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カーボンクレジット市場の「信頼性危機」と再生 — ICVCM認証4%の現実とCOP30が拓くArticle 6の新秩序

2024年の自主的炭素市場は取引量が2018年以来最低水準に落ち込み、ICVCM認証クレジットはわずか4%。COP30で承認されたArticle 6.4(PACM)が信頼回復の鍵となるか検証する。

Newscoda 編集部
カーボンクレジット市場の「信頼性危機」と再生 — ICVCM認証4%の現実とCOP30が拓くArticle 6の新秩序

はじめに

自主的炭素市場(VCM: Voluntary Carbon Market)は、企業が法的義務のない場面で温室効果ガス排出量を相殺するためにカーボンクレジットを購入する市場だ。「ネットゼロ」目標を掲げる企業の増加と気候変動対策への社会的圧力を背景に、2021〜2022年には急速な拡大が期待されていた。しかし2024年にVCMは転換点に直面した。取引総額は5億3,500万ドルと前年比29%減少し、取引量も2018年以来最低水準に落ち込んだとされる [2]。市場が縮小した最大の原因は「クレジットの品質に対する信頼の崩壊」であり、2023年にガーディアン紙などが報じた主要プログラムのクレジット過剰発行問題がその引き金となったと分析されている。

この信頼性危機に対処するために設立された自主的炭素市場の整合性評議会(ICVCM: Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)は、2024年3月以降に「コア炭素原則(CCP)」認証の付与を開始した。しかし2025年12月時点でCCP認証クレジットは全発行量(2024年: 約1億9,000万クレジット)のわずか4%に相当する約5,100万クレジットにとどまるとされる [1]。それでも全クレジット市場の発行量の98%をカバーするプログラムがCCP適格承認を受けており、認証クレジットの急速な拡大が見込まれる局面にある。同時に2025年11月のブラジル・ベレンでのCOP30では、パリ協定第6条4項(Article 6.4)の下で設立されたパリ協定炭素市場機構(PACM)の基礎標準が採択され、自発的炭素市場に国連が関与する新たな秩序の端緒が開かれたとされる [3]。

VCMの現状と信頼性危機の構造

市場縮小と需要の二極化

2024年のVCM縮小は取引総額・取引量の両面で確認されているが、需要(クレジット償却)は1億8,200万トンと4年連続で1億7,500〜1億8,000万トンの安定圏にある [2]。つまり企業側の実質的な排出相殺需要は維持されているが、新規のクレジット購入契約締結が抑制されているという構図だ。背景には、品質懸念から企業のサプライヤー選別が厳格化し、価格・品質の確認が取れるまで購入を見合わせる傾向があるとされる。

価格水準には著しい格差が生じている。MSCIが分類する高品質クレジット(A〜AAA格)は1トンあたり14.80ドルで取引される一方、低品質クレジット(CCC〜B格)は3.50ドルにとどまる [2]。さらに「排出回避型」クレジット(過去の排出量を削減・抑制したとされるもの)の中でも、旧来型の自然由来回避クレジット(REDD+など)は2025年3月に1ドル/トン割れという歴史的低水準を記録したとされる。一方で「除去型」クレジット(大気中からCO2を物理的に除去したことを証明するもの)は回避型比で381%のプレミアム(2023年は245%)で取引されており、市場の二極化が一段と鮮明になっている [2]。

除去型クレジットの台頭

除去型クレジットへの需要増加は市場の質的転換を示している。バイオチャー(炭素を長期固定する土壌改良材)クレジットが約187ドル/トン、強化風化(Enhanced Weathering、岩石粉砕による大気CO2の鉱物化)が約349ドル/トンという高値で取引される局面も確認されているとされる [2]。これらの技術的除去クレジットは科学的な追跡可能性が高く、「永続性(permanence)」「追加性(additionality)」「測定可能性(measurability)」というクレジット品質の三要件を満たしやすいとされる。

しかし除去型クレジットの供給量はまだ極めて少なく、価格が高いため中小企業が利用しにくいという課題がある。また、DACS(直接空気回収)などの先端技術によるクレジットは現状では数百ドル/トン以上のコストが必要であり、VCMの主流になるには数年を要するとされる [1]。日本国内の炭素市場との関連については日本のGX義務的炭素市場の設計と課題でも論じているが、日本が検討する規制型と自主型の組み合わせはこの質的転換のトレンドと符合する。

