個人マネーが未公開株に届く回路 — セキュリティトークンと公募投信の実像
SBIと東京海上アセットマネジメントが未公開株連動デジタル証券を投入し、個人の未上場企業投資への参入障壁が下がりつつある。米SECの規制論争と併せ、新回路の仕組みとリスクを整理する。
はじめに
未上場企業の株式に投資するプライベートエクイティ(PE)は、これまで機関投資家や富裕層に限られた資産クラスだった。最低投資額が数千万円から数億円に達することが多く、契約期間も10年前後に及ぶファンドが一般的で、個人が参入する余地はほとんどなかった。運用の担い手も年金基金・保険会社・大学基金といった長期資金を持つ機関投資家に限られ、個人投資家にとっては存在は知られていても手の届かない資産クラスであり続けてきた。
しかし2026年、この構図に変化の兆しが見え始めている。SBI証券と東京海上アセットマネジメントは、ブロックチェーン技術を用いたデジタル証券(セキュリティトークン)を通じて、非公開株式を裏付けとするファンド持分を個人向けに提供する取り組みを進めている。同様の動きは米国でも加速しており、証券取引委員会(SEC)は2026年3月、非公開市場の評価手法や流動性管理、投資家保護をテーマにした公開ラウンドテーブルを開催した。
個人マネーが未公開株に届く新しい回路がどのような仕組みで成り立ち、どのようなリスクを伴うのかを、日米の一次情報から整理する。家計の資産運用行動の変化については新NISAが変えた日本の個人投資行動、金融当局の体制変化については金融庁「二監督局」体制への転換も参照されたい。
個人マネー流入の背景
家計金融資産の大きさとNISA後の物色先
日本の家計金融資産は2026年3月末時点で2,386兆円と過去最高水準を更新し、現金・預金比率は初めて50%を割り込んだ。新NISAの恒久化・拡充を機に株式投資への資金シフトが進んだことが背景にあるが、上場株式やインデックス投信への資金流入が一巡した後の「次の投資先」として、プライベート資産が意識され始めている。この巨大な家計資産のうち、なお過半が預金・現金という低リターン資産に滞留している構図は変わっておらず、運用会社にとってはプライベート資産という新しい商品ラインナップが、預金からの資金移動を促す新たな訴求軸として位置づけられている。
資産運用業協会の統計によれば、公募投資信託の純資産総額は2026年6月末で359兆9,199億円に達し、株式投資信託が343兆1,210億円、公社債投資信託が16兆7,989億円という内訳になっている。一方、私募投信は同年2月末時点で120兆3,930億円規模に及ぶ。私募投信には未上場株や貸付債権を組み入れる商品も含まれており、プライベート資産の裾野は公募・私募の両輪で広がりつつある[5]。ただし公募投信全体に占めるプライベート資産組み入れ型商品の比率は、株式・公社債の伝統的資産と比べればなお小さく、市場としては黎明期にある。
政府のスタートアップ投資目標
もう一つの背景は、政府が掲げるスタートアップ育成の政策目標だ。2027年度までにスタートアップへの投資額を10兆円規模に引き上げ、ユニコーン企業を100社創出するという目標が掲げられており、2021年時点でユニコーンが6社にとどまっていたことを踏まえると、達成には投資の裾野拡大が不可欠となる。従来、日本のスタートアップ資金調達はベンチャーキャピタルや事業会社のコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)が主な担い手であり、個人マネーが直接流入する経路は限られていた。
個人マネーを未上場企業の資金調達経路に組み込むことは、この政策目標と軌を一にする動きとして位置づけられる。金融庁は2026年2月に公表した文書で「資産運用立国」の実現に向けた進捗を報告し、家計資産の運用収益向上と成長資金の供給拡大を両輪とする方針を示している[4]。同庁が7月に公表したプログレスレポートでも、資産運用会社から確定拠出年金運営管理機関、プライベートエクイティのゼネラル・パートナーに至るまでを横断した監督のあり方が論点として取り上げられており、プライベート資産を巡る制度整備は金融行政の重点分野の一つとなりつつある[3]。
