オピニオン

千葉県九十九里沖のCO2貯留計画 — 試掘許可と地元4団体の抗議が交錯する2年間

京葉臨海コンビナートのCO2を九十九里沖の海底に貯留する「首都圏CCS事業」は、2026年4月に試掘許可が下りた一方、地元4団体が透明性不足を訴え抗議した。制度整備から試掘実施までの時系列と、賛否の論点を整理する。

Newscoda 編集部

背景

出発点となった状況

千葉県は京葉臨海コンビナートという日本最大級の産業集積地を抱え、製造業由来のCO2排出量が全国で最も多い都道府県の一つとされる [7]。日本製鉄東日本製鉄所君津地区をはじめとする鉄鋼・化学・エネルギー関連の産業が集中するこの地域で発生するCO2をどう削減するかは、日本の産業脱炭素戦略における主要な論点の一つになってきた [1]。

鉄鋼業は高炉での還元反応の過程でCO2排出が避けられない構造的な特性を持ち、電化や水素還元といった製造プロセスそのものの転換には巨額の設備投資と長い年月を要する。京葉臨海工業地帯のように既存の重厚長大産業が集積する地域ほど、プロセス転換だけに頼らず、発生したCO2を回収・貯留するCCSを組み合わせるアプローチへの期待が大きくなる背景がある。

構造的な前提

こうした排出源の集中という課題に対し、政府はCO2を分離・回収し地中に貯留するCCS(Carbon Capture and Storage)を選択肢の一つに位置づけてきた。CCSは工場や発電所から排出されるCO2を大気に放出する前に化学的に分離・回収し、パイプラインなどで輸送したうえで、地下の安定した地層に圧入・貯留する技術である。日本は2023年1月に「CCS長期ロードマップ」を策定し、2030年までに年間600万〜1,200万トン、2050年までに年間1億2,000万〜2億4,000万トンのCO2貯留能力を確保する目標を掲げた [8]。

この目標を実現する法的基盤として、2024年5月に成立したCCS事業法は同年8月に一部施行され、2026年5月22日に全面施行された [2][3]。同法は、CO2の貯留事業・導管輸送事業を営むには国の許可を要する仕組みを整備し、民間事業者が法的な裏付けを持ってCCS事業に参入できる環境を整えるものである [2]。九十九里沖の首都圏CCS事業は、この法制度が全面施行される前後の時期に試掘段階へと進んだ、国内でも先行する事業の一つに位置づけられる。

2025年9月: 第1局面(特定区域指定)

千葉県九十九里沖は2025年9月、CCS事業法に基づく特定区域として国から指定を受けた [4]。特定区域の指定は、その海域でCO2の貯留に適した地質構造の調査・開発を進める法的な前提条件であり、首都圏CCS株式会社(INPEX・関東天然ガス開発の共同出資)が事業主体として名乗りを上げた [1]。海底1,000〜3,000メートルの深度に位置する地層への貯留が想定されており、対象となる海域は九十九里沖のカズサ層群という地質構造で、貯留に適した貯留層と、その上部を覆いCO2の漏出を防ぐ遮蔽層(キャップロック)の存在が確認できるかが調査の焦点になる [6]。

事業スキームでは、日本製鉄東日本製鉄所君津地区や京葉臨海工業地帯の複数の産業施設を排出源とし、そこで回収したCO2をパイプラインで九十九里沖まで輸送して海底下に貯留する計画になっている [1]。JOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)が資金面・技術面での支援を行っており、国内の他のCCS先行事業と同様、官民が連携するプロジェクトとして推進されている [1]。政府が前面に立つのは、CCS事業が単独の民間企業だけでは負いきれない長期の地質リスクと巨額の初期投資を伴うためであり、この官民連携の構図自体が、日本のCCS政策全体に共通する特徴でもある。

2026年4月: 第2局面(試掘許可と地元4団体の抗議)

2026年4月15日、経済産業大臣は首都圏CCS株式会社に対し、九十九里沖J-1・J-2の2地点での試掘を許可した [1][6]。J-1では2026年7月から10月、J-2では2026年10月から2027年1月にかけて、ジャッキアップ式のバージを用いた試掘が計画されている [1]。J-1は水深約1,900メートル、J-2は約1,600メートルの深度を掘削する計画で、沖合それぞれ約5キロ・13キロの地点に設置される [1][6]。

