マーケット

スタートアップ創業期マネーはなぜ細ったか — 資金の二極化が映すIPO選別構造

2025年、日本の創業期スタートアップの資金調達額は前年比42%減の199億円まで落ち込んだ。上場審査の厳格化が招く資金の二極化と、金融庁・経産省の政策対応の現在地を整理する。

Newscoda 編集部

はじめに

日本のスタートアップ・エコシステムをめぐる議論は、これまで「ユニコーン企業の数が少ない」「レイターステージの大型資金が乏しい」という論点に集中してきた。しかし2025年に表面化したのは、それとは別の断層線だった。創業して間もない段階のスタートアップ(シード・アーリーステージ)への資金供給が急減し、過去10年で最も低い水準まで落ち込んだのである。一方で、評価額の高い有力企業やユニコーン候補への資金は相対的に厚みを増しており、「資金がどこに向かうか」という構図そのものが二極化しつつある。

この変化を引き起こしている主因として指摘されているのが、東京証券取引所グロース市場の上場審査・上場維持基準の厳格化である。上場という「出口」の基準が厳しくなったことで、投資家はより早い段階から投資先を選別するようになり、その影響が最も脆弱な創業期の資金供給網に波及したという見立てだ。本稿では、この創業期資金調達の目詰まりという事実を数字で確認したうえで、背景にある上場審査の構造変化、そして金融庁・経済産業省が進める政策対応の現在地を整理する。

創業期資金調達の急減という事実

創業期スタートアップへの資金供給がどれだけ縮小したのか、まず規模感を確認する。

数字が示す変化

2025年の創業期スタートアップの資金調達額は、前年比42%減の199億円に急減し、過去10年で最も低い水準となった。日本の未上場スタートアップ全体の資金調達額は、直近数年でおおむね8,000億円台で推移しており、2021年の8,857億円をピークに2024年時点でも8,748億円程度と、極端な落ち込みは見られない[1]。全体の資金調達額が大崩れしていないにもかかわらず、創業期だけが4割超という大幅な減少を記録している点が、今回の現象の特異性を示している。

金融庁と経済産業省が共同で開催した「スタートアップへの成長資金供給に関するラウンドテーブル」の配付資料でも、日本におけるステージ別の資金供給構造について、シード・アーリー期と比べてレイター期の投資割合が米国よりも小さいことが指摘されている[1]。もっとも今回の変化は、レイター期の資金不足という従来型の課題とは異なる。むしろ、創業期という「入口」の資金供給そのものが細り始めているという点で、エコシステムの持続性に関わる新しい懸念だといえる。日本スタートアップ生態系の分岐点で確認したユニコーン数の少なさという「高さ」の課題に加えて、そもそも母集団となる創業期企業の裾野が狭まりつつある可能性が浮上している。

創業期スタートアップの数そのものは、政府の集計上は増加傾向にある。スタートアップの企業数は2021年の16,100社から2025年には約25,000社へと1.5倍に拡大したとされ、大学発スタートアップも2021年の3,305社から2024年には5,074社へと過去最高の伸びを記録している[1]。企業の裾野は広がっているにもかかわらず、その一社一社が受け取れる創業期資金の総量が急減しているという事実は、「起業する人は増えているが、資金がついてこない」というミスマッチが生じつつあることを示唆する。

なぜ2025年に急減したか

創業期資金の急減が2025年に集中して表面化した背景には、複数の要因が重なっている。第一に、世界的な金融引き締めの余波を受けて、投資家全般のリスク許容度が低下し、投資判断がより保守的になったことが挙げられる。第二に、後述する東証グロース市場の上場基準見直しをめぐる議論が2025年を通じて具体化したことで、投資家が「将来の出口が見通しにくい銘柄」への投資を手控える動きが強まった。

第三に、シード期の投資家層そのものの構成変化がある。エンジェル投資家や小規模な独立系VCなど、創業期の資金供給を主に担ってきた主体は、レイター期を担う機関投資家や事業会社と比べて、市場環境の悪化に対する耐性が相対的に低い。金融庁の資料は、国内VCファンドへの海外投資家の出資割合が約1%にとどまり、海外投資家による日本スタートアップへの直接投資割合も約8%程度と、資金供給基盤が国内に閉じている構造的な脆弱性を指摘している[3]。市場環境が悪化した局面で、この閉じた資金供給網の細さが真っ先に創業期に響いた可能性がある。

IPO市場の審査厳格化という構造要因

創業期資金の急減を理解するうえで避けて通れないのが、東証グロース市場の制度変更である。

上場審査はどう厳しくなったか

東京証券取引所は、グロース市場の上場維持基準を段階的に厳格化する方針を打ち出した。従来は「上場から10年経過後の事業年度末日に時価総額40億円以上」であった基準を、「上場から5年経過後の事業年度末日に時価総額100億円以上」へと引き上げる[1][2]。この新基準は2030年3月1日以後に適用される予定だが、既存の上場企業・上場準備中の企業双方にとって、成長スピードへの要求水準が明確に切り上がったことを意味する。あわせて、グロース市場からスタンダード市場への区分変更についても、直近1年間の利益額を基準とする形式要件を見直し、利益の多寡にかかわらず区分変更審査の対象とする運用が2025年12月をめどに適用される[2]。