新しい参入経路の仕組み
SBI×東京海上のセキュリティトークン型ファンド
SBI証券と東京海上アセットマネジメントが提供する商品は、非公開株式を裏付けとするデジタル証券として設計されており、ブロックチェーン技術によって従来型のデジタル証券よりも仲介コストを抑えられるとされる。投資対象となるファンドは主に国内企業向けで、資金の約3分の2を大企業向け、残りを農業からテクノロジーまで多様な業種のスタートアップに振り向ける構成となっている。1口あたりの最低投資額はおおむね100万円程度に設定されており、従来のPEファンドが要求してきた数千万円単位の最低投資額と比べて大幅に引き下げられている。
セキュリティトークンという形式を採用する狙いは、単なる技術的な目新しさではない。従来のファンド持分は証券会社・信託銀行・事務代行会社など複数の仲介者を経由して管理されており、口座管理や分配金計算のたびに紙ベースの事務処理コストが発生していた。ブロックチェーン上で持分を記録・移転する仕組みに置き換えることで、これらの事務コストを圧縮し、最低投資額の引き下げを事務コスト面から下支えする効果が期待されている。
公募投資信託によるプライベート資産組み入れ
セキュリティトークンを介さない経路としては、公募投資信託の枠組みでプライベート資産を組み入れる商品設計も広がっている。金融庁が2026年7月に公表した「資産運用サービス高度化に関するプログレスレポート2026」は、資産運用会社・信託銀行・生命保険会社・確定拠出年金運営管理機関からプライベートエクイティのゼネラル・パートナーまでを横断したモニタリング結果をまとめたもので、プライベート資産を含む商品組成・販売プロセスの適正化が論点として取り上げられている[3]。公募投信としての体裁を取ることで、個人投資家にとってはNISA口座内での保有や、証券会社の通常の取引システムを通じた売買が可能になるという利点がある。
両者の経路には、参入の容易さとファンド設計の柔軟性という点で対照的な特徴がある。
| 比較項目 | セキュリティトークン型 | 公募投信組み入れ型 |
|---|---|---|
| 最低投資額 | 約100万円程度 | 通常の投信と同水準(数千円〜) |
| NISA口座での保有 | 商品により異なる | 対応商品であれば可能 |
| 持分の記録・移転 | ブロックチェーン上で管理 | 従来型の受益証券管理 |
| 投資対象の透明性 | 個別ファンド単位で開示 | 目論見書ベースの開示 |
| 解約・換金の柔軟性 | 限定的(商品ごとに規定) | 投信の解約ルールに準拠 |
いずれの経路も、プライベート資産特有の低流動性という制約からは逃れられない。形式が公募投信であっても、裏付け資産が非公開株式である以上、日々の時価評価や即時の換金性は上場株式投信と同列には扱えない点は共通している。
米国の先行事例と規制論争
SECのリテイル化ラウンドテーブル
米国では日本より一歩先に、確定拠出年金(401k)を含む個人資金がプライベート市場に流入する動きが進んでいる。SECは2026年3月4日、投資運用部門主催で「非公開市場の評価とリテール投資家アクセス拡大」をテーマにした公開ラウンドテーブルをワシントンの本部で開催した[1]。アトキンス委員長らが登壇した冒頭発言では、成長と技術革新を取り込みながら投資家保護のガードレールを維持する「責任あるリテール化」という表現が用いられている[2]。
ラウンドテーブルは2つのパネルで構成され、規制当局と業界関係者の双方が、非公開市場のリテール化拡大をどう捉えているかについて意見を交わした。討議の中心となったのは、時価評価の妥当性、解約請求が集中した際の流動性管理の枠組み、そして投資家に対する情報開示のあり方という3つの論点であり、いずれも日本のプライベート資産商品にも共通する課題である。この会合は、非公開資産を組み入れた投資信託(CIS)の保有拡大と個人参加の増加を受けて、評価手法の頑健性と一貫性を確保するためのガイダンス整備を求める国際証券監督者機構(IOSCO)の2026年ワークプログラムとも軌を一にする[6]。
