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ジョブ型人事が動かす転勤制度の再設計 ― 日本型雇用が迎える分岐点

職務基準の処遇制度への移行が進むなか、勤務地の「変更の範囲」明示義務化や選択制転勤の広がりなど、転勤制度の見直しがジョブ型人事とどう結びついているかを制度設計の観点から整理する。

Newscoda 編集部

はじめに

日本企業の人事制度をめぐり、二つの改革が同時並行で進んでいる。一つは、年齢や勤続年数ではなく職務の大きさに応じて処遇を決める「ジョブ型人事」への移行である。もう一つは、会社が一方的に転勤を命じてきた長年の慣行の見直しである。両者は別々の文脈で語られることが多いが、実際には同じ根を持つ動きだとみられる。職務を基準に処遇を決めるジョブ型人事の発想は、勤務地を会社が自由に指定する運用と本来なじみにくく、2024年4月には就業場所の「変更の範囲」を労働契約で明示することを義務づける法改正も施行された[2]。制度の建て付けが変わったことで、企業は職務設計と転勤運用を切り離して考えられなくなりつつある。

本稿では、ジョブ型人事の広がりの背景を整理したうえで、転勤制度見直しの実態を法制度と企業事例の両面から検証し、制度設計上どのような摩擦が生じているか、そして今後の展望を論じる。

ジョブ型人事とは何か、なぜ広がっているのか

メンバーシップ型雇用の限界

日本企業の伝統的な人事制度は、新卒一括採用と年功的な処遇を組み合わせ、会社が社員の職務・勤務地・労働時間を包括的に決定する代わりに長期雇用を保障する「メンバーシップ型雇用」を基盤としてきた。会社が命じる異動に社員が応じるという前提は、この相互依存関係の一部として機能してきた仕組みだといえる。ジョブ型人事とメンバーシップ型雇用の違いや、政府が2024年8月に公表した「ジョブ型人事指針」の詳しい内容については、ジョブ型雇用への転換が既存社員の賃金と再教育に与える影響で詳細に論じている。

この構造は、勤続年数が長くなるほど賃金が労働者の生産性を上回りやすくなるという課題を内在させてきたとされる。あわせて、大学卒業者が管理職に昇進する年齢が上昇し、昇進を軸にした処遇上昇のモデル自体が成立しにくくなっているとの指摘もある。ジョブ型人事は、こうした年功的な仕組みを職務基準の処遇に置き換えることで、専門性の高い人材を早期に登用しやすくする狙いを持つ制度として位置づけられる。

政府指針と専門人材獲得競争

政府は2024年6月の閣議決定を受け、同年8月に内閣官房・経済産業省・厚生労働省の連名で「ジョブ型人事指針」を公表した[1]。指針は、日本企業が直面する危機感として、専門人材を採用しにくいこと、若手を適材適所で登用しにくいこと、海外で一般的なジョブ型雇用に慣れた人材を引き留めにくいことの3点を挙げ、内部労働市場と外部労働市場を接続する必要性を強調している[1]。

この指針自体は法的な義務を伴わない参考資料という位置づけだが、経団連も2025年11月に公表した「労働移動の積極的な推進」実現に向けたアクションプランで、仕事・役割・貢献度を基軸とした処遇制度への移行を優先度の高い施策と位置づけている[5]。企業横断の団体が労働移動の促進とジョブ型処遇への移行を同時に掲げていることは、両者が制度上不可分の関係にあるという認識が広がっていることを示している。

転勤制度見直しの実態と企業の対応

法改正が迫る「変更の範囲」の明示

転勤制度の見直しを後押しする直接の制度変化として見落とせないのが、2024年4月に施行された労働条件明示ルールの改正である。改正後は、労働契約の締結時・更新時に、現在の就業場所・業務内容だけでなく、契約期間中に生じうる就業場所・業務の「変更の範囲」までをあらかじめ明示することが、全ての労働者を対象に義務づけられた[2]。全国に拠点を持つ企業が転勤を前提とした採用を続ける場合はその旨を、勤務地を限定する場合は限定の範囲を、それぞれ書面で示す必要がある[2]。

