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海底ケーブル地政学:インターネットの物理的基盤を巡る米中の攻防

世界の大陸間通信の95%を担う海底ケーブルが米中の戦略的競合の最前線となっている。HMNテックの排除を進める欧米と反転攻勢に出る中国、太平洋島嶼国が争奪戦の場となり、日本が重要なケーブルハブとして浮上する構図を読み解く。

Newscoda 編集部
霧の中の吊り橋と海面を捉えた広角写真

はじめに

インターネットは「クラウド」の中に存在するイメージで語られることが多いが、その物理的実態は海底に静かに横たわる光ファイバーケーブルの束である。世界の大陸間インターネットトラフィックの95%は、海底に敷設された光ファイバーケーブルを通じて流れる。衛星通信が急速に普及する時代にあっても、コスト・容量・遅延のあらゆる面で海底ケーブルの優位は揺るぎない。2020年末時点で475本、総延長130万キロメートルを超える海底ケーブルが地球の海底を縦横に縫い、年間1.1ゼタバイトを超えるデータを運んでいる[1]。

このインフラが今、国際政治の最前線に浮上している。米国と中国が、海底ケーブルの建設・修理・管理権をめぐって激しい地政学的競合を繰り広げているのである。かつては純粋に商業的な通信インフラとして扱われてきた海底ケーブルが、安全保障上の最重要資産へと再定義された背景には、二つの根本的な変化がある。第一に、クラウドコンピューティングとデジタル経済の爆発的普及により、ケーブルを流れるデータの量と機密性が飛躍的に高まったこと。第二に、中国国有通信企業および「ファーウェイ・マリン(現HMNテック)」が海底ケーブル市場に本格参入し、西側諸国がその戦略的意図を安全保障上の脅威と見なすようになったことである[2]。本稿はこの地政学的競合の構造、主要な事例、日本の役割、そして今後の展望を包括的に分析する。

海底ケーブルの市場構造と中国の台頭

寡占市場の均衡とファーウェイ・マリンの登場

20世紀末から2010年代初頭まで、海底ケーブルの建設・敷設市場は事実上の三社寡占状態にあった。米国のSubCom(旧TE SubCom)、フランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス(ASN)、日本のNEC(日本電気)の三社が市場シェアの約87%を占め、それぞれ東西太平洋・インド洋・アジア太平洋に強みを持つ地域的な棲み分けが自然に形成されていた。この三社はいずれも民主主義国家に本社を置き、政府の機密情報へのアクセスを法的に義務付けられるリスクは限定的と見なされてきた[3]。

この安定した均衡が崩れ始めたのは、ファーウェイ・マリン(後に社名をHMNテックに変更)が2010年代半ばから積極的な低価格戦略で市場シェアを拡大してからである。中国国家の政策的支援を背景にした20〜30%の価格優位性は、コスト意識の高い途上国の通信事業者や財政基盤の弱い島嶼国政府に強い訴求力を持った。大西洋評議会の詳細な調査によれば、2020年10月時点のFCC(米連邦通信委員会)文書において、ファーウェイ・マリンは「世界のケーブルの約4分の1を建設または修理した実績がある」と指摘されており、急速な市場浸透の実態が明らかにされた[1]。

デジタル・シルクロードという包括的戦略

中国のケーブル投資は、商業的論理だけでは説明できない戦略的次元を持つ。「デジタル・シルクロード(DSR)」は、習近平政権の「一帯一路(BRI)」構想の情報通信技術版として2015年頃から政策的に明確化され、海底ケーブル・データセンター・5Gネットワーク・衛星インフラを一体的に整備することで、中国企業のグローバルな通信インフラへの関与を体系的に拡大する方針を定めた。中国移動(チャイナモバイル)、中国電信(チャイナテレコム)、中国聯通(チャイナユニコム)という三大国有通信企業は合計22本のケーブルに出資・参加しているが、注目すべきは、その3分の1超が中国本土にランディングステーション(陸揚げ局)を持たないことである[1]。

これは単なる海外事業展開ではなく、グローバルなインターネットトポロジー(接続構造)そのものの再編を狙う戦略的意図を示唆する。特定の地域のトラフィックを中国経由・中国管理のインフラを通過させることで、データへのアクセスや経路制御において影響力を持てる可能性が生まれる。西側の安全保障当局がこの動きを単なる商業的競争でなく、国家安全保障上の脅威として分類する最大の根拠がここにある。

