フェムテック市場、測定機器に強い日本と生涯ケア軸の欧米という構造分岐
世界のフェムテック市場が拡大する中、日本は基礎体温計など測定機器に強みを持つ一方、欧米は産後・更年期・骨盤健康など生涯ケア領域で新興企業が主導する構図が鮮明になっている。
概要
女性特有の健康課題を技術で解決する「フェムテック」市場が世界的に拡大している。米欧では更年期・産後・骨盤健康など生涯にわたるケア領域でスタートアップが主導権を握り、大型資金調達や大手小売の売り場展開が相次ぐ。一方、日本ではオムロンやテルモなど大手電機・医療機器メーカーが基礎体温計を中心とした測定機器に強みを持ち、経済産業省が就業継続支援策として後押しする構図が続く。市場規模の推計はグローバルで数百億ドル規模とされ[1]、日本国内では女性特有の健康課題による経済損失が年間約3.4兆円と試算されている[3]。本稿では、セグメント別に日本と欧米の担い手・投資動向を比較し、両者の構造的な違いが投資家や事業会社にとって何を意味するかを整理する。
1. 測定・妊活領域 — 日本メーカーの主戦場
日本のフェムテック活動は、基礎体温計をはじめとする測定機器に集中してきた。オムロンは社内発の「オムロン スタイルビューティー」ブランドを通じて基礎体温計や関連サービスを展開し、月経・妊娠・更年期にわたる女性の健康データ管理を軸に据える[5]。オムロン ヘルスケアが公表する健康資源ページでは、更年期に伴う心血管リスクの上昇について、更年期中または更年期後の女性の約40%が高血圧を発症するとの数値を示し、日本国内で20〜60歳の女性1,000人を対象に行った調査では、動悸や息切れなどの症状があっても大半の女性が医療機関を受診しなかったと報告している[5]。テルモも基礎体温計や関連の情報発信サイトを運営し、月経・避妊・妊活領域での消費者接点を維持している。こうした「測定・記録」を起点とするアプローチは、医療機器としての精度と信頼性を強みとする一方、治療や介入までを一気通貫で提供するサービス設計には至っていない。
2. 産後・更年期・骨盤健康領域 — 欧米スタートアップの主戦場
欧米のフェムテックは、産後ケアや更年期、骨盤底機能障害など、出産後から中高年期にかけての「生涯ケア」領域に重心を置く。更年期・中年期の女性医療に特化した米国のバーチャルクリニック、Midi Healthは2026年に1億ドルのシリーズDを実施し、評価額は10億ドルを超えて「ユニコーン」となった。同社は更年期ケアを起点に、循環器・肥満管理・自己免疫疾患後のケア・長寿医療などへ事業領域を拡張し、週あたり2万5千人以上の患者を診察し、保険適用範囲は全米4,500万人の女性に及ぶとされる[4]。骨盤底や膣内保湿など「産後・更年期の身体機能」に踏み込む製品開発も活発で、更年期・閉経期の女性の50%以上が親密部位の乾燥を経験するという課題認識のもと、ヒアルロン酸配合の保湿ジェルなど専門製品を投入する新興企業も現れている[6]。FDA認可・登録を経た医療機器から一般ウェルネス製品まで、規制対応の幅広さも欧米勢の特徴である。
3. 日本市場の担い手 — 大手メーカーと政策支援
日本では経済産業省が2021年度から「フェムテック等サポートサービス実証事業」を実施し、月経・妊娠・不妊治療・更年期に関する課題を抱える女性の就業継続を支援する狙いで、フェムテック関連企業向けの補助金制度を運用してきた。同年6月には20社程度のフェムテック企業に対し、合計1億5千万円規模の補助金が交付されたと報じられている[1]。経済産業省は女性の健康課題への対応による経済効果を2025年時点で年間2兆円規模になると試算しており、政策的な後押しの背景には労働力人口の確保という産業政策上の狙いがある[1]。内閣府男女共同参画局も、女性特有の健康課題による労働損失などの経済的損失を社会全体で年間約3.4兆円と試算しており、フェムテックを女性活躍推進の重要な手段として位置づけている[3]。担い手はオムロンやテルモといった上場メーカーが中心で、スタートアップの新規参入は欧米に比べて限定的とされる。
4. 欧米市場の担い手 — スタートアップとベンチャー資本
欧米では、更年期ケアだけで2020年から2025年の間に十数億ドル規模の資金が投じられたとされ、2026年に入ってからも大型調達が相次いでいる。Midi HealthのシリーズDにはGoodwater Capitalが主導し、Foresite CapitalやSerena Venturesなどの新規投資家に加え、GV(旧Google Ventures)やMcKesson Venturesなど既存投資家も参加した[4]。米大手小売のウォルマートは「インティメートヘルス」売り場を全米1,000店舗超に新設し、更年期ケアブランドや骨盤健康関連製品を扱う複数の新興企業を並べる棚割りを進めている。2013年創業のJoyluxは、自身の更年期経験を機に事業を立ち上げた創業者のもと、膣内保湿ジェル「ReliefHER」を2026年4月からウォルマート約1,200店舗で展開すると発表した[6]。上場企業の事業部門ではなく、専業スタートアップが製品開発から小売流通までを主導する構図が特徴である。
5. グローバル市場規模の推計
市場調査会社の推計にはばらつきがあるが、世界のフェムテック市場は2019年時点で約190億ドル規模から2027年には600億ドル規模に達すると見積もられていた[1]。更年期関連製品・サービスに限った市場規模についても、2026年時点で187億ドル規模と報じられており、サプリメントなど非処方領域が売上の大半を占めるとされる一方、臨床的な治療・介入が市場拡大に追いついていない実態も指摘されている[2]。地域別ではウォルマートのような大手小売の売り場展開が示す通り、北米が最大市場を形成しているとみられ、アジア太平洋地域は成長率の面で相対的に高い伸びを示すと予測されている。
