男性育休40%達成の内実 — 取得率の上昇と「期間の壁」が示す制度と実態のずれ
男性の育児休業取得率が2024年度に40.5%と過去最高を更新した。制度拡充の歩みを時系列でたどりながら、取得率の数字が改善する一方で取得期間の短さが残る「壁」の構造を検証する。
背景
出発点となった状況
日本の男性育児休業制度は、国際比較で見ると特異な位置にある。OECDの分析によれば、日本は父親専用の育児休業制度としてフルレート換算で31.1週という、加盟国中で最も手厚い制度を有している[4]。制度の設計としては世界最高水準でありながら、実際の取得率は長年にわたり1割前後にとどまってきた。OECDの集計では、2010年に1%だった日本の男性育休取得率は2021年時点でも14%程度にとどまり、スウェーデンやフィンランドが8割前後に達しているのとは対照的な水準であった[4]。
この「制度は手厚いが利用されない」というねじれは、日本特有の職場文化・ジェンダー規範に起因するとされる。育児の負担が女性に偏る家庭内の役割分担意識に加え、休業取得が同僚や上司からの評価に影響しかねないという職場の空気が、制度の利用を妨げてきたと指摘されている[4]。
構造的な前提
この状況を変えるため、日本政府は2020年代に入り、制度拡充と情報開示義務化という二つの手法を組み合わせて対応を進めてきた。単に休業を取得しやすくする権利保障だけでなく、企業に取得率の開示を義務付けることで、外部からの評価圧力を通じて企業行動を変えようとする設計である。この情報開示アプローチは、女性活躍推進法における女性管理職比率の開示義務化とも共通する政策手法であり、人的資本経営という大きな政策潮流の一部として位置付けられる。
世界経済フォーラム(WEF)の分析は、日本の男性育休政策を「制度は世界最高水準、利用は依然として低水準」という二重の評価軸で捉える視点を提示している[6]。これは、制度設計の巧拙だけでは職場文化の変化を保証できないという、より一般的な政策論点にもつながる示唆である。権利として保障された休業制度が実際に使われるかどうかは、法制度そのものよりも、それを取り巻く企業文化・評価慣行・同僚間の暗黙の了解に強く規定される。この認識が、以降の政策展開において「開示による外部圧力」という手法が重視される背景にある。
2022年: 第1局面
2022年10月、「産後パパ育休」(出生時育児休業)制度が施行された。これは、子の出生後8週間以内に最大4週間の休業を取得できる新たな枠組みで、従来の育児休業制度とは別枠で取得できる点に特徴がある[4]。分割取得も可能とされ、短期間でも柔軟に休業を組み合わせられる設計となった。この制度導入は、取得率の低さの一因とされてきた「休業期間が長すぎて取得しにくい」という心理的障壁を下げる狙いがあったとみられる。
同時期には、育児・介護休業法の改正により、企業に対して育児休業を取得しやすい雇用環境の整備や、妊娠・出産を申し出た労働者への個別の周知・意向確認が義務付けられた。制度上の選択肢を増やすだけでなく、企業側に積極的な情報提供を求める規定が盛り込まれたことが、この局面の特徴である。
この個別周知・意向確認義務は、従来「言い出しにくい」とされてきた育休取得の申請プロセスを、企業側からの能動的な働きかけへと転換させる意味を持った。労働者が自発的に申請する制度から、企業が取得を前提として情報提供する制度への転換は、取得率を押し上げる制度的な土台として機能したとみられる。実際、この時期を境に男性の育休取得率は緩やかな上昇基調に転じ始めている。
2023年〜2025年: 第2局面
第2局面では、取得率の「開示義務化」が段階的に拡大した。当初、育児休業取得状況の公表義務は常時雇用労働者数1,000人を超える企業に課されていたが、2025年4月からはこれが300人超1,000人以下の企業にも拡大された[3]。公表内容は、男性労働者の育児休業等の取得割合、または小学校就学前の子の育児を目的とした休暇制度の利用割合のいずれかとされている[3]。
この開示義務の拡大は、対象企業数を大幅に増やす効果を持った。従来は大企業のみが対象だった情報開示が中堅企業にも及ぶことで、より広い範囲の労働市場において「男性育休取得率」が経営指標の一つとして意識されるようになった。次世代育成支援対策推進法に基づく行動計画の策定義務も、育児休業の取得状況に関する数値目標設定を企業に求める内容へと強化され、有効期限も2035年3月末まで10年間延長された[3]。この間、先進的な企業では取得率100%を掲げる動きも見られるようになった。NTTグループはグループ全体で男性社員の育児休業取得を推進する方針を掲げ、取得率目標100%に対して2024年度に120%という実績を達成したと公表している(複数取得等を含む集計)[5]。ガイドラインの整備や体験談の共有、上司・同僚への周知を組み合わせた取り組みが、大手企業を中心に広がった時期である。
こうした先進企業の取り組みに共通するのは、制度の存在を知らせるだけでなく、実際に取得した社員の体験談を組織内で共有し、上司世代の意識を変える施策を組み合わせている点である。育児・介護休業の取得を人事評価上のマイナス要因にしないという明確なメッセージを経営層が発信することが、職場の心理的障壁を下げるうえで効果的であるとされる。この時期の企業の取り組みは、単なる法令順守を超えて、人材獲得競争における差別化要因として育休取得率を位置付ける動きへとつながっていった。新卒採用や中途採用の場面で自社の育休取得実績を積極的にアピールする企業も増え、採用ブランディングの一要素として位置付けられるようになったことも、この時期の特徴の一つである。
2026年: 第3局面
2026年、男性の育児休業取得率は令和6年度実績で40.5%に達し、過去最高を更新した[1][2]。制度導入から約20年で1%程度だった取得率が4割を超える水準まで上昇したことは、政策的には大きな成果として評価できる。
