オピニオン

フリーランス新法、施行2年で何が変わったか — 保護と自由のトレードオフ

2024年11月施行のフリーランス新法から約2年。公正取引委員会の勧告・指導実績や実態調査を基に、企業対応の進展と相談窓口・執行力の課題、保護強化と自由な働き方の緊張関係を整理する。

Newscoda 編集部

はじめに

2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称フリーランス新法)は、企業がフリーランスに業務を委託する際の取引条件明示や報酬支払期日の設定、ハラスメント対策などを義務付けた。施行から約2年が経過した2026年時点で、公正取引委員会や中小企業庁による執行実績や調査データが蓄積されつつある。日本ではフリーランスとして働く人が本業・副業合わせて数百万人規模に達しているとされ、その取引環境の適正化は個々の事業者の働き方だけでなく、業務委託を前提とするサプライチェーン全体の公正性にも関わる論点となっている。本稿では、同法が実際にフリーランスの取引環境をどこまで改善したか、企業側の対応状況、なお残る課題を整理し、法的保護の強化と自由な働き方というフリーランスの本質的な魅力との間にあるトレードオフをめぐる論点を構造化する。

本稿が扱う範囲は、あくまで「フリーランス新法という特定の法律の施行後評価」に限定する。プラットフォームを介した単発就労の労働者性をめぐる規制論や、副業・兼業における労働時間通算ルールの見直しといった隣接論点は、それぞれ別の政策文脈で議論が進んでおり、本稿では深掘りしない。

フリーランス新法とは何を変えたか

法律の主要な義務規定

フリーランス新法は、企業や個人が「特定受託事業者」(従業員を使用しない個人事業主や一人社長の法人)に業務委託する際に、複数の義務を課している。第一に、給付の内容・報酬額・支払期日などの取引条件を書面または電磁的方法で明示する義務。第二に、報酬を給付を受領した日から60日以内のできるだけ早い時期に支払う義務。第三に、募集情報を正確かつ最新の内容に保つ義務。さらに、契約期間が1か月以上の場合は報酬の減額や受領拒否、返品といった行為が禁止され、6か月以上の継続的な業務委託については、育児介護等との両立に対する配慮とハラスメント行為に関する相談体制の整備が義務付けられた[4]。所管は公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省の3省庁にまたがり、下請代金法の対象とならない資本金5000万円以下の発注事業者も含めて広くカバーする点が特徴である[5]。従来、資本金が小さい発注事業者との取引は下請代金法の適用対象外となり、フリーランスが法的保護の空白地帯に置かれるケースが少なくなかった。フリーランス新法はこの空白を埋める形で、発注事業者の資本金規模にかかわらず、フリーランスへの業務委託全般を対象とする点に制度上の意義がある。

施行までの経緯と立法趣旨

同法は2023年4月に成立し、約1年半の周知期間を経て2024年11月に施行された。背景には、日本のフリーランス人口が本業・副業合わせて数百万人規模に達しているにもかかわらず、労働基準法や下請代金法のいずれの保護も十分に及ばない層が存在するという認識があった。内閣官房は施行前後を通じてガイドラインの策定や相談窓口の運営、実態調査の実施などを通じて周知を図ってきたと説明している[5]。もっとも、法律が対象とするのは主に「取引の適正化」であり、フリーランスを労働法上の「労働者」として位置付け直すものではない。この制度設計自体が、後述する保護と自由のトレードオフ論の出発点になっている。

立法過程では、フリーランスの就業環境をめぐる懸念が長年指摘されてきた経緯がある。書面によらない口頭発注、報酬の一方的な減額、契約内容の後出し変更といった商慣行は、下請代金法や労働基準法のいずれの枠組みでも十分に捕捉できず、業種を横断する新たな法制度の必要性が論じられてきた。法案成立から施行までの約1年半という周知期間は、企業側の実務対応(契約書式の整備やコンプライアンス体制の構築)に一定の準備期間を与える狙いがあったとみられる。