エバーグリーンファンドの急成長と手数料問題
米国で急拡大しているのが、償還期限を定めず四半期ごとの限定的な解約枠を設ける「エバーグリーン型」のプライベートエクイティ・ファンドだ。この種のファンド数と運用資産は過去数年で数倍規模に拡大しており、ベンチャーキャピタルやグロースエクイティの分野でも同様の商品設計が広がっている。四半期ごとのネット資産価値(NAV)算定と、限定的な解約枠による疑似的な流動性の提供が、この商品類型の特徴であり、伝統的なクローズドエンド型PEファンドと上場投資信託の中間に位置する設計といえる。
一方でSECのラウンドテーブルでは、一部のエバーグリーン型ビークルが未実現益に対しても四半期・年次ベースで成功報酬を賦課する、ヘッジファンド型の手数料体系を採用し始めている点が新たな論点として浮上した。この構造は伝統的なPEファンドの「実現益に対してのみ課金する」原則とは異なり、ファンドの評価額が実際の売却によって裏付けられる前に運用者側の報酬が発生する点で、投資家保護の観点から注視が必要とされる。個人投資家にとっては、目論見書に記載された手数料体系が「いつ」「何に対して」課金されるのかを確認することが、伝統的な株式投信以上に重要になる。
個人投資家が直面するリスク
流動性・評価・手数料の構造
未公開株は上場株式と異なり、日々の市場価格が存在しない。ファンドの基準価額は独自の評価モデルに基づく推計値であり、実際に売却する局面で評価額どおりの価格が実現する保証はない。エバーグリーン型ファンドが四半期ごとの解約枠を設けているのも、裏付け資産である未公開株そのものの流動性の低さを反映した設計であり、解約需要が集中する局面では十分な換金ができない可能性がある。株式市場の急落局面では、上場株式を投資対象とする投信であれば市場価格に基づいて即座に解約対応ができるのに対し、プライベート資産組み入れ型のファンドは評価の見直しに時間を要し、解約請求への対応が遅れるリスクを構造的に抱えている。
手数料体系についても、伝統的な株式投信が信託報酬という単一の料率で説明されるのに対し、PEファンドは管理報酬(運用資産に対する固定料率)と成功報酬(運用益に対する歩合)の二階建て構造を取ることが一般的であり、商品性の複雑さが個人投資家の理解を難しくしている面がある。
情報の非対称性
上場企業と異なり、非公開企業は有価証券報告書等による継続的な情報開示義務を負わない。ファンド運営者が投資先企業から得る情報と、個人投資家がファンドを通じて得られる情報の間には、本質的な非対称性が存在する。日本のセキュリティトークン型商品も、対象企業の財務情報がどこまで開示されるかは商品ごとに異なり、投資判断に際してこの点を確認する必要がある。
こうした非対称性は、ファンド組成会社に対する信認をどこまで置けるかという問題にも直結する。伝統的な機関投資家は、投資判断に先立って投資先企業への詳細なデューデリジェンスを自ら実施する体制を持つが、個人投資家がそれと同等の検証を行うことは現実的ではない。ファンド組成会社の審査プロセスとガバナンス体制の質が、実質的に個人投資家のリスク管理を代替する役割を担うことになる。
注意点・展望
プライベート資産の個人開放は、成長資金の供給源を広げるという政策的意義を持つ一方、伝統的な公募株式投信とは異なるリスク構造を個人投資家が十分に理解しないまま参入する懸念も指摘されている。IOSCOが2026年のワークプログラムで非公開市場向け商品の評価手法整備を優先課題に掲げたことは、各国の規制当局がリテール化の速度に評価・開示インフラの整備が追いついていないと認識していることの表れといえる[6]。日本でも金融庁のプログレスレポートが商品組成・販売プロセスの適正化を論点化しており、今後は情報開示の標準化や解約制限の明確化といった制度整備が焦点になるとみられる。
Newscoda の見方