ICVCM認証の現状と課題

CCPの枠組みと進捗

ICVCMは2022年に設立された独立機関であり、カーボンクレジットの質的基準「コア炭素原則(CCP)」を策定・認証する役割を担っている [1]。CCPは10の原則(追加性・永続性・測定可能性・真正性など)に基づき、これを満たすクレジットにCCPラベルを付与することで市場参加者が品質確認できる仕組みを提供する。

2024年3月以降に8つのカーボンクレジット・プログラム(Verra、Gold Standard、American Carbon Registry等)がCCP適格として承認されたとされる [1]。これらのプログラムは市場全体の発行量の98%をカバーする。承認を受けたプログラムに対してICVCMは個別の方法論(プロジェクト設計の手引き)の審査を行い、2026年5月時点で38以上の方法論を承認済みとしている。

ただし、2025年12月時点のCCP認証クレジット実数は約5,100万クレジットと全発行量の4%にとどまる [1]。これはプログラム承認はされたものの、各プロジェクトが実際にCCPラベルを取得するための個別審査・ラベリングのプロセスに時間を要しているためだ。市場の84%がリスク高と評価されるクレジットで構成されている現状は、認証プロセスの加速が急務であることを示している [2]。

VCMI需要サイドの整合性

クレジットの供給サイドのIICVCMと並んで、需要サイドの企業行動を規律するのがVCMI(自主的炭素市場整合性イニシアティブ)だ。VCMIは企業がカーボンクレジットをどのように自社の気候目標と整合的に活用できるかのガイダンスを整備しており、「カーボン・インテグリティ・クレームコード」として三段階(プラチナ・ゴールド・シルバー)の認証スキームを提供するとされる [5]。

この需要サイド・整合性の取り組みは、企業が自社のネットゼロ戦略において「排出削減努力の代替」としてではなく「残余排出の相殺」としてクレジットを活用するという原則の明確化を意図している。企業の気候目標設定機関SBTi(Science Based Targets initiative)との整合性確保も課題として残っており、グリーンウォッシング批判を避けながらVCMを有効活用するための実務的な枠組みの整備は継続中だ [5]。

COP30とArticle 6.4の新秩序

ベレン合意の内容と意義

2025年11月にブラジル・ベレンで開催されたCOP30は、パリ協定のルールブック完成という観点で「Article 6.4」に関する重要な決定をもたらした [3]。決定の主要内容は次のとおりとされる。第一に、パリ協定炭素市場機構(PACM)の基礎標準(追加性・測定・報告・検証の要件)を採択した。第二に、1997年の京都議定書から続くCDM(クリーン開発メカニズム)を2026年末に正式廃止することが決定された。第三に、初のPACM方法論として「埋立地ガス焼却(LFG Destruction)」が承認された。

CDMの廃止は象徴的な意味を持つ。CDM下で発行された多くのクレジットは品質懸念の象徴とされており、その廃止とPACMへの移行は「新しい品質基準の下での市場の再出発」を宣言するものとされる [4]。PACMの初クレジット発行目標は2026年末であり、実際にPACMクレジットが市場に流通し始めることで、VCMへの信頼回復の試金石となるとみられる。

Article 6全体の進捗と課題

COP30ではArticle 6.2(国家間の二国間協力クレジット)についても進展があり、複数の二国間協力協定の枠組みが承認されたとされる [3]。しかし、Article 6全体の実施にはまだ多くの技術的・制度的課題が残っている。特に「対応調整(corresponding adjustment)」——ある国が他国にクレジットを移転する場合、移転国の国家目標(NDC)からそのクレジット分を差し引く会計上の調整——の実施方法については、複雑な技術的交渉が続いているとされる [5]。

対応調整は市場の健全性にとって必須だが、これを厳格に適用すると国家目標(NDC)の達成を困難にするリスクがあり、特に開発途上国からの反発がある。また一部の国はNDCの達成に使わないクレジット(ITMO)を輸出する際の対応調整要件を緩める「作り置き(hot air)」問題が懸念されている [4]。COP30で採択された基礎標準がこれらの問題に十分に対処しているかどうかについては、専門家の間でも評価が割れているとされる [6]。

