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「辞める」を代行する業界の膨張 — 日本企業の組織論に何を突きつけるか

退職代行サービスの利用者が急拡大し、100社超が乱立する状況となった。「辞めさせない会社」問題が浮かび上がらせる日本企業の組織運営・人事戦略の構造的課題を読み解く。

山口 賢一郎編集長 / 企業・産業担当

はじめに

「辞めます」というひと言を、本人に代わって会社へ伝える。それを事業として担う「退職代行サービス」が、2020年代後半の日本で急速に市場を広げている。かつては転職サイトの片隅で語られる程度の存在だったこのサービスは、いまや100社を超える事業者が参入する一つの業界へと成長した。

退職代行サービスの拡大は、単なる便利なアウトソーシングの一例として片づけられるものではない。利用の背景には、「辞めたいと言えない」職場環境、上司や人事担当者による執拗な引き止め、そして相談窓口が機能していない組織運営の実態がある。本稿では、サービス拡大の構造、企業側の対応、そして採用・組織運営への波及効果を整理し、日本企業の人事戦略が直面する課題を読み解く。

海外メディアもこの現象に強い関心を寄せている。ワシントン・ポストは、上司と直接向き合うことを避けたい労働者が「辞めるためだけの代理人」を雇う日本特有の光景を取り上げ、終身雇用的な価値観がなお根強い職場文化と、若年層の価値観の変化との間に生じる摩擦として報じた [2]。フォーブスも、日本の労働者が退職代行に対価を支払う背景には、対立を避ける文化的規範と、転職市場の流動化という二つの潮流の衝突があると分析している [4]。

退職代行サービス急増の実態

利用者数と業界規模の拡大

退職代行サービスは2010年代半ばから存在していたが、SNSでの口コミ拡散とコロナ禍における対面コミュニケーションの希薄化を経て、認知度と利用者数が急速に伸びた。大手サービス「モームリ」では、2024年4〜5月の2か月間だけで利用者が3,171人に上ったとされる。マイナビの調査によれば、2023年6月から約1年間に転職した人のうち16.6%が退職代行サービスを利用しており、年代別では20代の利用率が18.6%と最も高い水準にある [3]。

料金体系は概ね2万円から5万円程度で、退職の意思表示から有給消化の交渉、私物の返却手続き、必要書類の受け取りまでを一括して代行するサービスが一般的とされる [2]。利用者が退職完了後に元の勤務先と一切連絡を取らずに済むことを保証するサービスも多く、退職という行為そのものを「対人交渉」から「業務委託」へと転換させる仕組みが確立されつつある。

なぜ「言えない」のか — 利用動機の構造

退職代行サービス利用の動機として最も多く挙げられるのは「引き止められると思った、あるいは実際に引き止められた」であり、調査によれば40.7%に上る。次いで「言い出せる環境になかった」が32.4%を占める [3][4]。上司からのハラスメント、有給休暇取得への圧力、恒常的な長時間の未払い残業といった要因も、退職を「代行に頼らざるを得ない」選択にする背景として指摘されている。

この構造は、日本の職場における退職という行為が、単なる契約解除の手続きではなく、上司・同僚との人間関係の調整を伴う社会的な儀礼として位置づけられてきたことと無関係ではない。退職代行はこの「儀礼」を意図的に省略する手段として選ばれており、従来の職場文化における「言い出しにくさ」を裏側から可視化する現象だといえる。

メトロポリス誌が伝えた利用者の証言では、上司に提出した退職届をその場で破り捨てられた、退職の意思を伝えた翌日から急に業務量を増やされた、といった経験が語られている [5]。こうした事例は極端なものかもしれないが、退職の意思表示が労働者にとって心理的リスクを伴う行為として認識されている実態を裏づける。特に人手不足が深刻な業種では、一人の離職が現場のシフトや業務分担に直接影響するため、引き止めの圧力が強まりやすい構造がある。

企業側の対応と「辞めさせない」問題

モームリ問題が浮き彫りにした構造

退職代行大手「モームリ」の運営会社を巡る一連の問題は、業界の急拡大がもたらす歪みを象徴する出来事として報じられた。乱立する事業者の中には、法的な代理権を持たない非弁護士事業者が、本来弁護士でなければ扱えない交渉行為に踏み込むケースがあるとされ、業界の急成長に法整備が追いついていない実態が指摘されている。一方で、退職代行に頼らざるを得ない社員が後を絶たない背景には、「辞めさせない会社」という、引き止めに固執する企業側の体質があるとの指摘も根強い。

