証券会社にとっても取扱商品の一つとして重要性を増している。一方で、預金を主要な資金調達手段とする銀行にとっては、預金から国債・社債への資金シフトが進むことは、調達コストの構造に影響を与えかねない要因となる。

発行体である政府にとっても、個人向け国債の販売額拡大は国債の安定消化という観点で意味を持つ。財務省の債務管理報告書は、国債の安定消化・安定保有の観点から投資家層の多様化を重要な政策課題として位置付けており、金融機関や海外投資家に偏らない保有構造を志向する姿勢を示している[3]。個人投資家の保有拡大は、市場環境の変化に伴う特定投資家層の売却行動によって国債市場全体が不安定化するリスクを分散させる効果も期待されている。

生命保険会社など機関投資家の一部が超長期国債の保有を抑制する動きを見せる局面では、個人投資家という新たな買い手層の存在が市場の下支え役として意識されやすい。もっとも、個人向け国債は市場で流通する利付国債とは別建ての商品であり、直接的に市場の需給に影響を与えるわけではない点には注意が必要である。個人向け国債の販売拡大が持つ意味は、あくまで家計の資金が預金から国債という形に置き換わることで、間接的に国全体の貯蓄構造・資金循環に変化をもたらす点にある。

投資家・家計への影響

家計にとっての個人向け国債の魅力は、元本保証がありながら市場金利上昇の恩恵を享受できる点にある。ただし、中途換金には制約があり、発行から1年間は原則として換金できない[1]。また、固定金利型を選択した場合、発行後に市場金利がさらに上昇すれば、既発債の利率は相対的に見劣りする可能性がある。この点は、変動10年と固定型のどちらを選ぶかという判断において考慮すべき要素となる。

日本銀行の資金循環統計によれば、家計の金融資産に占める国債等の保有比率は依然として小さいものの、金利上昇局面で残高が拡大傾向にあることが確認されている[4]。長期にわたる低金利環境下では国債投資の妙味が乏しかったため、家計金融資産は預金に偏重してきたが、金利のある世界への移行とともに、家計の資産選択における国債の位置付けも変化しつつある。

個人向け国債と並行して拡大している個人向け社債市場の動きも、家計にとっての選択肢の広がりを示している。Bloombergが伝えたとおり、日本企業による個人投資家向け社債の発行額は過去最大を更新しており、確定利付き資産全般への関心の高まりが個人向け国債単体の現象にとどまらないことをうかがわせる[6]。家計にとっては、国債・社債・預金という複数の確定利付き資産の中から、利回りと信用リスクのバランスを見て選択する場面が増えていくことになる。

今後どうなるか

短期(数か月〜1年)の見通し

短期的には、長期金利の水準がどこで一服するかが個人向け国債の販売動向を左右する。Bloombergの分析によれば、日本の金利上昇は財政拡張路線と金融正常化圧力の両方を背景にしており、当面この構図が続く限り、個人向け国債の利率も高止まりする可能性が高い[5]。財務省は国債発行計画を通じて個人向け国債の発行条件を毎月見直しており、金利動向に応じた商品性の変化が引き続き販売額に影響を与えると見られる。

証券会社各社もネット経由での個人向け国債の取扱いを強化しており、若年層を含む新規の国債購入者層の拡大が短期的なトレンドとして続く可能性がある。ネット証券を通じた購入は店舗窓口での購入に比べて手続きが簡便であることに加え、金利動向をリアルタイムで確認しながら発行のタイミングを選べる利便性があり、これまで国債投資に馴染みの薄かった層の参入障壁を下げている面がある。

短期的に注視すべきは、日銀の金融政策運営スタンスである。政策金利の据え置きが続くか追加利上げに動くかによって、変動10年の適用利率や新規発行される固定型の利率水準が左右される。金融政策の方向性が定まらない局面では、投資家がどちらの商品タイプを選好するかにも揺れが生じやすい。

中長期(1〜3年)の構造変化

中長期的な視点では、家計金融資産の構成が「預金中心」から「金利のある世界」に対応した多様な資産配分へと緩やかに変化していく過程の一断面として、個人向け国債の拡大を位置付けることができる。財務省が掲げる保有者層の多様化という政策目標とも整合的であり、政府にとっては国債の安定消化基盤の強化につながる。

