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通商白書が映す新興国の対中依存 — 供給網の脆弱性と日本の輸出戦略

経済産業省の2026年版通商白書は、新興国の中国製部品・中間財依存が供給途絶リスクを高めていると指摘した。OECDとRhodium Groupのデータで依存が集中する品目と供給混乱事例、日本が担いうる代替供給の役割を整理する。

Newscoda 編集部

概要

経済産業省は2026年6月30日、「令和8年版通商白書」および「通商戦略2026」を閣議配布した [1]。今回で78回目となるこの白書は、世界経済が近年類を見ないほど不確実性を増しているとの認識のもと、リスクに頑健なサプライチェーンの構築を喫緊の課題として位置づけている [1]。

白書が特に焦点を当てたのが新興国経済の構造変化だ。中国の新興国市場への進出が著しく、ASEAN諸国も中間財の輸入において対中依存を強めていると指摘されている [1]。同時に白書は、重要鉱物資源を有し人口増加に裏打ちされた成長を続ける新興国との関係構築が日本にとって重要であるとし、調達先の多角化によるリスク分散と、日本企業の輸出拡大を通じた対中依存緩和の余地を提起した [1]。本稿では、OECDとRhodium Groupのデータ、実際に生じた供給混乱事例をもとに、対中依存が集中する分野、通商白書のデータの読み方、日本企業が担いうる代替供給の余地を整理する。

1. 新興国の対中依存が集中する分野

OECDが2025年6月に公表した「サプライチェーン強靱性レビュー」は、約4,800品目の貿易データを分析し、新興国の輸入構造における中国の存在感の拡大を定量的に示した [2]。輸入が特定国に「過度に集中」している品目のうち、中国が主要な取引相手国となっている割合は1990年代後半の9%から2020年代初頭に60%へ急上昇した。同時期に米国・ドイツ・日本の合計シェアは30%から15%へ半減している [2]。世界全体でも、輸入市場の集中度に対する中国の寄与度は5%から30%へ拡大し、各国中で最大となった [2]。

米シンクタンクのRhodium Groupも同様の傾向を独自データで裏付ける。新興国が特定品目の輸入の50%超を中国一国に依存する品目カテゴリーの割合は、2019年の15%から2022年には20%に上昇し、新興国の輸入総額の12%に相当する [3]。先進国では同様の品目カテゴリーは輸入全体の7〜8%にとどまり、新興国が構造的に脆弱な立場にあることがうかがえる [3]。

分野別にみると依存の中身は一様ではない。Rhodium Groupの分析によれば、ベトナムは液晶・有機ELパネルや集積回路といった電子機器の半製品輸入国として急成長しているが、その多くはなお中国からの輸入が4分の1から3分の1を占める [4]。アパレル分野ではベトナムやバングラデシュが完成品の世界輸出シェアを拡大させた一方、ポリエステル繊維や綿素材といった川上の繊維中間財では中国が依然として世界首位を維持する [4]。太陽光発電関連でも、マレーシアやベトナムがシリコン系部材の輸出拠点として台頭したが、原料調達面では中国依存からの脱却には至っていない [4]。

国・地域中国依存が集中する分野依存の特徴
ASEAN全体電子部品(液晶・有機ELパネル、集積回路)完成品輸出の増加が中国製中間財輸入の増加とほぼ連動 [4]
ベトナム電子機器の半製品、繊維原料(ポリエステル・綿)完成品の組立輸出は多角化も、上流の中間財は中国依存が継続 [4]
インド永久磁石(希土類磁石)EV・自動車向け磁石の輸入の大半を中国に依存 [5]
インドネシアニッケル精錬・電池材料資源国だが精錬能力の相当部分を中国資本が保有 [6]

これらのデータが示すのは、新興国の対中依存が「輸入総額」という粗い指標ではなく、特定の中間財・部材カテゴリーへの「集中」として進行している点だ。通商白書が「中間財の輸入における対中依存」という表現を用いているのも、この集中構造を踏まえたものと解せる [1]。

