オピニオン

コーポレートガバナンス改革10年の現実:形式から実質へ、残された距離

2015年のコーポレートガバナンス・コード導入から10年。ROE改善・株主還元拡大・社外取締役比率の上昇と数値的進歩は否定できない。しかし「形式的遵守」と「実質的変革」の間の深い溝は依然として存在する。データと事例から問い直す。

Newscoda 編集部
明るい会議室でテーブルを囲む役員たちのミーティング風景

はじめに

2015年6月、東京証券取引所は「コーポレートガバナンス・コード」を正式施行した。社外取締役の積極的な登用、資本効率と株主への説明責任の強化、少数株主の権利保護——これらを通じて、日本企業を持続的な株主価値向上に向けた経営に転換させることが意図された。当時、日本の上場企業の平均ROE(自己資本利益率)は先進国中で最も低い水準にあり、株主軽視・現金積み上げ・保有株の固定化といった経営慣行が「日本株ディスカウント」の主因と広く認識されていた[3]。

それから10年が経過した。社外取締役比率は劇的に上昇し、自社株買いは記録的な規模に達し、PBR(株価純資産倍率)1倍割れ解消を求める東証の「要請」が国際投資家の注目を集めた。しかし数値の裏側を凝視すれば、別の現実が浮かび上がる。遵守率は高くても実質的な意思決定の変化は企業によって大きく異なり、取締役会の「独立性」が経営の実質的変革に直結しているとは言い難い状況が続く。本稿は、この10年の改革の達成と残された課題を冷静に評価することを主眼とする[1]。

数値的進歩:何が、どれだけ変わったのか

ROEとPBRの緩やかな改善:欧米との差は縮まったか

最も基本的な業績指標であるROEを見ると、改革の成果は「あるが、十分ではない」という評価が妥当である。2022年7月時点のデータによれば、TOPIX500構成銘柄の40%がROE8%未満という状況にあった。同時点におけるS&P500構成銘柄の14%、欧州STOXX600構成銘柄の19%と比較した際の見劣りは依然として大きかった[6]。

東証が2023年3月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願い」を正式に発出して以降、プライム市場における資本効率向上に向けた開示が加速した。開示率は2025年3月に90%超に達し、その後も上昇を続けている。数値的には、平均ROEは2022年7月の8.4%から3年後に9.0%に改善し、平均PBRは1.1倍から1.4倍に上昇した[2]。この改善は統計的に有意であるが、先進国平均との収斂という観点では依然として大きな差が残る。

特に深刻なのが、プライム市場内部の「二極化」である。ROE・PBRの改善が明確な企業群がある一方で、長年にわたってPBR1倍割れが続き、具体的な改善策を示せない企業も相当数残存している。金融庁の調査は、プライム市場の約半数の企業が依然として「ROE8%以上・PBR1倍超で安泰」という旧来の発想から脱しきれていないことを示している[3]。

株主還元の劇的な拡大と、その解釈の問題

ガバナンス改革の数値的成果として最も明確に現れているのが株主還元の拡大である。自社株買いは2022年度から急増し、2024〜2025年度には東証プライム全体で年間10兆円超の規模に達したとされる。配当総額も右肩上がりに増加し、株主還元額(配当+自社株買いの合計)は2015年比で倍増以上の水準に膨らんだことが各種統計で確認できる。これは確かに改革の成果であり、「キャッシュを過剰に滞留させず株主に還元せよ」というメッセージが経営層に伝達された証左といえる[5]。

しかし同時に、この傾向には別の解釈も成立する。株主還元の拡大を純粋に「株主価値経営の浸透」の証拠とみることへの反論がある。多くの場合、還元拡大の直接的な動機は、①アクティビスト株主の圧力への防御的対応、②ROI(投資利益率)を上回る収益性の高い国内事業投資機会の不足、③持ち合い株式の解消によって生まれた余剰現金の活用——という要素が複合している。「真の株主価値思考」の内発的な発露ではなく、外部圧力への反応として株主還元が増加しているというアポロジティックな解釈も無視できない[4]。

自社株買いと株主還元政策の詳細については、で詳細に論じているが、本稿では量的変化の背後にある質的問いにこそ焦点を当てる。

社外取締役:独立性の量と質の問題

比率の劇的上昇と「形式的独立性」への疑念

2015年のコード施行時点では、社外取締役を2名以上置く企業は全上場企業の3割未満にすぎなかった。2026年時点では、プライム市場上場企業の95%が取締役の3分の1以上を独立社外取締役で構成している。指名委員会等設置会社・監査等委員会設置会社への移行も進み、指名委員会設置企業は87.5%、報酬委員会設置企業は89.4%に達した[3]。形式的な数字だけ見れば、コードの遵守は概ね達成されたと言える。

