コクヨ・電通・日立建機・テルモが相次ぐ本社移転、狙いを読む
2026年、大手企業の本社・拠点移転が相次いでいる。グラングリーン大阪や大手町・虎ノ門への移転事例を比較し、都心オフィス逼迫と人材獲得競争という共通の背景を整理する。
概要
2026年に入り、業種を問わず大手企業の本社・拠点移転の発表が相次いでいる。文具・家具のコクヨは90年ぶりに大阪本社を移し、広告大手・電通の関西支社は大阪駅前の再開発地区へ拠点を移す。建設機械大手の日立建機は社名変更と同時に東京・大手町への移転を決め、医療機器大手のテルモは本社機能を虎ノ門ヒルズに集約した。
一見ばらばらに見えるこれらの動きだが、背景には共通する2つの構造要因がある。ひとつは東京・大阪の都心部で進む大規模再開発によるオフィス供給の増加とグレードA物件の逼迫[5]、もうひとつは人手不足を背景とした人材獲得競争の激化[6]である。以下、代表的な4社の事例を個別に確認したうえで、共通点と相違点、今後の論点を整理する。
1. コクヨ ― 90年ぶりの大阪本社移転
コクヨは2026年5月1日、大阪府大阪市東成区にあった本社を、うめきた2期の再開発地区「グラングリーン大阪」パークタワー14階へ移転した[1]。同社が現在の本社所在地に移ってから約90年ぶりの移転となる。新本社は「KOKUYO HQ」と名付けられ、6月16日にグランドオープンを迎えた[1]。
新本社はグローバル本社機能を担う拠点と位置づけられており、床面積は約4,166平方メートル。同社は移転にあわせて旧大阪本社・迎賓館跡地の売却を進めており、2026年度から2027年度にかけて約43億円の売却益を計上する見込みとしている[1]。単なる拠点移転にとどまらず、遊休化した旧本社資産を現金化し、財務効率を高める狙いも読み取れる。この資産効率化の発想は、上場企業が抱える不動産含み益をめぐるアクティビストの動きとも軸を共有している。
2. 電通関西支社 ― 中之島からグラングリーン大阪へ
広告大手・電通グループの関西拠点も、2026年7月21日付で中之島フェスティバルタワー・ウエストから、コクヨと同じグラングリーン大阪パークタワーへ移転した[2]。電話番号は変更せず、住所のみが変わる形での移転となる[2]。
大阪駅前の再開発地区に大手企業のオフィスが集積する動きは、コクヨと電通という異業種2社の事例だけでも確認できる。うめきた2期は当初から「みどりとイノベーションの融合拠点」を掲げて開発が進められた経緯があり、関西圏の経済団体や自治体が誘致に力を入れてきた地区でもある。企業側から見れば、同一エリアへの集積は取引先や人材との近接性を高める効果も期待できる。
3. 日立建機(LANDCROS) ― 社名変更と大手町移転
建設機械大手の日立建機は2026年4月、東京都台東区東上野にある本社を、2027年5月をめどに千代田区内神田の「大手町ゲートビル」へ移転すると発表した[3]。同時に2027年4月をめどに社名を「LANDCROS(ランドクロス)」に変更する方針も明らかにしており、拠点移転と企業ブランドの刷新を一体で進める点が特徴的である[3]。
移転先の大手町ゲートビルは「ZEB Ready」認証および「CASBEE ウェルネスオフィス」Sランク認証を取得済みで、再生可能エネルギー由来の電力導入も予定されているという[3]。同社は移転の狙いについて、企業価値の向上や国内外の連携強化、変革期における新たなブランド像の体現を挙げている[3]。単なる立地変更ではなく、脱炭素対応の建物選びと社名変更をセットにした経営判断である点が、他の3社の事例とやや性格を異にする。
4. テルモ ― 虎ノ門ヒルズへの本社機能集約
医療機器大手のテルモは、東京オフィスを港区虎ノ門の「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」28階に移転した[4]。虎ノ門ヒルズは森ビルが手がける大規模複合開発で、国内外の企業が集積するビジネス拠点として位置づけられている。
同社の場合、移転の主眼はグローバル本社機能の強化と新しい働き方の実現にあるとみられる。医療機器業界は研究開発人材の獲得競争が激しく、快適な執務環境や交通利便性の高さが採用競争力に直結するとの見方は業界内でも共有されている。