中国の戦略的経済政策の全体像については、でも分析しているが、デジタル・シルクロードはその情報インフラ版として一体的に理解すべきである。

米国の対抗戦略:クリーンネットワークと積極的介入

体系的排除戦略の確立

米国の対中ケーブル戦略は、オバマ政権期の個別案件審査(FCC・FITEAによる許可制度)から、トランプ政権期に本格化した「クリーンネットワーク」構想による体系的排除へと大きく転換した。クリーンネットワークは、中国企業の技術・機器・アプリケーションを米国関連インフラから排除することを目的とした包括的施策であり、海底ケーブルはその最重要対象の一つとなった。バイデン政権もこの方針を継続し、さらに同盟国を巻き込んだ多国間協調へと発展させた[5]。

最も劇的かつ象徴的な事例がSMW-6(SeaMeWe-6)プロジェクトである。このケーブルは欧州とアジアを結ぶ戦略的基幹ケーブルであり、当初コンソーシアムを形成した主要国際通信事業者の多くはコスト競争力を評価してHMNテックを建設業者として選定していた。しかし米国政府が「HMNテック関与ケーブルの容量を米国企業が購入することを禁止する」という強硬な姿勢を明示したことで、事業者らはビジネス上の損失を覚悟でHMNテックを排除せざるを得なくなった。米国はこのケースを含め、2019〜2023年にかけて少なくとも6件のケーブル関連契約に積極的に介入し、中国企業の参加を阻止したと報告されている[3]。

この「脅し」の有効性は、米国企業が世界の主要海底ケーブルにおいて圧倒的なトラフィックシェアを持つという事実、つまり「市場アクセスの権限」に支えられている。米国市場・米国ユーザーへの接続を必要とするケーブルから中国企業を排除できるというこの非対称的な影響力が、外交的な圧力ツールとして機能しているのである。

HMNテックのパイプライン縮小と市場の変容

一連の介入の結果、HMNテックの受注パイプラインは急速に細化した。同社が建設予定として登録されているケーブルのシェアは、かつての全体の約25%から、現在開発中のプロジェクト全体の約7%まで大幅に低下したとされる[6]。この変化は、商業的な価格競争力や技術力とは無関係に、地政学的圧力が民間インフラ調達の意思決定を支配するという新しい現実を示している。

ただし、排除の効果は地域的に大きな差がある。欧米・日本・オーストラリア・韓国のような先進民主主義国とその同盟国・友好国が関与するプロジェクトではHMNテックの排除が定着しつつあるが、アフリカ・中東・中南米・一部の東南アジア諸国では、コスト優位を背景にHMNテックが引き続き活発に活動している。インターネットの物理インフラにおける「西側系」と「中国系」の分断——「ケーブル・バイファーケーション(二極化)」——が、静かに進行していると言える。

太平洋島嶼国:地政学的争奪戦の最前線

パラオ・ミクロネシアをめぐる攻防

地政学的緊張が最も可視化されているのが、太平洋島嶼国へのケーブル接続問題である。人口数万人から数十万人の小さな島嶼国々が、現代の「通信地政学」における最重要の争奪地点となっている。2020年、パラオが新たな海底ケーブルを国際公募した際、ワシントンは中国系企業の入札を選ばないよう積極的に働きかけた。パラオが持つ戦略的価値は、その経済規模をはるかに超える。米軍基地・訓練施設の存在と、南太平洋の通信ハブとしての地位が、安全保障上の重要性を生んでいる。米国はUSAIDを通じて3,000万ドルのケーブルスパー整備を支援し、パラオを世界最長の海底ケーブル(シンガポール〜米国間)に接続するプロジェクトを実現させた[4]。

最も具体的な多国間対抗投資として国際的な注目を集めているのが、東ミクロネシア・ケーブルシステム(EMCS)である。日本、米国、オーストラリアが共同で9,500万ドルを拠出するこの2,500キロのケーブルは、ミクロネシア連邦(ポーンペイ、コスラエの二島)、キリバス(タラワ)、ナウルを接続する。地理的にも政治的にも分散したこれら島嶼国々への接続確保は、中国の影響が拡大しているインド太平洋地域において、民主主義国家のデジタルエコシステムへの接続を保障するという鮮明な政治的意図を帯びたインフラ外交案件である[4]。