施行後2年の実態

企業側の対応状況

公正取引委員会は施行前の2024年5月から6月にかけて、委託者3761件、フリーランス1539件を対象に実態調査を実施した。この調査では、フリーランスの76.3%が「法の内容を知らない」と回答した一方、委託者側でも54.5%が「知らない」と答えており、認知不足が業種によって大きく異なることが明らかになった。特に建設業では委託者の80.2%が法律を知らないと回答し、取引条件が明示されなかった経験を持つフリーランスの割合も72.7%と全業種平均(44.6%)を大きく上回った[2][3]。

施行後の執行状況について、公正取引委員会は2025年11月の定例会見で、施行から約1年間(2024年11月〜2025年9月)に4件の勧告を公表するとともに、441件の指導を行ったことを明らかにしている。事務総長は「一定の件数が積み上がってきている」としつつも、法律自体がなお十分に知られていない分野があるとの認識を示し、周知活動の継続が必要だと述べた[1]。書面明示や支払期日の設定といった義務については、契約書の電子化やクラウド契約サービスの導入といった形で対応を進める企業が増えているとみられるが、業種・企業規模による対応速度の差は依然として大きい。

フリーランス側から見た変化

フリーランス側の実感としては、報酬の支払期日設定や取引条件の書面化が進んだことで、口約束による曖昧な取引慣行が是正されつつある業種がある一方、施行前調査で明らかになった構造的な問題――報酬支払いの遅延(60日以内に支払われなかった経験を持つフリーランスが28.1%、生活関連サービス業では56.5%)や、募集内容と実態の乖離(53.1%、生活関連サービス業では78.6%)――が短期間でどこまで解消したかは、施行後の追跡調査の蓄積を待つ必要がある[2]。ハラスメント相談体制についても、施行前調査では相談窓口を設置していない委託者が62.6%(建設業では88.5%)、フリーランスの85.3%が「相談窓口が設置されていなかった」と回答しており、制度の実効性はここから積み上げていく段階にあると言える[2]。

なお、プラットフォームを介して単発の仕事を請け負う就業形態については、プラットフォーム型のギグワーカー規制という別の政策文脈で議論が進んでおり、フリーランス新法が主眼とする「継続的な業務委託関係にあるフリーランス」の取引適正化とは論点が異なる点に留意が必要である。

なお残る課題

執行力・相談窓口の実効性

現行法の執行スキームは、指導・助言から始まり、改善が見られない場合に勧告、勧告に従わない場合に命令と企業名公表、命令にも従わない場合に50万円以下の罰金という段階を踏む。この仕組みは下請代金法の執行モデルを踏襲したものだが、フリーランス個人が発注企業との継続的な取引関係の維持を優先し、違反を申告しにくいという構造的な問題は残る。施行前調査で示された「相談窓口が設置されていない」という回答の多さは、制度上の相談体制と現場での運用実態との間にギャップがあることを示唆している[2]。公正取引委員会は3万者規模の発注事業者を対象とした情報収集調査を継続しているとされ、執行の網羅性を高める取り組みは続いているが、勧告・指導の件数がフリーランス人口の規模に対して十分かどうかは評価が分かれる論点である[1]。

執行力の評価をめぐっては、二つの見方が併存する。一方は、指導441件・勧告4件という実績を「初年度としては着実な積み上げ」と評価し、罰則よりもまず指導・助言を通じた是正を重視する漸進的なアプローチが、中小事業者を含む幅広い発注者に受け入れられやすいと捉える。他方は、フリーランス人口の規模や施行前調査で示された違反の広がり(取引条件の不明示が44.6%、支払遅延が28.1%)と比べれば、勧告4件という数字は氷山の一角に過ぎず、申告に至らない潜在的な違反が相当数残っているはずだと指摘する。どちらの見方も、今後数年の執行件数の推移を見なければ実証的な決着はつかない。