共通点と相違点
| 領域 | 日本の代表的な担い手 | 欧米の代表的な担い手 |
|---|---|---|
| 測定・記録機器 | オムロン、テルモ(基礎体温計) | 相対的に手薄 |
| 更年期・産後ケア | 大手メーカーの周辺事業 | Midi Health、Joyluxなど専業スタートアップ |
| 資金調達 | 政策補助金が中心(数億円規模) | ベンチャー資本による大型調達(数十億円〜百億円規模) |
| 小売流通 | ドラッグストア中心 | ウォルマート等大手小売の専用売り場 |
日本と欧米に共通するのは、更年期や女性特有の健康課題への社会的認知が急速に高まっている点、そして政策・企業の双方がこれを労働力確保や新たな消費市場として捉え始めている点である。相違点は担い手の構造にある。日本は上場メーカーが測定機器を軸に事業を展開し、政府補助金が普及を後押しする「装置産業型」であるのに対し、欧米はベンチャー資本を原資とする専業スタートアップが治療・介入まで踏み込む「サービス産業型」の色彩が強い。この違いは、wearable-health-tech-cgm-ring-market-2026で指摘されるような医療機器と家電の規制区分の違いにも重なる構図であり、規制環境と資本市場の厚みが製品設計そのものを規定している可能性がある。
注意点・展望
フェムテック市場規模の推計値は調査会社によって数倍の開きがあり、定義の範囲(消費財を含むか、医療機器に限るか)によって数値が大きく変動する点には留意が必要である。また、欧米型の生涯ケアモデルは保険償還や雇用主提供のベネフィットに依存する部分が大きく、規制・保険制度が異なる日本市場にそのまま移植できるとは限らない。日本国内でも更年期症状への認知度上昇を背景に、更年期ケアに特化した新興ブランドの参入が緒に就いたばかりであり、japan-startup-venture-capital-2026で論じられるようなベンチャー資本の厚みが、今後この領域でのスタートアップ創出を左右する変数となる。
Newscoda の見方
本サイトとして注目するのは、日本のフェムテックが「測定機器」という自社の技術的強みに根ざした領域に留まり続けている点である。オムロン・テルモのような上場メーカーは精度・信頼性で優位に立つが、産後・更年期領域でのサービス設計や治療介入への展開は欧米スタートアップに後れを取っている。この構造は、日本の医療機器・ヘルスケア産業全体に見られる「ハードウェアは強いがサービス化が遅れる」というパターンと軌を一にする。
他の解説と異なる視点として、本稿は市場規模の大小そのものよりも、資金調達構造の違い(政策補助金 対 ベンチャー資本)が製品開発の方向性を規定しているという因果関係に着目する。担い手の資本源泉が異なれば、投資回収の時間軸も事業モデルも異なる。corporate-cvc-deeptech-startup-funding-japan-2026で扱われる事業会社主導の出資モデルが、この分野で日本企業のギャップを埋める手段となり得るかは検証に値する論点である。
今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通り。
- 日本の上場メーカーが更年期・産後ケア領域への事業拡張を発表するか
- 経済産業省の補助金制度が2026年度以降も継続・拡充されるか
- 欧米の更年期ケアスタートアップが日本市場への参入や提携を模索する動きが出るか
- 国内ベンチャーキャピストがフェムテック専業スタートアップへの出資を増やすか
- 大手小売がフェムテック関連製品の売り場を拡大する動きが日本国内でも波及するか
まとめ
世界のフェムテック市場は急拡大を続けているが、その担い手構造は日本と欧米で明確に分岐している。日本は基礎体温計をはじめとする測定機器と政策補助金を軸とする「装置産業型」であるのに対し、欧米はベンチャー資本を背景とする専業スタートアップが更年期・産後・骨盤健康まで踏み込む「サービス産業型」である。市場規模の推計には幅があるものの、更年期ケアだけで見ても欧米では十億ドル単位の資金が動いており、日本企業にとっては測定機器という既存の強みをどうサービス化へ接続するかが今後の競争力を左右する。
Sources
- [1]Japan Joins Efforts to Back Women's Health-Tech Businesses — Bloomberg
- [2]Global $18.7 Billion Market Fails to Address Menopause Symptoms, Treatment — Bloomberg
- [3]コラム3 女性活躍とフェムテック — 内閣府男女共同参画局 令和6年版男女共同参画白書
- [4]Midi Health Surpasses $1B Valuation — Midi Health Press Release
- [5]Menopause & Cardiovascular Risk — OMRON Healthcare Global
- [6]Femtech Innovator Joylux Launches ReliefHER, the Next Generation of Intimate Skincare for Midlife Women — Joylux Press
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