一方で、金利上昇が財政の利払い費増加に直結する構造は、日本国債利回りの上昇が照らす財政の長期リスクで論じたとおり、財政運営そのものへの制約としても作用する。個人向け国債の販売拡大は国債消化基盤の強化という点でプラスに働く一方、金利上昇が続けば利払い費の増大という形で財政の柔軟性を狭める側面もあり、両者は表裏の関係にある。また、30年JGB入札の不安定化が映す国内投資家の構造変化で扱った超長期債市場の需給の歪みとあわせて見ると、個人投資家の存在感拡大は国債市場全体の投資家構成の変化という、より大きな流れの一部として理解する必要がある。

Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、個人向け国債の販売拡大が単なる金利商品としての人気ではなく、家計の資産選択行動そのものが構造的に変化しつつある兆候である点だ。長期にわたる低金利環境下で「国債投資」という選択肢がほぼ意味をなさなかった家計にとって、金利のある世界への移行は資産運用の選択肢を広げる転換点になり得る。

多くの解説は個人向け国債の利率や販売額といった数字の動きに焦点を当てがちだが、Newscodaとしては、この動きが新NISAが変えた日本の個人投資行動で論じたリスク性資産へのシフトと並行して進んでいる点により注目する。株式・投資信託を通じたリスク性資産への資金シフトと、確定利付き資産である個人向け国債への資金シフトは、一見すると異なる方向性を持つ動きに見えるが、いずれも「預金に滞留していた家計マネーが動き出した」という共通の底流から生じている。この二つの潮流が今後どのようなバランスで進むかが、日本の家計金融資産構成の中長期的な姿を左右する。

今後6〜12か月で観察すべき変数:

  • 10年国債利回りの水準とその推移、および日銀の金融政策運営スタンス
  • 個人向け国債の月次発行条件(利率)の変化と販売額の推移
  • 家計金融資産に占める国債・社債等の確定利付き資産の比率変化(資金循環統計)
  • ネット証券経由での国債購入者層の年齢構成の変化

まとめ

日本の10年国債利回りが1997年以来の水準まで上昇する中、個人向け国債への資金流入が拡大している。変動10年・固定5年・固定3年という商品設計のもと、令和6年度の販売額は約4.5兆円に達した[3]。背景には市場実勢金利の上昇と、預金金利との比較優位の高まりがある。政府にとっては国債の安定消化基盤の強化につながる一方、金利上昇は財政の利払い負担増という別の課題も生む。家計にとっては、金利のある世界への移行に伴う資産選択の多様化という、より大きな構造変化の一断面として捉えることができる。

Sources

  1. [1]財務省「個人向け国債」窓口ページ
  2. [2]財務省「国債等の保有者別内訳」
  3. [3]財務省「債務管理報告書2025 保有者層の多様化」
  4. [4]日本銀行「資金循環統計」
  5. [5]Bloomberg「Five Charts That Show Rising Yields Reshaping Japanese Markets」
  6. [6]Bloomberg「Record $17.7 Billion Retail Bonds Fueled by Japan Inflation」

よくある質問

個人向け国債とは何か?
財務省が個人投資家向けに発行する国債で、変動10年・固定5年・固定3年の3種類がある。最低1万円から1万円単位で購入でき、いずれも年0.05%の最低金利保証が付く元本保証型の商品である。
なぜ2026年に個人向け国債の人気が高まっているのか?
10年国債利回りが2026年7月に2.87%と1997年以来の水準まで上昇し、金利連動型の個人向け国債の利率も上昇したため。令和6年度の販売額は約4.5兆円に拡大し、家計の預金からのシフトが進んでいる。
個人向け国債のリスクは何か?
元本割れはないが、固定金利型は市中金利が今後さらに上昇した場合、相対的な利回りの見劣りが生じる可能性がある。中途換金には制約があり、発行から1年間は原則として換金できない点にも留意が必要になる。
家計の国債保有はどの程度の規模か?
日本銀行の資金循環統計によれば、家計による国債等の保有残高は全体のごく一部にとどまるが、金利上昇局面で個人向け国債の販売額は年間4兆円規模まで拡大しており、家計金融資産の構成に一定の影響を与え始めている。

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