本サイトとして注目するのは、個人マネーのプライベート市場参入が「貯蓄から投資へ」の延長線上にある政策目標である一方、上場株式投資とは根本的に異なるリスク管理能力を個人に求める点だ。NISAが広げたのはあくまで流動性の高い上場商品への投資裾野であり、未公開株ファンドへの拡張は質的に異なる一歩である。
多くの解説は新商品の登場そのものに焦点を当てがちだが、Newscodaとしては日米の規制当局がほぼ同時期に評価手法・手数料構造の透明性を論点化した点を重視する。商品供給が先行し、投資家保護インフラの整備が後追いになる構図は、過去の金融商品普及の歴史でも繰り返し観察されてきたパターンだ。
今後6-12か月で観察すべき変数:
- 金融庁による資産運用サービス高度化の追加方針とプライベート資産関連の監督強化の有無
- SBI・東京海上以外の金融機関によるセキュリティトークン型商品の追随参入
- IOSCOの評価手法ガイダンス策定の進捗
- 米国エバーグリーンファンドにおける手数料開示規制の動向
- 国内公募投信のプライベート資産組み入れ比率の推移
まとめ
個人マネーが未公開株に到達する経路は、セキュリティトークンと公募投資信託という二つの形で具体化しつつある。背景には家計金融資産の投資シフトと政府のスタートアップ育成目標があり、最低投資額の引き下げが参入障壁を下げている。しかし米国のSECラウンドテーブルが示したように、流動性・評価・手数料といった構造的リスクへの理解と、それに対応する規制インフラの整備は道半ばだ。個人投資家にとっては、商品の新規性に注目するだけでなく、上場株式とは異なるリスクの性質を見極める視点が求められる。
Sources
- [1]SEC Announces Roundtable on Private Markets Valuation As Retail Investor Access Accelerates
- [2]Opening Remarks at Private Markets Roundtable (SEC Division of Investment Management)
- [3]Publication of "Progress Report 2026 for Advancing Asset Management Services in Japan" — FSA
- [4]金融庁「資産運用立国」実現に向けた進捗(2026年2月)
- [5]数字で見る投資信託(2026年6月末)— 一般社団法人 資産運用業協会
- [6]IOSCO 2026 Work Program
よくある質問
- セキュリティトークン型の未公開株ファンドとは何か?
- ブロックチェーン技術を使ってファンド持分をデジタル証券として発行する仕組み。中間業者を減らして発行・管理コストを抑えられるとされ、日本では2026年に非公開株式を裏付けとする商品が初めて登場した。
- 個人はいくらから未公開株ファンドに投資できるのか?
- 新たに登場した商品では1口おおむね100万円程度からとされ、従来の未公開株投資が数千万円単位の最低投資額を求めていたのに比べて参入障壁が大きく下がっている。
- 公募投資信託でプライベート資産を組み入れる動きはどこまで進んでいるか?
- 日本の公募投信市場は2026年6月末で純資産総額359兆円規模に達し、未上場株・貸付債権などプライベート資産を組み入れる商品の残高も拡大が続いている。ただし私募投信全体との比較ではなお小さい規模にとどまる。
- 米国の規制当局はリテール化をどう見ているか?
- SECは2026年3月に非公開市場の評価・流動性・投資家保護をテーマにした公開ラウンドテーブルを開き、責任あるリテール化を掲げつつ、エバーグリーン型ファンドの手数料構造など新たな論点を提起した。
- 個人投資家が注意すべきリスクは何か?
- 流動性の低さ、時価評価の難しさ、未実現益に対する成功報酬の賦課方式など、伝統的な公募株式投信とは異なるリスク構造を持つ点が国内外の規制当局から指摘されている。
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