この改正は、転勤を「命じるかどうか」という運用の是非そのものを規制するものではない。しかし、採用時点で異動の可能性を明文化する義務が生じたことで、企業は職務記述と勤務地の範囲をセットで設計し直さざるを得なくなった。ジョブ型人事が職務記述書によって職責を明示する制度であることを踏まえると、この法改正は職務設計と勤務地設計を同時に扱う実務上の接点になっているといえる。

厚生労働省は2017年の時点で、企業の転勤運用を「勤務地を限定しないことを原則とするパターン」「雇用区分を設けて転勤の有無を管理するパターン」「労働者の意思決定への関与を高めるパターン」の3類型に整理していた[3]。当時は法的義務ではなく参考情報という位置づけだったが、2024年の法改正によって、企業はこの3類型のいずれに立つかを契約書上で明確にすることを迫られる形になった。従来は運用上の慣行だったものが、契約上の明示事項に格上げされた点が実務への影響を大きくしている。

保険業界を中心とした大手企業が「同意なき転勤」の廃止に踏み切っている動きの詳細は、共働き時代に立ちすくむ全国転勤で取り上げた。あの記事が描いた変化は、共働き世帯の増加という人口動態上の要因を主な引き金としていたが、今回取り上げる法改正・ジョブ型人事の広がりは、より制度的・構造的な角度から同じ転勤慣行の見直しを後押ししている点で異なる文脈を持つ。

選択制転勤・エリア限定への動き

企業側の対応も広がりつつある。物流・工具卸大手のトラスコ中山は、2024年11月、交際相手の居住地近辺での勤務を希望できる「ひなどり転勤制度」を新設した[4]。同社は2005年に導入した「希望転勤制度」や、配偶者の転勤に社員が帯同できる「おしどり転勤制度」を土台に、未婚の社員も対象に含める形で制度を拡張した[4]。全国転勤を前提とした人事運用を残しつつ、社員個人の生活状況に応じて転勤先の範囲に関する希望を申請できる仕組みを積み増す設計であり、転勤の是非そのものを廃止するのではなく、個々の事情を反映させる「選択の余地」を広げる方向性を示す事例といえる。

同様に、勤務地を一定のエリアに限定する採用区分を設け、転居を伴わない範囲での異動に限定する仕組みを新設する企業も増えている。全国転勤コースとエリア限定コースを併存させる設計は目新しいものではないが、ジョブ型人事の広がりとともに、限定コースを選んだ社員の処遇を、担う職務の大きさに応じて全国転勤コースと同等に扱うかどうかが、新たな論点として浮上している。経団連のアクションプランも、多様な正社員(勤務地・職務限定正社員)の導入拡充と、正社員との均衡を考慮した待遇確保を政策課題として掲げている[5]。

制度設計上の課題と摩擦

評価・賃金・退職給付制度との整合性

ジョブ型人事と転勤制度の見直しを同時に進める企業にとって、最大の実務課題は評価・賃金制度との整合性である。転勤を受け入れる社員と受け入れない社員の間に処遇差を設ける場合、その差を職務の大きさで説明するのか、転勤という負担そのものへの手当として説明するのかによって、制度の性格が変わる。ジョブ型人事の理念に忠実であれば、勤務地の限定は職務要件の一部として扱われ、同一の職務を担う限り処遇は変わらないという設計が筋になる。しかし実務上は、転勤という負担に対する対価としての手当を維持する企業が多く、二つの発想が併存したまま制度設計が進んでいるのが実態に近い。

退職給付制度の設計も見過ごせない論点である。経団連のアクションプランは、労働移動を妨げない退職金制度の再構築や確定拠出年金への移行支援を優先度の高い施策の一つに位置づけている[5]。勤続年数に応じて退職金が積み上がる従来型の制度は、転職や社内公募による異動を通じた労働移動を事実上抑制する効果を持つとされ、ジョブ型人事が目指す内部・外部労働市場の接続を阻害しかねない。転勤制度の見直しだけでなく、退職給付というより長期の処遇設計まで踏み込まなければ、労働移動を促す改革は完結しないという見方が広がりつつある。