市場成長の見通しとグリーンファイナンスとの接点

2026年以降の市場回復シナリオ

VCMの市場規模は2026年に約33億ユーロ、2035年には150億ユーロに達すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は20.6%と試算される [2]。この成長シナリオが実現するためには、COP30で開始されたPACMの早期稼働、ICVCMによるCCPラベリングの加速、VCMIによる需要サイド整合性の普及という三つの条件が揃う必要があるとされる。

企業の観点からは、EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の導入・拡大を背景に、炭素価格に関連するコスト認識が高まっており、これがVCMへの関心を高める要因になると期待されている [2]。また、企業サプライチェーンでのScope 3排出量の削減義務化議論が進む中、自社削減努力だけでは賄えない排出量を高品質クレジットで補完するというアプローチへの需要は持続するとみられる。

グリーンボンド・サステナビリティリンクローンなどの気候関連の資本市場商品とVCMの関係については、グリーンボンド市場の拡大とサステナブルファイナンスの課題で詳述している。カーボンクレジットとグリーンファイナンスを組み合わせた「トランジション・ファイナンス」の設計は、特に新興国の脱炭素移行を支援する文脈で重要性を増している。

気候リスクと市場の整合性

VCMが本来の機能を果たすためには、価格シグナルが実際の排出削減・除去の限界費用を適切に反映している必要がある。保険産業が気候リスクの上昇を受けて撤退を選択しているセクター(洪水・山火事・ハリケーン被害保険など)においては、物理的な気候損失が顕在化しており(気候リスクと保険産業の撤退問題参照)、VCMクレジットの価格が現実の気候ダメージコストとどれほどかけ離れているかが改めて問われている [5]。「1.5度目標」を達成するためのカーボン・バジェットとVCMの役割については、多くの気候科学者がVCMは「削減努力の代替でなく補完であるべき」という点を強調しており、この原則がVCMIのガイダンスにも反映されているとされる [6]。

注意点・展望

2026年後半以降のVCMを規定する主要変数として三点が挙げられる。第一にPACMの実際の稼働状況で、2026年末の初クレジット発行が予定通りに進むかどうかが市場の信頼回復の象徴的な意味を持つ。第二にICVCMによるCCPラベリングのペースで、現行の4%から急速に市場シェアを広げることができれば、VCMのベースライン品質向上に貢献するとされる [1]。第三に主要企業・政府のVCM調達方針で、高品質クレジットへの需要が集中することで低品質クレジットの市場からの退出が加速するかどうかが問われる。

CDMから引き継がれた「レガシー問題」の一つに、大量の未使用CDMクレジット(CERs)の取り扱いがある。COP30でCDMの2026年末廃止が確定した一方、既存CERのPACM移行(キャリーオーバー)を巡る交渉は継続中であり、この問題の決着がVCMの価格に影響を与える可能性がある [3]。過剰なCERが市場に流入すれば価格を押し下げ、逆に厳格な移行基準が設けられればクレジット供給が引き締まるという二方向のリスクが存在する [4]。

まとめ

2024年の自主的炭素市場は取引量・取引額の双方が落ち込み、ICVCM認証クレジットが全発行量のわずか4%という「信頼性危機」の深刻さを示した。しかし需要の実態(クレジット償却量1億8,200万トン)が底堅いことは、企業の気候目標実現へのコミットメントがVCMへの構造的な需要を下支えしていることを示している。COP30でのPACM基礎標準採択とCDM廃止決定は、国連が主導する「新しい品質秩序」への移行の起点となるとされる。除去型クレジットへの需要集中と価格プレミアムの拡大は市場の質的転換を示しており、ICVCMのCCPラベリング加速とVCMIの需要サイド整合性普及が実現すれば、2026年以降の市場回復シナリオは現実的なものとなる。ただし認証・検証・報告の実務的な課題とレガシー問題の決着が伴わなければ、信頼回復は道半ばにとどまるとされる。

Sources

  1. [1]CCP Impact Report 2025 — Integrity Council for the Voluntary Carbon Market
  2. [2]2025 State of the Voluntary Carbon Market — Ecosystem Marketplace
  3. [3]COP30 Key Outcomes for Carbon Markets — Morgan Lewis
  4. [4]COP30 Key Outcomes Agreed at the UN Climate Talks in Belem — Carbon Brief
  5. [5]Are Article 6 Carbon Market Rules Fit for Purpose? — Carbon Market Watch
  6. [6]COP30 Carbon Markets Article 6 Outcomes — Sylvera

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