インボイス制度との相互作用

フリーランス新法と同時期に運用が進むインボイス制度は、免税事業者であるフリーランスが取引から排除されるリスクという別の課題を抱えている。フリーランス新法が取引条件の明示や報酬支払いの適正化を目指す一方、インボイス制度は消費税の仕入税額控除の仕組みに関わるものであり、両制度は目的も所管も異なる。しかし実務上は、発注企業がインボイス未登録の免税フリーランスとの取引を敬遠する動きと、フリーランス新法が求める取引の公正性確保が同時に問われる場面が生じうる。

理論上、フリーランス新法は取引条件の一方的な不利益変更を禁じているため、インボイス未登録を理由に発注企業が既存の契約条件を一方的に切り下げる行為は、同法が禁じる「報酬の減額」に該当しうる。しかし、新規の取引開始段階でインボイス未登録の免税事業者を単に発注先の候補から外す行為自体は、取引の入口における選択の問題であり、フリーランス新法の直接の規律対象にはなりにくい。この結果、両制度の谷間で、免税事業者であるフリーランスが新規受注の機会そのものを失うリスクが残るとの指摘がある。両制度の運用が重なる領域でフリーランスの取引環境がどう変化するかは、今後の実態調査で検証が必要な論点として残っている。

保護と自由のトレードオフをどう考えるか

フリーランス新法をめぐる論点の核心は、法的保護の強化とフリーランスという働き方の本質的な魅力である「自由度」との間のトレードオフにどう向き合うかにある。一方の立場は、書面明示や支払期日の法定化、ハラスメント相談体制の整備は、労働者性を持たないまでも交渉力で劣位に立ちやすいフリーランスの取引環境を底上げする最低限のセーフティネットであり、自由な働き方を持続可能にするための前提条件だと位置付ける。実際、OECDが欧州の自営業者を対象に行った分析では、1995年から2021年にかけて自営業者の社会環境や仕事の自律性に関する指標は改善した一方、雇用の安定性や経済的な安心感をめぐる格差はむしろ拡大したと指摘されており、保護の欠如が自由な働き方の持続可能性そのものを損ないかねないという見方を裏付けている[6]。

もう一方の立場は、書面明示義務や相談体制整備の負担が、特に小規模な発注事業者にとって取引コストの増加として作用し、結果的にフリーランスへの発注そのものを敬遠させる副作用を生みかねないと指摘する。この見方に立てば、規制強化は保護の実効性を高める一方で、フリーランスが自ら選択している「契約の自由」「取引先選択の自由」を狭める可能性がある。欧州連合が2024年に採択したプラットフォーム就労指令が、一定の要件を満たす場合にプラットフォーム労働者と発注者の関係を雇用関係と推定する規定を導入したのに対し、日本のフリーランス新法はあくまで取引適正化にとどめ、労働者性の推定という踏み込んだ手法を採らなかった。この制度設計の違いは、副業・兼業をめぐる労働時間通算ルールの議論とも通底する、「柔軟な働き方をどこまで労働法制の枠組みに引き込むか」という日本の政策選択の一貫した慎重さを反映しているとも解釈できる。どちらの立場が妥当かは一義的に決着する性質の論点ではなく、業種・契約形態ごとの取引実態に応じて、保護の水準と自由度のバランスを継続的に調整していく必要がある。

このトレードオフは、規制の設計次第で振れ幅が変わる点にも留意が必要である。フリーランス新法は書面明示や支払期日といった「手続き的な保護」を中心に据え、報酬水準そのものへの介入や労働者性の推定といった「実体的な保護」には踏み込んでいない。この抑制的な制度設計は、企業側の事務負担を最小限にとどめつつ取引の透明性を高めるという意味で、保護と自由の中間的な着地点を模索した結果とも解釈できる。一方で、手続き的な保護だけでは、交渉力の非対称性そのものは是正されないという限界も指摘されている。フリーランスという働き方が人手不足が構造化する日本経済の中でどのような位置付けを占めていくかを考えるうえでも、この制度設計の妥当性は継続的に検証されるべき論点である。