しかし同時に、この局面では取得率の上昇とは別の課題が改めて浮き彫りになった。取得期間の短さである。厚生労働省の調査では、女性の取得期間が9割以上で6か月以上に及ぶのに対し、男性は約4割が2週間未満の取得にとどまっている[2]。ある民間調査では、男性の平均取得日数は63.5日である一方、理想とする取得日数は138.6日とされ、実際の取得期間が理想の半分程度にとどまっている実態が示された。取得率という「入り口」の指標は大きく改善した一方、取得期間という「深さ」の指標では依然として大きなギャップが残っている。
直近の動き
この「期間の壁」の背景には、主に二つの要因があるとされる。一つは、育児休業制度そのものへの理解不足であり、パートナーの出産が近づいてから初めて制度を調べ始めるため、結果として短い休業期間で申請してしまうというものである。もう一つは、職場の空気であり、実際に働く男性を対象にした調査では、育休を取得しやすくなる条件として「上司からの勧奨」を挙げる回答が最も多く、キャリアへの影響や経済的負担を懸念する回答は1割程度にとどまったとされる。制度理解の促進と、上司からの積極的な働きかけという、いずれも職場運用レベルの課題が「期間の壁」を規定していることになる。
この二つの障壁は、いずれも法制度の追加的な整備だけでは解決しにくい性質を持つ。制度理解の不足は、企業が出産予定の社員に対してより早い段階から制度説明の機会を設けることで一定程度緩和できるが、職場の空気という要因は、管理職世代の意識変容と業務の引き継ぎ体制の整備という、より時間のかかる組織的な取り組みを必要とする。取得率が政策的な後押しによって比較的短期間で改善したのに対し、取得期間の改善が緩やかにとどまっているのは、この二つの要因の性質の違いを反映しているとみられる。
今後の展望
今後の焦点は、取得率という量的指標から、取得期間や取得の質という指標への評価軸の移行に移りつつある。開示義務化の対象拡大が一巡した後は、単純な取得率の公表だけでなく、平均取得日数や、取得後のキャリア影響の有無といった、より踏み込んだ情報開示が求められる可能性がある。人的資本開示義務の全貌で論じたとおり、男女賃金格差や女性管理職比率の開示が進んできた流れと軌を一にする形で、男性育休の「質」に関する開示も進展していくと見られる。
企業の人事戦略という観点では、70歳現役時代の賃金設計革命で論じたシニア人材の処遇改革と同様に、男性育休の取得促進も単独の制度対応ではなく、人的資本経営全体の一部として設計する企業が増えていくとみられる。育児期のキャリア継続支援と、シニア期の処遇改革を一体的に捉える視点が、今後の企業の人事戦略において重要性を増す可能性が高い。
業種による取得状況の差も、今後注視すべき論点である。テレワークが定着しやすい情報通信・金融業と、シフト制勤務や現場作業が中心の製造業・建設業とでは、育休取得のしやすさに構造的な差が生じやすい。開示義務の対象企業が拡大するにつれて、こうした業種間格差がより可視化されることになり、業界特性に応じた取得促進策の設計が求められる場面が増えると考えられる。中小企業においては、代替要員の確保という実務上の制約が大企業以上に重くのしかかるため、業務代替を支援する助成金制度の拡充や、複数の中小企業が共同で代替人材を融通し合う仕組みづくりなど、大企業とは異なる支援策の必要性も指摘されている。
労働需給が逼迫する業種ほど、育休取得者の穴を埋める代替要員の確保が難しく、結果として現場の同僚に業務のしわ寄せが及びやすい。この負担が「取得しづらい空気」を生む一因になっているとすれば、育休取得の促進策は人材確保策と一体で設計しなければ実効性を持ちにくい。単に休業を取得する権利を保障するだけでなく、休業中の業務を代替する仕組みまで含めて制度設計を行う必要があるという指摘は、今後の法改正論議においても重要な論点になるとみられる。
Newscoda の見方
本サイトとして注目するのは、取得率40%という達成が「政策の成功」を意味するのか、それとも「新たな課題の露呈」を意味するのかという評価の分岐点にこの局面があるという点だ。制度が手厚いにもかかわらず利用率が低いという長年のねじれは緩和されつつあるが、取得期間の短さという形で別のねじれが顕在化している。
多くの解説は取得率の数字そのものの上昇を成果として強調しがちだが、Newscodaとしては、取得率と取得期間という二つの指標の乖離にこそ、日本の職場文化の変化の実際の進度が表れていると捉える。取得率は法制度と開示圧力によって短期間で動かせる指標である一方、取得期間は職場の同僚・上司の意識や業務の引き継ぎ体制といった、より根の深い組織文化に規定される指標であり、業種・企業規模による格差の縮小速度も含めて評価すべきである。
今後6〜12か月で観察すべき変数:
- 令和7年度雇用均等基本調査における男性育休取得率と取得期間の分布の変化
- 300人超1,000人以下企業における開示状況とその実際の取得率の水準
- 大手企業における「取得率100%」から「平均取得日数の長期化」への目標転換の有無
- 育児・介護休業法の次期改正論議における取得期間・分割取得に関する制度見直しの動き
まとめ
男性の育児休業取得率は2022年の産後パパ育休制度導入、2023年から2025年にかけての開示義務化の対象拡大を経て、2026年に40.5%という過去最高を記録した[1][2]。この間、取得率という指標は大きく改善したが、取得期間は依然として女性に比べ大幅に短く、「制度理解の不足」と「職場の空気」という二つの壁が背景にあるとされる。今後は、量的な取得率の向上から、取得期間や取得の質を問う段階へと政策・企業双方の焦点が移っていくとみられる。
Sources
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