2. 供給途絶リスクが顕在化した事例

対中依存が実際の供給混乱として顕在化した事例として、2025年のインド自動車産業の希土類磁石不足が挙げられる。中国商務部は2025年4月、ジスプロシウム・テルビウム・サマリウムを含む7種類の希土類元素について輸出許可制を導入した [5]。インドは2024〜2025年度において永久磁石の輸入の9割近くを中国に依存しており、規制発動の影響は即座に生産現場に波及した [5]。電動二輪車を製造するバジャジ・オートでは、2025年7月の「チェタック」電動スクーターの生産台数が前年同月の20,384台から10,824台へと落ち込んだ [5]。同社は磁石を使用しないモーター設計への切り替えで生産の一部回復を図ったが、供給網の再構築には相応の時間を要した [5]。この事例は、重要鉱物・レアアースのサプライチェーンで指摘される精錬・磁石製造段階での中国の圧倒的シェアが、川下の製造業国に直接的な生産リスクとして波及する構図を示す。

一方、資源国側の対応が新たな依存を生んだ事例もある。インドネシアは2020年以降、未加工ニッケル鉱石の輸出を禁止し国内精錬を義務付けてきた。結果、ニッケル関連の輸出額は2013年の約60億ドルから2022年には約300億ドルへと5倍に拡大した [6]。しかし世界銀行の分析が示すように、急拡大した国内精錬能力の相当部分は中国系企業(青山控股集団、華友鈷業、格林美、力勤資源など)による投資でまかなわれ、精錬能力の広範な部分が中国資本の管理下にあるとされる [6]。「川上から川下への転換」が輸出額増加をもたらす一方、依存の対象を原料輸出から資本・技術へとスライドさせただけという見方も成り立つ [6]。

3. 通商白書が示すデータの読み方

中国からの輸入シェアの上昇そのものは、必ずしも「脆弱性」を意味しない。グローバル・バリューチェーンにおける自然な分業の結果として、特定の中間財を最も効率的に供給できる国から調達するのは経済合理的な行動であり、それ自体はリスクではない。

問題となるのは、OECDが強調する「過度な集中」、すなわち代替可能な供給国が乏しく、かつ当該品目が製造業の川下に不可欠な戦略的品目である場合だ [2]。OECDのレビューは、輸入が集中している品目の割合が1990年代後半に比べて2020年代初頭には約5割増加したと指摘しており、この増加がほぼすべて非OECD諸国において生じている点を重視している [2]。「集中度の上昇」という現象自体が新興国に偏って進行しているというのが、白書とOECDレビューに共通する問題意識だ。

第二に、通商白書は新興国経済への位置づけを単なるリスク分析にとどめていない [1]。目次では「動乱の中の世界経済」の直後に「重要性を増す新興国経済」「新興国経済分析」を配置し、供給網リスクの指摘と新興国市場の成長機会を対にして論じている [1]。対中依存の指摘が警鐘にとどまらず、日本にとっての商機の裏返しとして提示されている構成だ。

第三に、ASEAN諸国の対中貿易赤字の拡大幅も補助指標となる。Rhodium Groupの試算では、ASEANの対中貿易赤字はGDP比で3%から6%へと倍増し、メキシコも2.7%から3.8%へ拡大した [3]。輸入集中度の上昇と貿易赤字の拡大が同時進行していることは、新興国の産業基盤が対中依存を強めながら輸出面でも中国と競合するという、二重の構造的圧力を示している [3]。

4. 日本企業が担いうる代替供給の余地

通商白書は、日本にとっての「勝機は新興国の課題解決にある」と明記している [1]。具体的には、技術力を背景としたエネルギーを含むサプライチェーンの強靱化、工業団地や都市インフラ整備を通じた中小企業を含む日本企業の進出につながる不動産投資、AI等のスタートアップ展開による新技術の実装という3領域が挙げられている [1]。ジェトロが2026年7月に開催したウェビナーでも、エネルギー・不動産・半導体分野の日本企業の展開事例が論点として扱われている [7]。