シニア社員の処遇をめぐる制度設計との関係も深い。定年後再雇用者の賃金を職務の大きさに応じて設定し直す動きについては、70歳現役時代の賃金設計革命で論じたとおりであり、年齢で一律に処遇を切り下げる従来の運用から、担う職務に応じた処遇へと転換する流れは、転勤制度の見直しとも同じ方向を向いている。

終身雇用慣行との摩擦、中途採用市場への波及

日本企業における配置転換は、単なる人員調整の手段ではなく、社員に幅広い業務経験を積ませ、将来の管理職候補を育成する人材育成機能を担ってきたとされる[7]。転勤を含む定期的な異動を通じて、複数の部門・拠点の業務を経験させることが、長期雇用を前提とした人材育成の柱の一つだったという理解は、労働政策研究の分野でも共有されている[7]。転勤制度を縮小・選択制にする動きは、この人材育成機能をどう代替するかという課題を必然的に伴う。実際、経営幹部候補の計画的なローテーション育成や拠点間のノウハウ移転をどう維持するかは、転勤制度を見直す企業に共通する実務上の悩みとして指摘されている。

中途採用市場への影響も無視できない。OECDの分析は、日本の労働市場が人手不足という構造的な制約に直面しており、企業は限られた人材の獲得・定着に従来以上の配慮を迫られていると指摘する[6]。転勤の有無・範囲を入社前に明示できるかどうかは、中途採用の応募者が入社を決める際の判断材料として重みを増している。ジョブ型人事の下で職務と処遇が明確になれば、転職によって同種の職務によりよい条件で就くという選択肢の魅力が相対的に高まり、企業側は転勤を含む処遇条件の透明性を高めなければ人材を確保しにくくなる。副業・兼業をめぐる労働時間規制の見直しと同様、外部労働市場を通じた人材の流動化を進めるうえでは、個々の制度的な障壁を一つずつ取り除く作業が避けられない。

もっとも、これらの改革が終身雇用慣行そのものを急速に置き換えるとは考えにくい。JILPTの分析が示すとおり、勤続年数の長い労働者の比率が国際的に見て高い水準にある日本の雇用慣行は、簡単に転換するものではない[7]。ジョブ型人事や転勤制度の見直しは、既存の長期雇用慣行を全面的に置き換えるのではなく、その内部に職務基準の処遇と労働移動を促す要素を段階的に組み込んでいく漸進的な変化として進むとみる方が実態に近い。

注意点・展望

短期的には、法改正への対応として就業規則・労働契約書の記載を整備する動きが、業種・企業規模を問わず広がるとみられる。「変更の範囲」の明示義務そのものは事務的な対応にとどまる企業が多い一方、この機会に転勤運用の3類型のいずれに立つかを再検討し、選択制転勤やエリア限定コースの拡充に踏み込む企業も一定数出てくると考えられる[2][3]。

中長期的には、ジョブ型人事の広がりに伴って、転勤の位置づけそのものが「会社が命じるもの」から「職務の一部として選択するもの」へと徐々に変わっていく可能性がある。ただし、この移行が完了するには、評価・賃金制度の再設計に加えて、退職給付制度の見直しや管理職育成の代替手段の確立など、複数の制度を同時に組み替える必要があり、時間を要する構造変化になるとみられる[5]。中小企業においては、専任の人事機能の整備自体が前提条件になるケースも多く、大企業に比べて導入のペースは緩やかにとどまる可能性が高い。

Newscoda の見方

本サイトが注目するのは、ジョブ型人事と転勤制度見直しが、共働き世帯の増加といった社会的要因だけでなく、2024年4月の労働条件明示ルール改正という具体的な法制度の変化によっても同時に後押しされている点である。就業場所の「変更の範囲」を契約書に明示する義務が生じたことで、企業は転勤運用のあり方を運用上の慣行ではなく契約上の設計事項として扱わざるを得なくなった。この制度的な圧力は、これまであまり注目されてこなかった角度だといえる。