日本取引所グループは、この見直しの狙いを「高い成長を目指す企業が集まる市場」を実現し、機関投資家による投資対象となりうる規模への急成長を促すとともに、M&Aを通じた企業の集約を後押しすることにあると説明している[2]。言い換えれば、グロース市場を「小粒な上場が滞留する場」から「本当に高成長を実現する企業だけが生き残る場」へと再設計する取り組みであり、日本のIPO市場改革における中核的な変更点の一つに位置づけられる。

「選別」が資金供給に与える影響

上場基準の厳格化は、直接には上場後の企業に適用される規制だが、その影響は上場前の未上場市場にも及ぶ。経済産業省の分析は、グロース市場が停滞すればスタートアップの重要な出口(EXIT)先としての機能が低下し、その悪影響は未上場段階における資金調達環境の悪化にもつながりかねないと指摘している[1]。投資家は「将来この企業は上場基準を満たせるだけの成長を遂げられるか」という観点から、より早い段階、すなわちシード・アーリー期の投資判断においても選別を強めることになる。

この選別強化の帰結が、資金の二極化である。将来のユニコーン候補と目される少数の有力企業には資金が集中する一方、成長性の見通しが不透明な創業直後の企業には資金が回りにくくなる。東証グロース市場への新規上場(IPO)件数についても、2025年前半は前年同期に比べて大きく減少したとされ、上場基準見直しの議論が具体化するにつれてIPOの供給自体が細る動きが観測されている[2]。出口の狭まりが入口の資金供給を細らせるという逆方向の因果が、2025年のデータに表れた形だ。

政策対応の現在地

創業期資金の目詰まりに対して、政府は複数の政策対応を並行して進めている。

金融庁の専門融資会社規制緩和構想

金融庁は、スタートアップ向け融資を専門に手がける融資会社の参入規制を緩和する方向で検討を進めている。焦点となっているのは、社債発行によって資金を調達するノンバンク(銀行以外の融資事業者)に課されている資本金要件だ。現行制度では社債発行に必要な資本金が10億円以上とされているが、これを引き下げるか撤廃するかが論点となっているほか、融資審査の経験者を一定数配置するといった人材要件の緩和も併せて議論されている。この論点は、内閣府の規制改革推進会議に設置された「スタートアップ・イノベーション促進ワーキング・グループ」において、社債を原資とする融資の拡大策として2025年前半から取り上げられてきた[4]。

金融庁と経済産業省が共催したラウンドテーブルの場でも、スタートアップへの資金供給を担う各主体の役割として、金融機関による「ベンチャーデット(新株予約権付融資等)」や「企業価値担保権付き融資」の拡大が明示的に位置づけられている[3]。株式による調達(エクイティ)に偏りがちだった日本のスタートアップ資金調達に、融資(デット)という選択肢の厚みを持たせることが狙いであり、規制緩和が実現すれば2027年にも制度改正の効果が及ぶ可能性がある。ただし、資本金要件の引き下げは新規参入業者の信用力・審査能力の担保という論点と表裏一体であり、参入規制の緩和と借り手保護のバランスをどう取るかが今後の制度設計の焦点になる。

経産省のディープテック支援策

経済産業省は、AI・宇宙・量子・バイオなど大規模な研究開発投資と長期の事業化期間を要する「ディープテック」分野のスタートアップに対して、上場後も含めた資金支援の拡充を進めている。中小企業基盤整備機構が運営するディープテックベンチャー向け債務保証制度について、令和7年度補正予算案では対象を拡充する事業に19億円を計上し、これまで主に未上場段階を対象としてきた債務保証の枠組みを、上場後の成長段階まで広げる方針を示した[1]。

この政策の背景には、グロース市場の上場基準厳格化とセットで「上場すれば資金調達が終わる」という構図を見直す狙いがある。経済産業省の資料は、グロース市場の上場維持基準見直しによる成長インセンティブの強化と足並みをそろえる形で、未上場段階だけでなく上場後の大きな成長に向けた支援を実行する方針を明記している[1]。あわせて、地域の雇用を支える中堅・中小企業やスタートアップの大規模な成長投資を後押しする省力化等の大規模成長投資補助金についても、令和7年度補正予算案で新規2,000億円を含む4,121億円が計上されており、資金供給の裾野を上場後の成長段階まで広げる一連の施策の一部として位置づけられている[1]。