東京商工リサーチの調査では、従業員が退職代行を利用した経験のある企業の割合は約9%に上り、業種別では宿泊業が24.1%と最も高く、警備等を含むその他サービス業が19.5%、自動車部品等の製造業が19%と続く。退職代行から連絡を受けた際の企業側の対応としては、「業者を挟んで手続きを進める」が41.3%と最多だったが、「取り合わない」との回答も30.4%に上り、企業側の対応が定まっていない実態が浮かび上がる。

業種別に見る利用実態

宿泊業やサービス業での利用率の高さは、シフト制勤務や人手不足が常態化した職場において、退職の意思を直接伝える機会や心理的余裕が乏しいことと関係しているとみられる。製造業においても、現場の人間関係の濃密さや、有給消化を巡る交渉の煩雑さが、代行サービスに頼る動機として作用している可能性がある。新卒採用の現場でAIが変えつつある人材戦略とあわせて考えると、入社後の早期離職と退職代行利用の間には一定の連関があるとみられ、採用時点でのミスマッチが退職代行需要の一因となっている構図も浮かび上がる。

業界の急拡大と参入障壁の低さ

退職代行事業者の数は2025年時点で100社を超えるとされ、この数年で急速に増加した。参入障壁の低さがこの急拡大を後押ししている。労働組合が運営する形態であれば、団体交渉権を背景に未払い賃金や有給消化の交渉まで扱える一方、単なる意思表示の伝達に特化した安価なサービスも乱立しており、料金と提供範囲の幅が広がっている。この結果、利用者にとっては選択肢が増える一方で、サービス品質やトラブル対応力にばらつきが生じる状況も生まれている。

採用・組織運営への波及

採用選考における影響

退職代行の利用歴が採用選考に与える影響について、企業側の反応は明確に慎重化する方向にある。利用歴があると「採用に慎重になる」と回答した企業が49.4%と最多であり、「採用しない」との回答も26%に上る。これは、退職代行の利用が「コミュニケーション能力の欠如」あるいは「困難から逃げる姿勢」として否定的に評価されうることを示唆しており、利用者にとっては将来のキャリア形成における潜在的なリスクとなる可能性がある。

一方で、退職代行の利用歴を理由に一律に採用を見送る対応は、労働市場全体で見れば人材のミスマッチをさらに固定化させるリスクもはらむ。人手不足が続く業種ほど、こうした選別的な採用姿勢が自らの採用競争力を狭める矛盾を抱えることになる。実際には、退職代行の利用理由の多くが職場側の引き止め慣行やハラスメントに起因していることを踏まえれば、利用歴だけをもって応募者の資質を判断することの合理性には疑問も残る。採用選考の実務においては、退職理由そのものよりも、その後のキャリア形成における一貫性や実績を重視すべきだとの指摘も専門家から出ている。

人事戦略・組織文化への問いかけ

退職代行サービスの拡大が投げかける本質的な問いは、「なぜ従業員が正規の手続きで退職を申し出られないのか」という組織運営上の課題である。相談窓口の形骸化、上司による引き止めの圧力、ハラスメントに対する社内対応の欠如といった要因が複合的に作用している場合、退職代行の利用は組織の機能不全を映す鏡として機能する。厚生労働省の統計によれば、新規学卒就職者の3年以内離職率は高卒で38.4%、大卒で34.9%に達しており、若年層の早期離職は長年の構造的課題として存在してきた [1]。退職代行の急増は、この既存の課題が新しい形で顕在化した現象と位置づけることができる。

企業の人事部門にとっては、退職代行を単なる「困った現象」として片づけるのではなく、従業員が安心して意思表示できる社内体制の整備、出口面談の実質化、上司による引き止め慣行の見直しといった組織的対応が求められている。一部の先進的な企業では、退職の意思表示専用の匿名相談窓口を人事部とは独立した外部機関に委託する動きも始まっており、社内の人間関係に縛られずに退職手続きを進められる仕組みづくりが模索されている。