この位置づけは、日本が中国の輸出規模そのものを代替するのではなく、新興国の産業高度化に必要な「機能」を補完する形で存在感を発揮するという発想に基づく。ニッケル精錬のようにインドネシアが川下加工能力を欲する分野では、中国資本が先行して投資を進めている実態がある [6]。日本企業が同規模で対抗するのは容易ではないが、精錬技術・環境負荷低減技術・品質管理体制といった付加価値の高い領域で選択的に関与する余地は残る。

半導体・電子部品分野も同様だ。ベトナムやインドが電子機器の中間財輸入国として拡大する中、その調達先の4分の1から3分の1が中国製という状況は [4]、逆にいえば残りの3分の2から4分の3が非中国系供給網によって担われていることを意味する。日本の電子部材・製造装置メーカーがこの非中国系シェアの一部を確保することは、量的な代替より質的な補完として現実的な戦略だ。インドの希土類磁石不足のような事態が繰り返されれば [5]、日本製の代替部材・設計支援へのニーズが高まる可能性がある。

5. 対中依存緩和に動く新興国側の政策

新興国側でも対中依存を意識した政策対応が広がっている。インドネシアのニッケル輸出禁止政策は、原料輸出国から加工品輸出国への転換を促し、輸出額を5倍に押し上げる成果を上げた一方、精錬能力の担い手が中国資本に偏る結果を招いた [6]。この経験は、「川上から川下へ」という産業高度化戦略が、必ずしも特定国への依存度自体を引き下げるとは限らないという教訓を残している。

インドの対応はより直接的だ。希土類磁石不足に直面した自動車メーカー各社は、重希土類を使用しないモーター設計への切り替えや調達先の多角化を進めている [5]。中国側も2025年8月に対インド輸出規制の一部緩和を発表したが、自動車メーカーへの実際の供給再開には時間を要しており [5]、政策対応の効果が現れるまでのタイムラグの長さを物語る。

OECDのレビューは、新興国自身による多角化の余地にも言及しており、鉱物資源では中南米・アフリカ、医薬品原薬ではインド、プラスチック関連ではタイとの連携が代替供給網構築の選択肢として挙げられている [2]。「新興国間の相互補完」は、対中依存の緩和が先進国からの一方向的な支援だけでなく、新興国同士の分業再編によっても進みうることを示す。ASEAN域内の製造業立地競争については、インドネシアとベトナムの製造業比較も参考になる。

共通点と相違点

インドネシア・インド・ベトナムの3事例を比較すると、対中依存の形態と各国の対応には共通点と相違点がある。

対中依存の形態とった対応残された課題
インドネシア資源(ニッケル)の川下加工段階への中国資本流入未加工鉱石の輸出禁止、国内精錬の義務化精錬能力の相当部分が中国資本の管理下 [6]
インド完成品(EV・自動車部品)向け中国製磁石への依存モーター再設計、代替調達先の模索代替供給網構築までのリードタイムの長さ [5]
ベトナム中間財(電子部品・繊維原料)の対中輸入依存対米欧輸出拡大による外貨獲得輸出額に占める中国製部品由来の付加価値の高さ [4]

共通点は、いずれの国も完成品・最終財の輸出面では存在感を高めつつ、その裏側で川上の中間財・資本財において対中依存を維持または深化させている点だ。輸出の拡大それ自体が対中依存の緩和を意味しないという逆説は、OECD・Rhodium Group双方のデータが示す構造的な特徴だ [2][3]。

相違点は、各国が選んだ依存緩和策の性質にある。インドネシアは資源政策(輸出規制と国内加工義務化)、インドは技術政策(製品設計の見直し)、ベトナムは市場政策(輸出先の多角化)を主軸としており、産業構造と交渉力の違いを反映している。