キリバティ問題と島嶼国外交のジレンマ

しかし、西側の戦略が常に意図通りに機能するわけではない。キリバティは2019年、日本・米国・オーストラリアが資金提供するSCOSS(南太平洋光ファイバーシステム)プロジェクトから離脱し、中国系オプションの検討を示唆した。太平洋島嶼国の国家財政基盤の脆弱性と、コスト差に対する感度の高さが背景にある。安全保障上の懸念より目先の経済的合理性が優先される局面が生まれるのは必然であり、これは「インフラ外交における信頼とコストのトレードオフ」という普遍的課題を鮮明に浮き彫りにした[3]。

中国は2019年のキリバティの台湾断交(中国承認への移行)と時を同じくして太平洋島嶼国外交を強化しており、経済援助・インフラ投資・外交パッケージをセットで提供することで、ケーブル問題を超えた影響力の拡大を図っている。この「統合的インフラ外交」に対し、米国・日本・オーストラリアはクアッドの枠組みも活用しながら、より協調した対応を模索している。

日本:ケーブルハブとしての戦略的地位と脆弱性

インフラ・製造・運用の三位一体能力

日本はアジア有数の海底ケーブルハブとして、インド太平洋の通信秩序において独自の戦略的位置を占める。CSISの詳細な分析によれば、日本は北米とアジアを結ぶ通信において「ほぼ全ての米・アジア間帯域」を担う中継点であり、国内に20以上の国際ケーブルランディングステーションと、アクティブまたは計画中の国際ケーブル約30本を擁している[2]。

グーグルが主導する最新鋭のTopazeケーブルシステム(SubComが建設)は、16対の光ファイバーと総容量240テラビット/秒という世界最高水準の性能を持ち、日本を北米・アジア間の主要データ高速道路の要衝に位置づける。製造面では、NECが世界最大級の海底ケーブルシステムメーカーとして国際市場で競争力を維持し、NTTとKDDIはケーブル敷設・修理船を保有・運用する能力を持つ。「製造・敷設・運用」の三位一体的な産業能力を持つ国は世界でも少なく、日本の戦略的価値はこの点でも際立っている[2]。

日本政府は、中国製ケーブルの国内ランディングを原則認めない明示的な政策を採用しており、これはHMNテックを含む中国系ケーブルメーカーへの事実上の排除である。2022年施行の経済安全保障推進法においては、海底ケーブルインフラが「特定重要設備」として指定され、外国資本・外国技術の導入に際しての安全審査が義務付けられている。

集中リスクと強靭化への課題

一方で、日本が抱えるリスクも深刻である。「日本の通信の99%が海底ケーブルに依存している」という事実は、島国地政学の必然的帰結であるが、その集中度の高さが重大な脆弱性を生む。さらに、国内データセンターの80%以上が東京・大阪の二大都市圏に集中しており、単一の大規模な自然災害や物理的攻撃が広域に波及しうる構造的リスクがある[2]。

自然災害による障害も頻発している。東日本大震災の翌年以降も年間複数件のケーブル障害が発生しており、2021年には6件、2022年には4件の国際ケーブル障害が記録されている。有事における対応能力として、日本が保有するケーブル修理船の維持と運用能力が重要な意味を持つ。日本のケーブル修理能力は、同盟国が被害を受けた際の緊急修理支援という観点からも、インド太平洋の安全保障インフラの一部として捉えられつつある。

ケーブル切断リスク:経済戦争の新しい形態

歴史的事例と将来リスクの高まり

海底ケーブルの物理的脆弱性は、実際の事故と想定される安全保障リスクの両面で顕在化している。2008年には船舶のアンカーが海底ケーブルを切断し、中東・インドで7,500万人が通信障害の影響を受けた。この単一の物理的インシデントが広範な社会・経済的混乱を引き起こした事実は、ケーブルインフラの脆弱性を世界に知らしめた。

意図的な妨害の懸念も高まっている。大西洋評議会の包括的な調査報告書は、2014年のロシアによるクリミア半島の実効支配時に、ロシア軍がケーブルインフラを「情報環境のコントロール手段」として標的にした事例を記録している[1]。また、2022〜2024年にかけてのバルト海での光ファイバーケーブル断線事案では、意図的な破壊活動との関連が疑われ、NATO各国が共同調査を実施した。