事業会社によるCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)出資が核融合・量子スタートアップへの事業会社出資で見たように広がりを見せる一方、政府はそれとは別のルートとして、公的な債務保証というデット面からディープテック企業の資金調達手段を多様化させようとしている。ディープテック分野は研究開発から事業化までの期間が長く、株式による調達だけでは既存株主の持分希薄化が過度に進みやすいという課題を抱える。債務保証によって金融機関からの融資を引き出しやすくすることは、エクイティに偏った資金調達構造を補完し、上場をゴールではなく通過点として位置づけ直す政策的なメッセージだといえる。

注意点・展望

創業期資金の急減という現象を評価するうえでは、いくつかの留保が必要だ。第一に、2025年単年の落ち込みが構造的なトレンドの始まりなのか、一時的な調整局面なのかは、複数年のデータの積み上げを待たなければ判断できない。上場基準見直しをめぐる制度的な不確実性が薄れれば、投資家の様子見姿勢が緩み、創業期資金が反転する可能性もある。

第二に、資金の二極化それ自体は必ずしも否定的な現象とは限らない。玉石混交の状態で薄く広く資金が配分されるよりも、成長性の高い企業に資金を集中させる方が、エコシステム全体の資本効率という観点では合理的だという見方も成り立つ。問題は、選別の基準が適切に機能しているか、すなわち将来性のある企業が資金不足によって淘汰される「見落とし」が生じていないかという点にある。

第三に、日本の資金供給網が国内に閉じた構造を持つという構造的な脆弱性は、今回の局面変化とは独立に存在してきた課題であり、海外投資家の呼び込みを含むグローバル化の遅れが今後も創業期資金の変動性を高める要因であり続ける可能性が高い[3][6]。

Newscoda の見方

本サイトが注目するのは、創業期資金の急減(前年比42%減・199億円)が、全体の資金調達額がおおむね横ばいで推移する中で生じている点だ。これは景気循環的な資金収縮ではなく、東証グロース市場の上場基準厳格化という制度変更が投資家の選別行動を通じて資金供給の入口にまで波及した、いわば「制度発の資金収縮」である可能性を示唆する[1][2]。

他の論調では上場基準厳格化を「グロース市場の質の向上」という肯定的な文脈で語る傾向が強いが、本サイトはその副作用として創業期資金が細るという因果連鎖にも同等の重みを置きたい。出口の質を上げる改革が入口の量を細らせるというトレードオフは、政策設計上避けられない緊張関係であり、単純な善悪では評価できない。

今後6〜12か月で観察すべき変数は次の通りだ。

  • 創業期スタートアップの資金調達額が2026年通年でさらに減少するか、下げ止まるか
  • 金融庁がノンバンク社債法改正の方向性を金融審議会でどこまで具体化し、2027年通常国会への法案提出につなげられるか
  • 中小企業基盤整備機構によるディープテック向け債務保証制度の拡充事業(19億円)の実際の利用件数
  • グロース市場の新規上場(IPO)件数が2026年にどこまで回復・安定するか
  • 海外投資家による日本スタートアップへの直接投資割合(現状約8%)が拡大に転じるか

まとめ

2025年の創業期スタートアップ資金調達額の42%減・199億円という数字は、日本のスタートアップ・エコシステムが直面する新しい局面を映している。全体の資金調達規模がおおむね横ばいで推移する中、創業期という「入口」だけが急減し、有力企業には資金が集中するという二極化が進んだ。その背景には、東証グロース市場の上場維持基準厳格化という出口側の制度変更があり、投資家の選別行動を通じて創業期の資金供給にまで影響が及んだとみられる[1][2]。これに対し金融庁はノンバンクによるスタートアップ向け融資の参入規制緩和を、経済産業省はディープテック分野での上場後を含めた債務保証拡充を、それぞれ進めている[1][3][4]。両者に共通するのは、エクイティ一辺倒だった資金調達構造にデットという選択肢を厚くし、上場を「ゴール」ではなく「通過点」として位置づけ直そうとする姿勢だ。この政策対応が創業期資金の反転につながるかどうかは、2026年から2027年にかけての制度改正の実行状況と、投資家の選別基準がどこまで明確化されるかにかかっている。

Sources

  1. [1]スタートアップ・エコシステムの現状と経済産業省の取り組みについて(スタートアップへの成長資金供給に関するラウンドテーブル配付資料)
  2. [2]Revision to the Growth Market's Continued Listing Criteria — Japan Exchange Group
  3. [3]スタートアップへの資金供給におけるエコシステムの活性化に向けて(金融庁説明資料)
  4. [4]規制改革推進会議 スタートアップ・イノベーション促進ワーキング・グループ(第5回)議事次第 — 内閣府
  5. [5]スタートアップへの成長資金供給に関するラウンドテーブル 議事録 — 金融庁
  6. [6]Leveraging venture capital for SMEs — Financing SMEs and Entrepreneurs 2026, Japan — OECD

関連記事

最新記事