他の論調は、転勤制度見直しを「働きやすさの向上」という福利厚生の文脈で語りがちだが、本サイトとしては、ジョブ型人事が求める職務基準の処遇と、転勤に伴う手当という従来型の発想が制度内でどこまで整合するかという設計上の緊張関係を重視する。退職給付制度や管理職育成の代替手段まで踏み込まなければ、労働移動を促す改革は部分的な効果にとどまる可能性がある。

今後6〜12か月で観察すべき変数は以下の通りである。

  • 転勤運用の3類型のうち、企業が契約書上でどのパターンを明示する事例が増えるか
  • 経団連が2028年に予定する人事・労務調査での職務基準処遇制度の導入状況の把握結果
  • エリア限定コース・勤務地限定正社員の処遇を全国転勤コースと均衡させる企業の増加度合い
  • 退職給付制度の確定拠出年金への移行や労働移動を妨げない設計への転換事例
  • 中途採用市場における転勤条件の明示と応募動向の変化

まとめ

ジョブ型人事への転換と転勤制度の見直しは、別々の改革のように見えて、実際には職務基準の処遇という共通の発想でつながっている。2024年8月の政府「ジョブ型人事指針」が専門人材の確保と労働移動の促進を掲げた一方[1]、同年4月に施行された労働条件明示ルールの改正は、就業場所の「変更の範囲」を契約上明示する義務を企業に課し、転勤運用の設計を法的な明示事項へと格上げした[2]。トラスコ中山の選択制転勤の拡充のような企業の取り組みは、全国転勤の前提を残しつつ個々の事情に配慮する方向性を示しており[4]、経団連が掲げる限定正社員の拡充や退職給付制度の再構築といった提言も同じ方向を向いている[5]。もっとも、人材育成機能としての配置転換の代替手段や、長期雇用慣行との整合性といった課題は残されたままであり[7]、この転換がどこまで実質を伴って進むかは、今後の企業の制度設計の細部を注視する必要がある。

Sources

  1. [1]ジョブ型人事指針(内閣官房・経済産業省・厚生労働省、令和6年8月28日)
  2. [2]2024年4月から労働条件明示のルールが変わります(就業場所・業務の変更の範囲)— 厚生労働省
  3. [3]転勤に関する雇用管理のヒントと手法(厚生労働省雇用均等・児童家庭局、平成29年3月)
  4. [4]「ひなどり転勤制度」の新設について — トラスコ中山株式会社
  5. [5]「労働移動の積極的な推進」実現に向けたアクションプラン — 日本経済団体連合会
  6. [6]OECD Employment Outlook 2025: Japan
  7. [7]Allocation and Transfer Management by Japanese Companies — Japan Labor Issues, JILPT

よくある質問

ジョブ型人事への移行と転勤制度の見直しはなぜ同時に進んでいるのか
ジョブ型人事は職務ごとに処遇を決める仕組みであり、勤務地を会社が一方的に指定する運用とは前提がずれやすい。あわせて2024年4月の法改正で就業場所の「変更の範囲」を明示する義務が生じたため、企業は職務設計と転勤運用を同時に見直す必要に迫られているとされる。
「変更の範囲」の明示義務化とは具体的に何を求めるものか
労働契約の締結・更新時に、現在の就業場所だけでなく、契約期間中に転勤で異動しうる範囲まであらかじめ書面で明示することを事業主に求める規制である。全国転勤を前提とする場合はその旨を、限定する場合は限定の範囲を明記する必要があるとされる。
転勤の可否を選べる制度を導入すると、企業の人事運用はどう変わるのか
拠点間の人員配置を会社主導で柔軟に行う余地が狭まる一方、転勤を理由とした離職を防ぎやすくなるとされる。多くの企業は、転勤を受け入れる社員とそうでない社員の間で処遇に差を設ける設計を組み合わせている。
ジョブ型人事の広がりは中小企業にも及ぶのか
現時点では制度設計の負荷が大きい大企業が先行しているとされる。専任の人事機能を持たない中小企業では、職務記述書の整備や評価制度の再設計そのものが前提条件となり、導入のペースは大企業より緩やかになるとみられる。

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