Newscoda の見方

本サイトが注目するのは、フリーランス新法の評価が「制度の有無」ではなく「執行の実効性」で決まるという点である。勧告4件・指導441件という施行後1年の実績は、法律の存在が周知される過程での初期段階の数字と見るべきで、フリーランス人口の規模を踏まえれば、今後数年の執行件数の推移が制度の実効性を測る最も重要な指標になる。

他の解説の多くは施行直後の義務内容の解説にとどまりがちだが、本サイトはインボイス制度との相互作用や、EUのプラットフォーム就労指令との制度設計の違いという、複数の制度・地域を横断した視点から評価する必要があると考える。

今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通り。

  • 公正取引委員会・厚生労働省による勧告・指導件数の推移と業種別の偏り
  • 施行後の追跡実態調査における認知度・相談窓口利用率の変化
  • インボイス制度の経過措置終了(2026年10月)とフリーランスの取引継続状況の相関
  • 建設業など浸透の遅れが指摘された業種での改善度合い

まとめ

フリーランス新法は施行から約2年で、公正取引委員会による勧告・指導という具体的な執行実績を積み上げつつある一方、施行前調査で明らかになった相談窓口の不備や取引条件明示の不徹底といった構造的課題は、なお解消の途上にある。インボイス制度との相互作用や、ギグエコノミー規制の国際比較から見えるEUとの制度設計の違いも踏まえれば、この法律の評価は単年度の数字では定まらない。保護の強化と自由な働き方という本質的価値のトレードオフをどう調整していくかは、今後の執行実績と追跡調査の蓄積を通じて、継続的に検証されるべき論点である。

Sources

  1. [1]公正取引委員会 事務総長定例会見記録(令和7年11月5日)
  2. [2]フリーランス取引の状況についての実態調査(法施行前の状況調査)結果について(公正取引委員会)
  3. [3]建設業などでフリーランス法の浸透の遅れが明らかに(労働政策研究・研修機構 JILPT)
  4. [4]特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)(中小企業庁)
  5. [5]特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律等に係る取組について(内閣官房)
  6. [6]The job quality of self-employment in Europe(OECD)

よくある質問

フリーランス新法は企業に対して具体的にどのような義務を課しているのか
業務委託の際に給付内容・報酬額・支払期日などを書面またはメールで明示する義務、報酬を給付受領後60日以内に支払う義務、募集情報を正確に表示する義務、6か月以上の継続契約では育児介護等への配慮やハラスメント相談体制整備の義務などが定められている。
フリーランス新法に違反した発注企業にはどのような罰則が科されるのか
公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省が指導・助言を行い、改善されない場合は勧告、勧告に従わなければ命令と企業名公表、さらに命令にも従わない場合は50万円以下の罰金が科される仕組みになっている。
取引でトラブルに遭ったフリーランスはどこに相談すればよいのか
「フリーランス・トラブル110番」や各省庁の相談窓口が設けられているが、実態調査では相談窓口の存在自体を発注事業者から知らされていないフリーランスが多いと報告されており、認知度の向上が課題とされる。
インボイス制度とフリーランス新法はどのように関係しているのか
両制度はいずれもフリーランスと発注企業の取引条件に関わるが目的が異なり、フリーランス新法は取引適正化、インボイス制度は消費税の仕入税額控除の仕組みを扱う。免税事業者であるフリーランスが取引から排除されないよう、両制度の運用が同時に問われている。
法的保護の強化はフリーランスの働き方の自由を制限することになるのか
書面明示や相談体制整備は企業側の事務負担を増やす一方、フリーランス側の取引条件の予見可能性を高める。自由な働き方の魅力と法的保護の水準はトレードオフの関係にあるとの指摘があり、識者の間でも評価が分かれている。

関連記事

最新記事