5. 背景にあるオフィス市場のひっ迫と人材獲得競争
これら4社の動きを後押しする市場環境として、2つのデータを確認しておきたい。
第一に、東京都心のオフィス市場は歴史的な逼迫が続いている。Colliersの調査によれば、2026年第2四半期時点で東京グレードAオフィスの空室率は1.3%、賃料は坪あたり39,900円に達した[5]。特にプレミアムグレードでは空室率が1.0%まで低下し、日本橋・八重洲・京橋エリアの一部では空室率が0.0%となる区画も出ている[5]。同調査は「フライト・トゥ・クオリティ」、すなわち国内外の企業が老朽化したビルから新築・高機能ビルへ移る傾向が需要を下支えしていると分析している[5]。この需給構造は、東京の不動産市場全体を押し上げてきた要因とも重なる。
第二に、労働市場の構造的な逼迫がある。厚生労働省によれば、2026年5月の有効求人倍率(季節調整値)は1.17倍で、地域別では福井県が1.74倍と最も高く、大阪府は0.95倍にとどまるなど地域差が大きい[6]。全国的に人手不足感が根強く残る中、企業は採用力を高める手段として、通勤利便性や執務環境の質を重視する傾向を強めている。オフィス移転を人的資本経営における住まい・福利厚生戦略と並ぶ人材獲得策の一環と位置づける企業も増えている。
共通点と相違点
| 企業 | 旧拠点 | 新拠点 | 移転時期 | 主な狙い |
|---|---|---|---|---|
| コクヨ | 大阪市東成区(旧本社) | グラングリーン大阪 パークタワー | 2026年5月 | グローバル本社機能・資産効率化 |
| 電通(関西支社) | 中之島フェスティバルタワー・ウエスト | グラングリーン大阪 パークタワー | 2026年7月 | 拠点集積・利便性向上 |
| 日立建機(LANDCROS) | 東京都台東区上野 | 東京都千代田区大手町 | 2027年5月予定 | ブランド刷新・脱炭素対応ビルへの移行 |
| テルモ | ― | 虎ノ門ヒルズ ステーションタワー | ― | グローバル本社機能強化・人材獲得 |
共通点は、いずれの企業も新築・大規模再開発ビルという「質の高いオフィス」を選んでいる点である。相違点としては、コクヨのように資産売却を伴う財務戦略と一体化したケース、日立建機のように社名変更というブランド戦略と組み合わされたケースなど、移転の位置づけに幅があることが挙げられる。単純に「オフィスが足りないから移る」という説明だけでは、各社の狙いを十分に説明できない。
注意点・展望
今後の焦点は、こうした本社移転ラッシュがどこまで持続するかである。Colliersの分析が示すように、東京都心の新築供給は2026年以降も続く見通しであり[5]、質の高いビルへの需要が一巡すれば、逆に旧型ビルの空室率上昇や賃料の二極化が進む可能性がある。日立建機のように社名変更と移転を組み合わせる事例が今後も増えるかどうかも、企業のブランド戦略とオフィス戦略がどこまで一体的に語られるようになるかを占う材料になる。
一方で、移転コストや旧本社跡地の処分が想定通り進まないリスクも無視できない。コクヨのように旧本社売却益を計上できる企業がある一方、地方に大規模な旧拠点を抱える企業では、売却先の確保や用途転換に時間を要するケースも想定される。人材獲得を主目的に掲げる移転についても、オフィス環境の改善だけで採用力が実際にどこまで向上するかは、各社の今後の採用実績を見て検証する必要がある。
Newscoda の見方
Newscoda としては、今回取り上げた本社移転の動きを、単発の不動産ニュースとしてではなく、都心オフィス市場の需給逼迫と人材獲得競争という2つの構造要因が交差する現象として捉えるべきだと考える。企業がオフィスという固定費の大きい経営資源に対して、コスト最小化ではなく「質」を優先する判断を下している点は、これまでの本社立地をめぐる意思決定とは異なる潮流といえる。
他の解説と異なる視点として、本稿では移転の「時期のばらつき」に着目したい。日立建機のように1年以上先の移転を早期に発表する企業がある一方、テルモのように既に移転を完了している企業もあり、決定から実行までのリードタイムには企業ごとに大きな差がある。この差は、各社が抱える不動産契約の満了時期や再開発案件の竣工スケジュールに依存する部分が大きく、必ずしも経営判断の速さを示す指標ではない。
