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プラチナ相場の新章 — 水素経済と脱炭素がPGM需要構造を塗り替える

白金(プラチナ)・パラジウム・ロジウムといったPGM(白金族金属)の需要構造が転換点を迎えている。排ガス触媒から水素経済の要素材へ——複数のトレンドが交錯するPGM市場の現状と見通しを解説する。

Newscoda 編集部
光沢のある銀色の貴金属インゴットが積み重なるシーン

はじめに

白金(プラチナ)の国際先物価格が2025年2月にトロイオンス2,300ドルを突破し、節目水準を初めて上抜けた [7]。この価格上昇の背景には、中国市場での燃料電池車(FCV)向け需要の拡大と、欧州自動車排ガス規制の見直しによる触媒用途の再評価があった。伝統的な「自動車排ガス触媒」の素材というイメージを超えて、プラチナは「水素経済の要素材」としての新たなポジションを確立しつつある。

プラチナ・パラジウム・ロジウムを総称するPGM(白金族金属)の市場は、EV化による自動車産業の変容と水素社会の萌芽が交錯する複雑な需給構造にある。2026年は世界プラチナ投資協議会(WPIC)が「4年ぶりの供給超過転換の可能性」を示す一方で、水素関連需要の中長期的成長期待がプラチナ価格の下支えとなるという二重の力学が働く年となっている [1]。PGM市場の現状と構造変化を多面的に解析する。

自動車触媒需要の地殻変動

パラジウム離れとプラチナ代替の加速

PGMの最大用途は、自動車エンジンの排ガス処理に用いられる三元触媒(TWC)だ。ガソリン車向け触媒の主要成分はパラジウム(Pd)で、ディーゼル車向けにはプラチナ(Pt)が多く使われる。2000年代以降、欧州でのディーゼル優位が終焉し、ガソリン・ハイブリッド中心に移行したことでパラジウム需要が急騰する一方、プラチナは相対的に割安に推移した時期が続いた。

しかし、2023〜2025年にかけて欧州の自動車排ガス規制(Euro 7基準)の施行をめぐる議論が起きるなかで、プラチナとパラジウムの触媒混合比の見直しが進んでいる。高騰したパラジウムの代替としてプラチナを使用する技術開発が進み、2025〜2026年にかけてその代替量は年間数十万トロイオンスに及ぶと推計される [6]。自動車触媒という旧来の用途においても、素材選択のリバランスが起きている。

電動化による触媒需要の長期的変容

BEV(バッテリーEV)の普及は、排ガス触媒市場の長期的縮小を意味する。ただし、完全EV化には時間がかかり、2030年代まではハイブリッド車・プラグインハイブリッド・天然ガス車なども混在するため、触媒需要はゼロにはならない [2]。むしろ、FCVが増加する路線では排ガスの代わりに水の水蒸気しか排出しないが、FCスタック(燃料電池スタック)にはプラチナが触媒として必要であり、これが新たな需要柱となる。

EVウィンターと欧米自動車メーカーの戦略見直しが示すように、BEV化の歩調は当初の想定より遅れており、ハイブリッド中心の移行期が延長される見通しだ。この延長はプラチナ・パラジウムの触媒需要にとって下支えとなる。

水素経済がPGM需要に与えるインパクト

電解槽と燃料電池スタック:二つの成長市場

水素経済においてプラチナが必要とされる場面は大きく二つある。第一が水の電気分解(水電解)によるグリーン水素の製造で、プロトン交換膜(PEM)型電解槽の触媒にプラチナ・イリジウムが使用される。第二が燃料電池スタックで、水素を酸素と反応させて電気を取り出すPEM型燃料電池の電極触媒にプラチナが不可欠だ [2]。

WPICの予測では、水素関連のプラチナ需要は2023年時点の約4万トロイオンスから2030年には90万トロイオンスへ、実に20倍超に成長するシナリオが示されており、2030年の総プラチナ需要の約11%を占めるとされる [1]。これが実現すれば、水素は自動車触媒に次ぐ第二の主要用途に浮上することになる。ジョンソン・マッセイの分析では、燃料電池モビリティ(輸送)用途と固定式発電用途が水素関連需要の双璧を成し、前者だけで2030年に60万トロイオンスを超える見通しとされる [2]。