この許可からわずか6日後の2026年4月21日、「気候変動を考える東京湾の会」「九十九里の海岸を守る会」「FoE Japan」「気候ネットワーク」の4団体が連名で抗議声明を発表した [5]。声明は、試掘段階の判断が事実上プロジェクト全体の方向性を決定づけるにもかかわらず政府が試掘を「切り離して」扱っていること、海面から100メートルを超えるデリック(掘削やぐら)設置が海洋生態系に与える影響の開示が不十分であること、漏出リスクや地震への影響、漁業・沿岸観光への評価手法が明らかにされていないことなどを問題視した [5]。

声明はまた、CCSそのものが高コストで温室効果ガス削減効果が限定的であり、環境影響評価や住民合意の手続きが法的に義務付けられていない点への根本的な懸念も示している [5]。抗議に加わった団体の中には、東京湾の環境保全に長年取り組んできた市民団体や、気候変動対策の政策提言を専門とする気候ネットワークのような組織も含まれており、地域限定の反対運動というより、CCS政策全体の手続き的な正当性を問う運動としての性格を帯びている点も見逃せない。

政府側は公開意見募集で寄せられた懸念に対し、漁業・農業への影響がないことを審査したと説明しているが、審査の具体的な中身は明らかにされておらず、この非対称な情報開示が対立の根底にある [5]。

海外に目を向けると、ノルウェーの北海油田周辺で1990年代から続くCCS事業や、豪州のゴーゴンLNGプロジェクトに付随するCCS設備は、いずれも陸上から遠く離れた海域や、既存の資源開発インフラを活用できる立地で進められてきた歴史がある。これに対し、九十九里沖の事業は東京から比較的近い沿岸海域で、既存の漁業活動と地理的に重なる中で進められる点に特徴があり、住民との距離の近さが合意形成の難度を押し上げている面がある。

直近の動き

試掘は2026年7月から予定通り開始されており、事業者側は地元漁業関係者・自治体との調整を通じて地域の理解を得る方針を強調している [6]。千葉県も特定区域の指定主体として、地元自治体・住民への説明の場を設ける役割を担っているが、指定という制度上の手続きと、住民の実質的な理解・合意とは別物であり、県の関与がどこまで実質を伴うかは今後の情報公開の充実度にかかっている [4]。一方で、抗議を行った4団体は、政府が公表した情報が試掘計画・モニタリング手法の全容ではなく限定的な内容にとどまっていると指摘を続けており、透明性を巡る対立は解消されていない [5]。

J-1・J-2の2本の試掘井は、ジャッキアップ式のバージ(脚部を海底に着底させて船体を海面上に持ち上げる形式の作業台船)を用いて掘削される [1]。この工法は石油・天然ガス開発でも広く使われる標準的な手法だが、掘削地点が沿岸から5〜13キロという比較的近い海域に位置するため、周辺で操業する漁船との調整や、掘削時の濁水・騒音が漁場に与える影響が現地の懸念として指摘されている。事業者は試掘期間中、周辺海域での操業調整を漁業協同組合と協議する方針を示しているが、具体的な補償内容や操業制限の範囲は試掘開始時点では明らかにされていない。

今後の展望

首都圏CCS事業は、試掘で得られる地質データをもとに商業規模での貯留設備の設計を進め、2030年代初頭の貯留開始を目指すとされる [1]。この時間軸が示すとおり、2026年の試掘は事業全体からみればごく初期の段階に過ぎない。今後は、環境影響評価に相当する手続きの有無、漁業補償の枠組み、CO2漏出時の責任分担ルールの整備など、抗議声明が指摘した論点への対応が問われることになる。日本のCCS事業法は貯留事業者に一定の安全基準を課す一方、環境影響評価法の対象外である点は変わっておらず [5]、この制度上の空白が今後も批判の焦点であり続ける可能性が高い。

国のCCS長期ロードマップが掲げる2030年に年間600万〜1,200万トンという貯留能力目標を達成するには、九十九里沖のような案件が複数同時並行で進む必要がある [8]。裏を返せば、一つの案件で手続き上の摩擦が長期化すれば、国全体の目標達成にも影響しかねない。政府にとっては、透明性を高めて地元の理解を得るプロセスに時間をかけるか、既存の許認可の枠組みの中で早期に事業を進めるかという判断は、今後の他地域でのCCS案件(苫小牧・新潟など)にも波及する試金石になる。