しかし、独立性の「質」という観点では疑問が残る。第一生命経済研究所の実証分析(2026年2月)は、取締役会の「過半数」を独立社外取締役に移行させた企業(全体の一部にとどまる)において、3年前後のROEとその構成要素(利益率・資産回転率)が統計的有意水準(p値0.003636)で改善したことを確認した[1]。これは重要な知見である——独立取締役の「過半数」という閾値を超えることが、形式的コンプライアンスを超えた実質的変化をもたらす可能性を示唆する。しかし同研究が同時に強調するのは、「適切な人材選定と、独立取締役の積極的な活用なしには、ガバナンス改革の成果は自動的には保証されない」という留保条件である。

実態として、社外取締役候補者の選定にはまだ問題がある。主要取引銀行のOB、顧問弁護士・公認会計士事務所のパートナー、業界団体役員、元官僚——制度上の「独立性」基準を満たしながらも、経営陣の方針に異を唱えることが現実的に困難な候補者が依然として多数選ばれている。名目上の独立取締役が実態上は「いわゆる友好的株主」としての役割を果たしている企業は少なくない。

ダイバーシティ:目標と現実の乖離は大きい

女性取締役の登用においても、数値的進歩と実質的影響力の乖離は際立つ。政府は「2025年までに少なくとも1名の女性役員を登用」「2030年までに女性役員比率30%以上」という政策目標を掲げたが、2025年時点のプライム市場における平均女性取締役比率は15〜16%程度にとどまる。30%目標の実現には、今後5年間で現在のほぼ倍の速度での登用加速が必要であり、現在のペースでは達成は困難な状況にある[3]。

さらに深刻なのが、「登用の層」の問題である。多くの場合、女性取締役は独立社外取締役として任命されるのみで、執行役員・代表取締役・最高経営責任者(CEO)レベルでの登用はほとんど進んでいない。「取締役会の多様化」と「執行(マネジメント)の多様化」は全く別の問題であり、後者の変化はきわめて緩慢である。外部委員として象徴的に登用されても、実際の経営意思決定に参画する機会が限られているなら、「多様性がパフォーマンスに与える効果」は測定のしようがない[1]。

外国人取締役については、グローバル企業を除けば依然として少数派であり、「国際的視点の取り込み」という改革目標は道半ばである。コード改革の評価において、こうした「アウトプット指標(比率)」だけでなく「アウトカム指標(経営への実質的影響)」を重視した評価枠組みが求められる。

「コンプライ・オア・エクスプレイン」の機能不全

プリンシプルベースの限界:日本での機能不全

日本のコーポレートガバナンス・コードは、英国のスチュワードシップ・コードの成功に倣い「プリンシプルベース」「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守、さもなくば説明)」の形式を採用している。この原則は、画一的なルールによる規制ではなく、各企業が自社の状況を踏まえた合理的な判断を示すことを促す点で理論的には優れている。

しかし日本の実態では、「エクスプレイン(非遵守の説明)」を選ぶことへの強い抵抗感が存在する。機関投資家の議決権行使ガイドラインがコードへの準拠を前提とすることが多く、「エクスプレイン」を選んだ企業の株主総会での賛成率低下リスクが経営陣を抑止する。その結果、コードの形式的遵守率は高くても、遵守の中身の質が企業によって大きく異なる「形式的コンプライアンス」の横行という問題が生じた[5]。

この問題を端的に示すのが、ROE目標の設定状況である。資本コストを意識したROE目標を開示した企業の中に、「8%以上なら十分」という発想から抜け出せず、資本コスト(多くの場合8〜10%超)とのスプレッド(超過利益)を意識した目標設定に至っていない企業が多い。「8%超えさえすれば投資家が黙る」という守りの発想は、コードが目指した「稼ぐ力を高める経営」とは正反対のものである[2]。

東証通達の限界と「出口なき圧力」

東証の2023年3月通達は、PBR1倍割れ企業に対して実質的に「改善策の開示か、最終的に市場から退出するか」の選択を迫るメッセージとして解釈された。開示率は急上昇したが、開示の質は千差万別であり、「当面の課題への取り組みを継続する」といった実質を欠く文書を提出することで開示要件を形式上満たす企業も少なくなかった[2]。

市場退出(上場廃止)という実際の圧力は、現実には限定的である。東証のプライム市場維持基準は依然として「流通株式時価総額100億円以上」「売上高等の収益基準」が中心であり、低ROE・低PBRだけを理由に上場廃止が強制される仕組みにはなっていない。「いつでも改善策を出せば残れる」という認識が、真の経営変革を先送りにする誘因を生んでいる。

スチュワードシップと機関投資家の役割

GPIFとスチュワードシップ・コードの第三版

2014年施行のスチュワードシップ・コードは、機関投資家(運用会社・生命保険会社・年金基金等)が被投資企業との「目的を持った対話(エンゲージメント)」を行うことを求めた。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が自らESGを投資判断に組み込み、独自の議決権行使ガイドラインを公表したことは、国内機関投資家全体への「シグナル効果」として機能した[4]。

2025年6月に改訂されたスチュワードシップ・コード第3版(Ver.3.0)は、「形式から実質へ」「集団的エンゲージメントの促進」「透明性の強化」「サステナビリティ問題への対応」という四つの柱を掲げる。改訂の事実そのものが、従来のスチュワードシップ活動が形式に留まっていたという問題意識の反映である[3]。