注意点・展望

評価には複数の留意点がある。第一に、「中国からの輸入シェアの低下」という表面的指標だけで依存緩和の進捗を判断することは適切ではない。インドネシアの事例が示すように、原料輸出から加工品輸出への転換は統計上の対中輸入依存度を必ずしも改善させず、資本・技術面での依存という形に姿を変える場合がある [6]。

第二に、代替供給網の構築には相応の時間がかかる。インドの希土類磁石不足は2025年4月の規制発動から数か月にわたって影響が継続しており [5]、供給途絶発生から代替調達網が実効性を持つまでのタイムラグは品目の技術的複雑性によって異なる。日本企業の輸出拡大も、短期的な代替というより中長期的な関係構築として取り組む必要がある。

第三に、白書が示す「日本の勝機」という表現は新興国の成長を前提とした機会獲得の話であり、対中依存を構造的に解消する処方箋ではない [1]。新興国の輸入集中度上昇は非OECD諸国に偏って進行しており [2]、その反転は新興国自身の産業政策と主要供給国双方の投資行動に左右される。

Newscoda の見方

通商白書2026が示した「新興国の対中依存で供給途絶リスク」という論点の核心は、依存が輸入総額ではなく特定の中間財カテゴリーへの集中として進行している点にある。OECDの集中度データ(非OECD諸国で1990年代後半の9%から2020年代初頭に60%へ)とRhodium Groupの品目別分析を重ねると、「日本の輸出拡大による依存緩和」がどの品目・どの国で現実的かが見えてくる。

他の解説と異なる視点として、Newscodaはインドネシアのニッケル輸出規制の事例を重視する。輸出額拡大という成果指標の裏で精錬能力の相当部分が中国資本に移った構図は、「対中依存の緩和」を輸入統計だけで判断する危うさを示す反面教師だ。日本企業が代替供給国として存在感を発揮できるかは、量的な代替競争ではなく、精錬技術や工業団地整備といった機能面での選択的関与にかかっている。

今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通りだ。

  • 通商白書2026の本編公表後に示される品目別・国別の対中依存度データ
  • インド自動車業界における希土類磁石の代替調達網構築の進捗
  • インドネシアのニッケル精錬分野における非中国系資本の参入動向
  • 日本の対ASEAN・対インド輸出額(機械・化学品・部材)の四半期推移

関連: 新興国の中所得国の罠とAI時代もあわせてご参照ください。

まとめ

経済産業省の2026年版通商白書は、新興国が中国製部品・中間財への依存を強めた結果、供給途絶リスクが高まっていると指摘し、日本の輸出拡大による依存緩和の余地を提起した [1]。OECDとRhodium Groupのデータは、この依存が輸入総額ではなく特定の中間財カテゴリーへの集中として進行していることを裏付ける [2][3][4]。インドの希土類磁石不足やインドネシアのニッケル精錬事例は、依存緩和の取り組みが単純な成果に結びつくとは限らないことを示す [5][6]。日本企業にとっての現実的な選択肢は、中国の生産規模への対抗ではなく、精錬技術・工業団地整備・新技術実装といった機能面での選択的関与を通じて、新興国の産業高度化に伴走することにあるといえる [1][7]。

Sources

  1. [1]「令和8年版通商白書」及び「通商戦略2026」を取りまとめました(経済産業省)
  2. [2]OECD Supply Chain Resilience Review 2025
  3. [3]How China's Overcapacity Holds Back Emerging Economies — Rhodium Group
  4. [4]China and the Future of Global Supply Chains — Rhodium Group
  5. [5]China Rare Earth Curbs Choke Production by Indian Automakers, Add to Tensions — Bloomberg
  6. [6]Nickel, Steel and Cars — Export Ban and Domestic Value Added in Indonesia(World Bank)
  7. [7]【ウェビナー】通商白書2026のポイント ―激動の世界経済と新興国経済―(ジェトロ)

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