注意点・展望

退職代行業界の急成長には、法的な課題も残る。弁護士法に抵触しうる交渉代行を行う非弁護士事業者の存在は、利用者保護の観点から問題視されており、業界団体による自主規制や、行政による実態把握の必要性が指摘されている。現行制度上、退職の意思表示を伝達するだけの業務は非弁護士事業者でも扱える一方、未払い賃金の請求額交渉や有給休暇取得の条件交渉など「法律事務」に該当しうる業務は弁護士または労働組合でなければ扱えないとされ、この境界線を巡るグレーゾーンの運用が業界内で問題視されている。利用者が事業者を選ぶ際に、運営主体が弁護士事務所か労働組合か、あるいは民間の一般法人かを見極める必要性も指摘されている。

また、退職代行を利用した労働者への企業側の対応が定まっていないことも、今後のトラブルの火種となりうる。「取り合わない」と回答した企業が3割に上る実態は、法的には有効な退職の意思表示であっても、実務上の引き継ぎや貸与物の返却といった手続きが滞留するリスクを示唆している。

中長期的には、退職代行の利用がキャリアにおける「ネガティブなシグナル」として固定化されるか、それとも単なる退職手段の一つとして中立化されるかは、労働市場全体の受け止め方次第である。人手不足が構造化する日本の労働市場において、企業側が退職代行利用歴を過度に問題視する姿勢を続ければ、優秀な人材の確保においてかえって不利に働く可能性もある。ジョブ型雇用への移行が進む大企業と、従来型の年功的な組織運営が残る中小企業とで、退職代行への向き合い方に差が生じていく可能性も高い。

Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、退職代行サービスの拡大が、日本企業における「言い出しにくさ」という組織文化の構造的課題を可視化した点だ。サービスそのものの是非よりも、なぜ多くの労働者が正規の手続きで退職を申し出られないと感じているのかという背景に、より本質的な問題があると考える。

多くの解説は退職代行を「困った若者」や「業界の乱立問題」として扱いがちだが、Newscoda としては、企業の相談窓口の機能不全や引き止め慣行こそが需要を生み出している構造に着目する。カスタマーハラスメント対策の義務化が企業に対して外部からの迷惑行為への対応を求めているのと同様に、退職を巡る組織内の圧力構造への対応も、今後の企業統治において避けて通れない論点になるとみられる。

退職代行の普及率が特に高い20代・30代は、今後10年の日本企業における中核的な労働力である。この世代が組織との関わり方において「対話より回避」を選ぶ傾向を強めているとすれば、企業側の対応策もまた、性弱説的な監視や引き止めの強化ではなく、対話が成立する信頼関係の再構築に軸足を置く必要があるだろう。

退職代行を単発の社会現象として消費するのではなく、労働市場の需給構造と組織文化の両面から捉え直す視点が、企業にとっても労働者にとっても今後ますます重要になる。

今後6〜12か月で観察すべき変数:

  • 退職代行事業者に対する弁護士法上の規制強化・業界団体の自主規制動向
  • 企業の採用選考における退職代行利用歴の取り扱いの変化
  • 東京商工リサーチ等による企業側対応実態調査の更新結果
  • 新卒早期離職率と退職代行利用率の相関に関する追加データ
  • 大手企業における出口面談・引き止め慣行の見直し事例

まとめ

退職代行サービスの急拡大は、単なる便利なアウトソーシング産業の成長ではなく、日本企業の組織運営における「言い出しにくさ」という構造的課題を映し出す現象である。企業側の「辞めさせない」体質と、労働者側の「言えない」心理が相互に作用し、代行サービスへの需要を押し上げてきた。採用選考における慎重化の動きが示すように、この現象はキャリア形成にも波及しつつある。業界の法的整備と企業の組織運営改革が並行して進むかどうかが、今後の労働市場の健全性を左右する。

Sources

  1. [1]厚生労働省 — 新規学卒者の離職状況(学歴別・在職期間別データ)
  2. [2]The Washington Post — Avoiding your boss? In Japan, you can hire someone to quit your job for you
  3. [3]The Japan Times — Japan's workers turning to agencies that help them quit jobs
  4. [4]Forbes — Why Some Japanese Workers Now Pay Services To Quit Their Jobs For Them
  5. [5]Metropolis Japan — "They Ripped Up My Resignation Letter"

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