今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通りである。
- 東京・大阪の主要再開発案件(大手町ゲートビル、グラングリーン大阪等)の竣工・稼働状況とテナント充足率
- Colliers等の調査機関が公表する東京グレードAオフィスの空室率・賃料の推移
- 厚生労働省統計における有効求人倍率の地域別動向と業種別の人手不足感
- 移転を発表した企業の旧本社・旧拠点の売却・活用状況
- 社名変更や企業ブランド刷新を伴う移転事例の増減
まとめ
コクヨ、電通関西支社、日立建機(LANDCROS)、テルモの4社の事例は、いずれも都心の大規模再開発ビルへの移転という共通点を持ちながら、資産効率化・拠点集積・ブランド刷新・人材獲得といった異なる狙いを併せ持っている。背景には東京都心オフィスの歴史的な空室率の低さと、人手不足を背景とした企業間の人材獲得競争という2つの構造要因がある。今後は、質の高いオフィスへの需要がどこまで持続するか、そして移転が実際に企業の採用力や資産効率にどう寄与するかが、検証すべき論点として残る。
Sources
- [1]Details Finalized for Osaka Head Office Relocation After 90 Years — KOKUYO
- [2]Notice of Kansai Office Relocation — Dentsu PR Consulting
- [3]Hitachi Construction Machinery to Relocate Head Office to the Otemachi Gate Building in May 2027
- [4]Terumo Corporation Tokyo Office — Terumo.com
- [5]Tokyo Office Market Review and Outlook Q2 2026 — Colliers
- [6]一般職業紹介状況(令和8年5月分)について — 厚生労働省
関連記事
- ビジネス
引っ越し料金はなぜ下がらないのか — 「2024年問題」の現場
トラック運転手の労働時間規制強化が繁忙期の引っ越し業界を直撃し、日当引き上げや免許取得補助など各社の人材争奪戦が激化している。価格転嫁の実態と消費者側の予約行動の変化をあわせて整理する。
- 経済
「出社回帰」対「リモート継続」— 日本企業の働き方戦略はなぜ割れているか
ルネサスやLINEヤフーが週3日出社への転換を打ち出す一方、テレワークを継続する企業も残る。海外の生産性研究や日本政府統計を手がかりに、出社回帰派とリモート継続派の論拠を整理し、人材獲得競争への波及を検証する。
- ビジネス
物流2社の対照的な拠点戦略 — SGHD「25→3拠点」集約とヤマトHD「4都県」新設
物流法改正とドライバー不足を背景に、SGホールディングスは中継拠点を25から3に集約し、ヤマトホールディングスは企業物流向け倉庫を4都県に新設する。対照的な投資戦略を比較する。
最新記事
- マーケット
私設取引システムPTSの躍進はなぜ起きたか、東証との10%シェア上限論争を読む
東京証券取引所以外で株式を売買できる私設取引システム(PTS)の取扱高が拡大し、単一銘柄の売買シェアを10%以内に抑える規制の見直しが論点に浮上している。制度の仕組みと影響、今後の展開を整理する。
- 国際
氷上のシルクロードは航路地図を変えるか——北極海航路とスエズ運河の構造比較
中国海運企業が2026年8月に開通させた北極海コンテナ定期航路は、スエズ運河ルートの半分以下の日数で欧州に到達する。季節制約・保険コスト・地政学リスクを踏まえ、両航路の仕組みと適合ケースを比較する。
- 経済
金融ICT規制DORAが動き出す — EU19社指定で顕在化したクラウド依存の構造
EUの金融デジタル運用レジリエンス法DORAは2025年1月の適用開始から19社の重要ICT事業者指定を経て、2026年に直接監視の段階へ移行した。銀行・保険会社のクラウド集中リスクを軸に、その経緯と論点を時系列で整理する。