Newscoda の見方

本サイトとして注目するのは、試掘という技術的・限定的な段階の判断であっても、それが「事実上プロジェクト全体の方向性を決定づける」という抗議団体の指摘の妥当性だ。大規模インフラ事業では、初期段階の許認可が既成事実化し、後戻りしにくい経路依存を生むことが少なくない。九十九里沖のケースがその典型例になるかどうかは、今後の情報開示の在り方次第だろう。

多くの解説はCCSを「脱炭素の切り札」あるいは「気休めの技術」という二極化した評価で語りがちだが、Newscodaとしては、世界のCCUS投資ブーム が示す通りCCSがネットゼロ実現の一手段として位置づけられている現実と、地元コミュニティが求める透明性・合意形成プロセスの欠如という制度上の課題は、切り分けて評価すべきだと考える。技術の是非と、意思決定プロセスの適切さは別の論点である。アンモニア混焼による火力発電の脱炭素化GX排出量取引制度 など、日本の産業脱炭素戦略は複数の技術・制度を組み合わせる方向にあり、CCSはその一部を担うに過ぎない点も踏まえた評価が必要だ。

抗議団体が指摘する「環境影響評価法の対象外」という制度上の空白は、技術的な安全性そのものへの疑義とは別に、意思決定の正統性という観点から検証に値する論点だと考える。原子力発電所や大規模開発事業には環境影響評価法に基づく手続きが原則として適用される一方、CCS事業がその枠組みの外に置かれている現状は、CCSという技術が比較的新しく、既存の法体系に想定されていなかったことの表れでもある。制度の後追いが実務の先行に追いつくかどうかが、九十九里沖の事例を超えて日本のCCS政策全体の信頼性を左右する。

読者にとって重要なのは、九十九里沖の事例が「CCS一般の是非」を象徴する試金石として扱われがちな一方、実際には特定区域の地質特性・地元漁業との距離・情報開示の運用という個別具体的な要因が絡み合っている点である。CCSという技術カテゴリー全体への評価と、この特定プロジェクトの進め方への評価は、混同せずに追跡する必要がある。

今後6-12か月で観察すべき変数:

  • J-1・J-2試掘の実施結果と、地質データが商業化計画に与える影響
  • 政府・事業者による環境影響評価に相当する情報開示の拡充の有無
  • 地元漁業団体との補償・合意形成プロセスの具体化
  • CCS事業法における環境影響評価法の適用除外を見直す議論の有無
  • 苫小牧・新潟など他地域のCCS先行事業における合意形成プロセスとの比較

まとめ

千葉県九十九里沖のCCS事業は、2025年9月の特定区域指定から2026年4月の試掘許可、そして地元4団体による抗議まで、わずか1年足らずで急速に進展してきた。2030年代初頭の貯留開始という長期目標に対し、現段階の試掘は初期の一歩に過ぎないが、環境影響評価の枠組みが整わないまま進む意思決定プロセスへの懸念は、事業の技術的な是非とは別の論点として残り続ける。国のCCS長期ロードマップが掲げる目標達成には九十九里沖のような案件の着実な進展が欠かせない一方、透明性を欠いたまま既成事実を積み重ねる進め方は、長期的にはかえって事業への信頼を損ないかねない。試掘結果の公表とその後の合意形成プロセスが、この事業の今後を占う次の分岐点になり、他地域のCCS案件にとっても先例としての意味を持つことになるだろう。

Sources

  1. [1]首都圏CCS株式会社 — 千葉県九十九里沖でのCCS事業における試掘の許可について - INPEX
  2. [2]経済産業省 — CCS事業の商業化に向けた取り組みの進展 (Advanced Efforts for Commercialization of CCS)
  3. [3]資源エネルギー庁 — CCS事業法とは何か(英語版解説)
  4. [4]千葉県 — CCS事業法に基づく特定区域の指定について
  5. [5]Protest Against Approval for CCS Exploration Drilling Off the Coast of Chiba Prefecture - Friends of the Earth Japan
  6. [6]Japan Approves Offshore Carbon Storage Exploration Near Chiba - Carbon Herald
  7. [7]How Japan is looking deep underground to solve its carbon problem - The Japan Times
  8. [8]CCS Long-Term Roadmap - Policies - IEA

関連記事

最新記事