中国市場の特異性と重要性

水素関連PGM需要において最も注目される市場が中国だ。中国政府はFCVの普及を国家戦略として推進しており、バスや大型トラックを中心に燃料電池スタックの採用が進んでいる [7]。中国の燃料電池車の年間普及台数は2025年時点で数万台規模だが、政府補助金と水素インフラ整備(水素ステーション拡充)が後押しし、今後5〜10年で市場規模は飛躍的に拡大する見通しが多い [3]。中国のプラチナ需要の急増は、南アフリカの鉱山会社にとっても事業計画の前提として組み込まれてきている。

グリーン水素が世界経済に与えるインパクトを論じた既稿でも触れたように、水素サプライチェーンの構築コストと政府補助依存の課題が残るが、PGM需要への波及効果は現実の投資計画として進行している。

供給の地政学的集中とリスク

南アフリカ依存という構造

プラチナの供給は高度に地理的に集中している。南アフリカが世界総供給量の約70〜75%を担い、次いでロシア(主にノリルスク・ニッケル)が15%前後を占める [4]。この集中構造は、南アフリカの電力不足(ロードシェディング)・鉱山労働争議・インフラ劣化によるサプライリスクと常に隣り合わせであることを意味する。

2025〜2026年にかけて、南アフリカの電力問題は依然として解消されておらず、主要鉱山会社(アングロアメリカン・プラチナム、インプラッツ、シバニエ・スティルウォーター等)は生産コスト抑制と設備更新の間で難しいバランスを迫られている [4]。供給側の制約が、水素需要の本格化前にも価格を下支えする要因として働いている。

2026年の需給見通し:供給超過への転換点?

WPICは2026年に4年ぶりの供給超過(約2万〜3万トロイオンス規模)に転じる可能性を示唆している。投資需要の一時的な減退と、触媒需要の緩やかな回復を組み合わせた試算に基づく [1]。これが短期的な価格上昇の頭を押さえる要因になる可能性がある一方、水素需要という「期待」が投資家センチメントを支える構図も続いている。

実需(自動車触媒+水素)と投資需要(ETF・先物)の双方が動く複合的な価格形成において、2026年下半期は中国のFCV普及ペースと欧州の水素プロジェクト進捗が値動きの鍵を握るとアナリストは見ている [7]。

注意点・展望

プラチナ相場の見通しには複数の不確実性が残る。水素需要の立ち上がりには政府補助・インフラ整備・コスト低下という三つの条件が揃う必要があり、特に水電解装置コストの急速な低下が補助なしでの採算性を早める鍵となる [3]。

また、プラチナを使わない触媒代替材料の研究(例:ニッケルや鉄系触媒)が並行して進んでおり、プラチナ需要の長期的な下押し要因となる可能性もある。Johnson Mattheyなどの研究機関は「プラチナ使用量の低減」に関する論文も発表しており、技術的代替リスクを完全に排除することはできない [2]。

一方、パラジウムとの価格差縮小が「プラチナへの触媒代替」を促す経済的動機を持続させ、中国FCV政策と水素グローバル投資の加速が2030年に向けて需要を底上げするシナリオは依然として中核的な見通しとして存在する。

まとめ

PGM市場は、自動車電動化という旧来の用途縮小圧力と、水素経済という新たな需要フロンティアが交錯する複雑な転換期にある。プラチナは2025年に価格の歴史的高値圏に達し、2026年は「需給均衡の微妙な瞬間」にある [1]。だが中長期的に見れば、水素電解槽と燃料電池スタックの普及が本格化する2028〜2032年にかけて、プラチナ需要の質的変化は不可逆なものとなっていくだろう。供給の地政学的集中、技術代替リスク、投資家センチメントの変動——これら三つのファクターを統合的に読むことが、PGM市場を理解する鍵となっている。

Sources

  1. [1]Platinum Essentials - World Platinum Investment Council (WPIC)
  2. [2]Platinum: a crucial enabler of hydrogen in the energy transition
  3. [3]Platinum Group Metals in the Hydrogen Economy Midstream
  4. [4]Green Hydrogen Metals Market Outlook - SFA (Oxford)
  5. [5]PGM demand for energy transition grows
  6. [6]Platinum demand outlook lifted higher by series of new global hydrogen fuel cell buildouts
  7. [7]Could Platinum Go Even Higher in 2026?

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