より深刻な将来リスクは、物理的切断を必要としないサイバー的手法による干渉である。海底ケーブルの遠隔管理・監視システム(NMS:ネットワーク管理システム)のデジタル化が進むにつれ、ネットワークへの不正アクセスによるデータ傍受、信号の選択的遅延・改変、あるいは機器の遠隔操作による障害が技術的に可能となりつつある[1]。これは、現代の経済・情報戦争における新しい形態の脅威であり、従来の軍事力や外交圧力が想定していなかったグレーゾーン事案として各国が対策を急いでいる。

民間ハイパースケーラーの台頭と監督の課題

21世紀の海底ケーブル投資において最も目立つ変化の一つが、グーグル・アマゾン・メタ(旧フェイスブック)・マイクロソフトなどの巨大テクノロジー企業(ハイパースケーラー)の台頭である。これらの企業は独自のケーブルシステムを建設・所有・運用し始めており、民間投資による新規ケーブルのシェアが急上昇している。テレジオグラフィー社の統計では、新規ケーブルへの民間投資は2020年代に入って大幅に増加し、ハイパースケーラーが最大の資金源となっている[3]。

この民間主導の動きは、西側政府にとって諸刃の剣である。中国企業の関与を排除できる一方、安全保障上の監視・監督をいかに維持するかという新たな課題が生まれる。ハイパースケーラーが「ケーブルオーナー」として直接の当事者となることで、従来の許認可・審査制度では対応しきれない複雑な利害関係が生じている。米国では海底ケーブルに関する新たな規制枠組みの検討が進んでおり、「アンダーシー・ケーブル・コントロール法」(仮称)の立法化も議論されている[5]。

EUにおけるデジタルインフラの主権確保政策については、でも論じているが、海底ケーブルはデジタル主権争いの物理的基盤として欧米双方が重視するインフラである。

注意点・展望

海底ケーブルをめぐる地政学的緊張は、短期的な解消が見込めない構造問題として定着しつつある。HMNテックの排除が一定の成果を上げる一方で、中国はアフリカ・中東・中南米向けの独自ケーブルシステムの整備を継続しており、インターネットの物理インフラにおける「西側系」と「中国系」の二極化は静かに進行している。

民主主義国家が提供するケーブルシステムが中国系ケーブルに比べ実際に「安全」かどうかも、技術的に自明ではない。あらゆるケーブルに対する傍受・盗聴の技術的可能性は存在しており、「信頼できるサプライヤー」の定義自体が政治的な含意を帯びている。完全なケーブルセキュリティは存在せず、リスク管理のあり方が問われる。

日本にとっての課題は明確である。NECの国際競争力の維持、ランディングステーションの強靭化、ケーブル修理能力の維持、そしてデータセンターの地理的分散化——これらは喫緊の安全保障・産業政策課題である。同時に、クアッドやG7の枠組みを通じた多国間のケーブルセキュリティ協調を深化させることが、単独国家では対処しきれないグローバルな課題への最も現実的な対応となる。

まとめ

海底ケーブルは現代の国際経済・安全保障秩序を支える最重要物理インフラの一つであり、その支配をめぐる米中の競合は2026年においてさらに深刻化している。米国はHMNテック排除に一定の成果を収め、日本・オーストラリアとの連携で太平洋島嶼国向けの代替インフラを整備しつつある。しかし中国は「デジタル・シルクロード」を通じてアフリカ・中東・中南米での影響力を維持・拡大しており、物理インフラの地政学的分断は現実として進行している。製造・敷設・運用の三位一体の産業能力を保持するケーブルハブとして、日本が果たすべき役割はインド太平洋の通信安全保障において今後一層重要性を増すだろう。


本稿は公開情報に基づく編集部の分析であり、投資助言を目的としない。

Sources

  1. [1]Atlantic Council — Cyber Defense Across the Ocean Floor
  2. [2]CSIS — Strategic Future of Subsea Cables Japan Case Study
  3. [3]CSIS — Safeguarding Subsea Cables
  4. [4]Data Center Dynamics — US Pushes Ban on Chinese Technology in Subsea Cables
  5. [5]Light Reading — US is Winning the Pacific Cable Wars
  6. [6]Telegeography — Submarine Cable Map 2026

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