しかし、個別企業への深い理解に基づいたエンゲージメントが日本の機関投資家全体に定着しているかというと、依然として疑問がある。大手運用会社の多くは、議決権行使を「基準への機械的な適用」として処理する傾向を残している。社外取締役の選任・報酬政策・資本政策の各議案に対する賛否表明が、個別企業の文脈を深く分析した結果ではなく、ガイドラインへの自動マッチングによって決まるケースが多いという実務上の批判は根強い。

持ち合い解消とコーポレートガバナンスの関係については、が詳しく論じているが、持ち合いが温存される限り、機関投資家による実質的なスチュワードシップの展開は構造的に制約される。

改革の「二極化」:先進企業と取り残された企業

真の変革を実現した企業群の特徴

コーポレートガバナンス改革の成果が明確かつ測定可能な形で現れているのは、海外機関投資家からの強い圧力と、内部の経営改革意欲が同時に存在した企業群である。日立製作所は2009年以降の経営危機を契機に事業ポートフォリオの抜本的再編(非中核子会社の上場廃止・売却・撤退)を断行し、ROEを1桁台から10%超に改善させた。キヤノンは中長期経営計画に明示的な資本効率目標を組み込んだ。小松製作所は「DANTOTSU(断然)」戦略のもと、建設機械に特化した事業ポートフォリオ最適化と収益性の飛躍的向上を実現した[6]。

これらの企業に共通するのは三つの要素である。第一に、「外部からの強い圧力(アクティビスト・外国機関投資家)」と「内部の経営トップの変革意欲」が同時に存在したこと。第二に、中期経営計画に「ROE目標」「ROIC(投下資本利益率)目標」を明示的に掲げ、それを取締役報酬と連動させたこと。第三に、取締役会が単なるアドバイザリー機能でなく、実質的な戦略監督機能を果たせるよう、独立取締役に必要な情報と議論の機会を提供したことである。

スタンダード市場と中小型株の取り残し

深刻な問題は、改革の恩恵がプライム市場の大型株に偏り、スタンダード市場・中小型株には届いていないという「改革の二極化」である。スタンダード市場の資本効率開示対応率は約50%にとどまり、プライム市場の90%超とは大きな差がある[2]。機関投資家のエンゲージメント活動は、流動性と規模から大型株に集中しやすく、中小型株は実質的なスチュワードシップの「死角」に置かれている。

時価総額数百億円規模の中小型企業の多くは、「海外機関投資家のレーダーに入らない」という事実を逆手に取り、形式的開示で体裁を整えながら実態は何も変えないという選択が可能である。この「守られた内輪」が存在する限り、ガバナンス改革の波は市場全体に及ばない。中小型株の改革促進には、機関投資家による集団的エンゲージメント(コレクティブ・エンゲージメント)の普及と、東証による市場ルールの段階的な強化が求められる。

注意点・展望

2026年時点での総合評価として、日本のコーポレートガバナンス改革は「変革は始まったが、完成には程遠い」という地点にある。金融庁が2025年6月に公表した「コーポレートガバナンス改革2025アクションプログラム」において、「形式から実質へ」「企業と投資家の間の慎重な信頼に基づく対話」「自発的な心構えの変化」というキーワードが明示されたことは、10年を経ても課題が継続していることの公式な認定である[3]。

今後5年で問われる焦点は三点に絞られる。第一に、独立取締役の質——「人材の質の向上」が量の確保に続けられるかどうか。第二に、経営陣報酬と資本効率指標の実質的連動——名目上の連動から、実際の行動変容を促す設計への深化。第三に、スタンダード市場・中小型株への改革の波及——これが実現しなければ、市場全体の変革とは言えない。

まとめ

コーポレートガバナンス・コード施行10年で、日本企業の社外取締役比率・株主還元規模・開示水準は大幅に向上した。ROEとPBRも緩やかながら改善し、独立取締役の過半数化が実質的なROE改善に統計的有意な効果をもたらすという実証的知見も得られた。しかしこれらの成果の多くは「形式的達成」と「外部圧力への反応」に支えられた部分が大きく、「経営の実質的変革」という本来の目的に対してはいまだ道半ばと評価せざるを得ない。取締役の独立性の質、女性・外国人役員の経営参画、中小型株へのガバナンス波及——これら三つの課題を解決してはじめて、日本のガバナンス改革は完成に近づく。次の10年は「量から質へ」の転換が試される時代となる。


本稿は編集部の意見に基づく論評であり、投資助言を目的としない。

Sources

  1. [1]Daiichi Life Research Institute — Did Japan's Corporate Governance Reform Work?
  2. [2]Harvard Law School Forum — TSE Initiative on Cost of Capital
  3. [3]FSA Japan — Action Programme for Corporate Governance Reform 2025
  4. [4]FSA Japan — Initiatives for Corporate Governance Reform
  5. [5]JPX — Corporate Governance Code
  6. [6]Pzena Investment Management — Japanese Corporate Governance Reform

関連記事

最新記事